Wavering Heart ~ 元同級生は別人級に甘すぎる ~

芙月みひろ

文字の大きさ
43 / 61

43.その”とき”

 店の外に出た私は、束の間その場に佇んでいた。
 とうとう塚本に告白しようという気持ちになったというのに、どう切り出そうか、どう伝えようかと考え始めたら、怖気づいてしまったのだ。
 彼とは明後日の日曜日に会う約束をしている。落ち着いて話すには、その時まで待った方がいいだろうかと迷う。けれど先延ばしにすればするだけ、今よりももっと言い出しにくくなるような気もした。彼の誤解も早く解きたい。だから今度こそ、と私は覚悟を決める。

「あのね、話したいことがあるの。次のバスが来るまでの間、少し、いいかな?」

 塚本の表情が強張ったように見えたが、それも一瞬のことで、彼の顔には柔らかな笑みが浮かんでいる。

「いいよ。それなら、あそこにでも行こうか。ベンチがあるし、バス停までも近い」

 塚本が示したのは、この街の歴史的建造物のある広場だった。この時間帯であっても灯りのおかげで明るい。

「そうね。そうしましょうか」

 私たちは、どちらからともなくゆっくりと歩き出した。
 広場に近づくにつれて、私の胸はどきどきとますますうるさくなっていく。落ち着け落ち着けと、何度も自分に言い聞かせた。そのことに気を取られていたせいで、前方からやって来た自転車に気づくのが遅れる。
 
「ほら、遠野さん、こっちだよ」

 塚本が焦った声を上げながら、私の腕を引っ張った。
 その後すぐに、私の傍を自転車が走り抜けて行った。

「ご、ごめん、ありがとう」

 私は礼を言って彼から離れようとした。
 ところが、塚本の指が私の指にするりと絡みついた。きゅっと握る感触に息を飲み、どきどきしながら見上げた彼は、私を見て微笑んでいた。

「恋人なら手を繋いだって構わないよね。まぁ、それも、そろそろ終わりなのかもしれないけど」

 自嘲気味に言って、彼は私の手を引いて再び歩き出した。
 彼の隣を歩きながら、後半の彼の言葉が気になっていた。誤解が誤解を生んでいるような気がしてならず、私はおずおずと訊ねる。

「ねぇ。そろそろ終わりって、どういう意味?」
「改まって話があるって言われた時から、覚悟はできてる。だけど、その言葉を聞くまでのほんの短い間だけでいいから、君とこうやって手を繋いで歩いてみたいと思ったんだ。あの時、見合い相手から、好きな人がいるのかって聞かれた時、遠野さんは何も答えなかった。否定しなかったということは、つまり、そういうことだろ?」
「そういうことって?」

 戸惑う私に彼は悲しそうな目を向ける。

「だって、好きな人ができたんでしょ?そもそも、俺が無理やり頼み込んで付き合ってもらったわけで、だから、俺との恋人ごっこはもう終わりにしてくれて構わないよ。だけど、せめてバスに乗るまでのもう少しの間だけでいい。俺を遠野さんの恋人でいさせてほしい」
「待って。何を言っているの……?」

 やはり彼は誤解していた。もっと早く気持ちを伝えれば良かったと、自分を責めたくなった。私は彼の手をきゅっと握り返す。

「それは違うから」
「違う?」
「えぇ。誤解だから」

 私は立ち止まり、彼の顔をのぞき込みながら告げる。

「好きな人がいるのは本当のことだけど、それは、あなたのことだから」
「あなたのこと……」

 ぼんやりと私の言葉を繰り返していた塚本の目が、大きく見開かれた。

「えっ、今のは本当?俺の聞き間違えじゃなくて?」

 塚本にじいっと見つめられて、恥ずかしくなる。私はもじもじしながらこくんと頷いた。

「私、塚本さんのこと、ちゃんと好きみたい」
「好きみたい?好き、じゃなくて?」

 訊き返す塚本の言葉の中に、意地悪な響きがにじんでいるように感じたのは、たぶん気のせいではないだろう。

「遠野さんの気持ち、もう一回はっきり言って?」
「も、もう一回?」

 塚本は首を縦に振る。

「だって、ちゃんと聞きたいじゃないか。好きな人に自分を好きだと言ってもらえるなんて、すごいことなんだから。だから、お願い」

 甘い声で言われ、甘い眼差しを向けられて、拒否できなかった。私は唇を湿らせ、改めてその言葉を舌に乗せる。

「……好きです。塚本さんのこと」
「聞こえなかったな」

 わざとらしく言い、塚本は私の口元に耳を寄せた。

「嘘ばっかり!絶対ちゃんと聞こえたはずよ」
「あはは。ごめんごめん。何回でも聞きたいって思っちゃって」

 塚本は笑いながら体を起こしかけたが、その動きが途中で止まった。
 どうしたのと訊ねようとした瞬間、唇に柔らかな感触があった。驚いた私の目の前に塚本の顔があって、さらに驚く。

「なっ……」
「本当に恋人になったんだなと思ったらなんだか感無量で、我慢できなかったんだ。……嫌だった?」

 しゅんとした顔で言われたら、怒るに怒れなくなる。

「べ、別に嫌だったわけじゃなくて、驚いただけだから……」
「本当に?」

 念を押す塚本に私は首を縦に振る。

「ほ、本当に」
「じゃあ、もう一回キスしていい?」
「えっ」

 私はうろたえた。いくら暗くて分かりにくいとはいえ、ここは外だ。私の感覚では無しである。

「だ、だめ」

 私は短く拒否の言葉を告げた。

「遠野さんはそう言うと思ってたけどね」

 塚本は諦めたように笑いながら、私の手をそっと握り直す。

「ところで、ベンチに座る間もなく、そろそろバス時間になるんだけど、どうする?俺としては、まだまだ遠野さんと一緒にいたい。だけど」

 彼は残念そうに続ける。

「今日は帰るとするか。実は明日、仕事なんだよ」
「そうだったの?それなら私と晩ご飯なんてしなくても良かったのに」
「俺には、遠野さんと一緒にいる時間の方が大事だから」

 流し目で言われてどきりとしたが、嬉しくもあった。ここで「私も」と返せばいいのだろうが、照れ臭い気持ちが先に立ってしまい、頷いただけで終わってしまう。
 しかしそんなことは気にした風でもなく、塚本は元来た道へと私を促す。

「戻るとしますか」
「えぇ、そうね」

 私の傍にぴたりと寄り添う彼の横顔はひどく満足そうで、バス停に向かうその間も彼は私の手を離さなかった。
感想 0

あなたにおすすめの小説

俺様上司に今宵も激しく求められる。

藤白ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end** ◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です! https://estar.jp/novels/26513389

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

【完結】女当主は義弟の手で花開く

はるみさ
恋愛
シャノンは若干25歳でありながら、プレスコット伯爵家の女当主。男勝りな彼女は、由緒ある伯爵家の当主として男性と互角に渡り合っていた。しかし、そんな彼女には結婚という大きな悩みが。伯爵家の血筋を残すためにも結婚しなくてはと思うが、全く相手が見つからない。途方に暮れていたその時……「義姉さん、それ僕でいいんじゃない?」昔拾ってあげた血の繋がりのない美しく成長した義弟からまさかの提案……!? 恋に臆病な姉と、一途に義姉を想い続けてきた義弟の大人の恋物語。 ※他サイトにも掲載しています。

義姉と押し入れに隠れたら、止まれなくなった

くろがねや
恋愛
父の再婚で、義姉ができた。 血は繋がっていない。でも——家族だ。そう言い聞かせながら、涼介はずっと沙耶から距離を取ってきた。 夏休み。田舎への帰省。甥っ子にせがまれて始まったかくれんぼ。急いで飛び込んだ押し入れの中に、先客がいた。 「……涼介くん」 薄い水色の浴衣。下ろした髪。橙色の光に染まった、沙耶の顔。 逃げ場のない暗闇の中で、二人分の体温が混ざり合う。 夜、来て。 その一言が——涼介の、全部を壊した。 甘くて、苦しくて、止まれない。 これは、ある夏の、秘密の話。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。