Wavering Heart ~ 元同級生は別人級に甘すぎる ~

芙月みひろ

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49.私にしては

 道の駅を出発して帰路に着いたその道中、私は迅との時間を思い出していた。
 彼との初めての外出は楽しかった。今日は今までで一番長い時間を共に過ごしたが、その結果、改めて彼の傍の居心地の良さに気づいた。できればもう少しだけ彼と一緒にいたいけれど、と思った時、前方に私のマンションが見えてきた。
 そろそろ降りる準備をしておこうかと、この時間が終わることを残念に思いながら手元にバッグを引き寄せる。
 迅は車をマンション手前の道端に寄せて停め、私の方に体を向ける。

「今度の週末なんだけど、日曜の夕方頃からなら会えると思うんだ」

 彼は毎週のように私と会う前提で話しているようだ。
 私との時間をそんなにも優先する必要はないのにと、それを嬉しく思いながらも普段と変わらない表情を作ってしまう。

「用事があるんでしょ?だったら、そっちを優先してくれて全然構わないよ」
「用事というか、大学の時の友達の結婚式に呼ばれていてね。少し遠方だから、その夜はホテルに泊まることにしているんだ。それで、こっちに戻ってくるのはたぶん、翌日の昼前になるかも。だから、会えるとすれば午後少し遅くからか、夕方以降になると思う」
「本当に無理はしないでいいから。だって、付き合ってるからと言って、毎週必ず会わなきゃいけないってわけじゃないでしょ?」

 すると迅は大きなため息をついた。

「寂しそうな顔をしてくれるかもって、期待してたわけじゃないけどね……。ちなみに俺は、毎週どころか、毎日だって美祈ちゃんに会いたいと思ってるよ」
「そ、それは、ありがとう……」

 彼の真っすぐな物言いは私の心をくすぐった。それはいつものことなのだが、私はまだ慣れることができずにいる。

「美祈ちゃんが、俺と同じ熱量を持ってくれるのはいつになるんだろうな」

 戸惑い顔の私を見て、迅は苦笑した。

「私だって、ちゃんと迅君のこと、好きよ」
「ほんとかな」

 私の言葉を疑うような口ぶりで迅は言ったが、私の心はもう間違いなく、彼だけに真っすぐ向いている。本当は、まだ彼と一緒にいたい。

「本当にそう思ってるよ」
「本当に?」

 その真偽を確かめるかのように迅は私の顔をのぞき込み、意味ありげな目をして囁く。

「じゃあ、俺を美祈ちゃんの部屋に入れてくれる?」

 どうして今日は外でデートすることにしたのか、その理由を思い出し、私は曖昧に笑ってそれをかわす。

「どこかのお店に行かない?」

 迅は残念そうにため息をついた。

「まぁね。そういう答えが返ってくることは、分かっていたんだけどね」
「えぇと、部屋が片付いていなくて。それで、今日はちょっと、人を入れられるような状態じゃなくて……」

 私の言い訳を最後まで聞いてから、迅は真面目な顔を作る。
 
「一応言っておくけど、いつも美祈ちゃんのことを、そういう目で見てるわけじゃないからね。そこはちゃんと分かっていてほしい」
「そ、それはもちろん、分かってるよ」
「だけど、俺が言ったことをきっかけにして、もっともっと意識してもらえるのは、大歓迎だから」

 迅は悪戯っぽい目をしてにっと笑った。
 そんな風に言われなくとも、すでにもう嫌というほど意識している。今も胸がどきどきして、息苦しいほどだ。
 ふと見上げた彼は、微笑みながら私を見つめていた。
 その視線に心の中を見抜かれているように感じて、私は慌てて話題を戻す。

「それで、どこのお店でお茶する?」
「しょうがない。行くか」

 不満そうに言いながらも迅の目は笑っていた。
 車を発進させて元来た道を戻り、途中で目にした喫茶店に入った。そこで私たちは小一時間程を過ごす。

 店を出る頃には日が傾き始めており、遠くの空が茜色にほんのりと染まっていた。
 その中を、迅は再び私のマンションに向かって車を走らせていたが、ふと思いついたように言い出す。

「河原沿いの道を通って行こうかな」
「いいよ」

 特に急ぐ帰路ではない。私は彼の言葉に頷いた。
 迅はハンドㇽを切ってこの街を流れる河川に車を向ける。
 途中川にかかる橋を渡り、対岸にある広場に入ってそこで車を停めた。

「春先だったかな。ふらりと車を走らせていた時に、この場所を知ったんだけど、この辺りって桜並木になっているんだね」
「えぇ、そうよ。満開の時期は本当に綺麗なの」
「見てみたいな。次の春、一緒に花見に来ようか」
「いいわね」
「楽しみだな」

 その時のことを想像でもしているのか、迅はにこにこと笑っている。

「今日はありがとう。楽しかったよ。またどこかに一緒に出かけようね」
「えぇ。もちろん。私も楽しかった。あ、暗くなってきたね。秋って、日が暮れるのが早いよね」
「ほんと、そうだよね。そろそろ戻るか」

 言いながら迅はハンドルに手をかけようとしたが、その手を膝の上に戻して大きなため息を吐き出した。

「どうかした?」
「いや、二週間後までは美祈ちゃんに会えないんだな、と思ってさ」
「二週間なんてあっという間よ。それにほら、連絡が取れなくなるわけじゃないし」

 私としては、そんなに大げさに捉えなくても、という意味で言ったつもりだった。
 ところが迅は恨みがましい目つきで私を見る。

「やっぱり、会いたいって思ってるのは俺の方だけなのかなぁ……」
「そんなことないよ。私だって、同じよ」
 
 しかし迅は私の言葉を信じていないようだ。

「まぁ、いいさ。元々、時間をかけて俺のことを好きになってもらうつもりでいたからね。さてと、もう行かないとね」

 彼は私に微笑みかけて、ハンドルに手を伸ばした。
 私は咄嗟にその腕を捉えて、彼の方にぐんっと身を乗り出す。

「待って」
「えっ、な、何?」

 驚く迅の声が聞こえたが、それを無視した。首を伸ばして、私は彼の唇に口づけた。私の言葉をなかなか信じない彼に、苛立ってしまったが故の行動だった。

「んっ……」

 迅の喉の奥からくぐもった声が洩れたが、それはすぐに消えた。彼はされるがままに大人しく私のキスを受け止めていた。
 そのひとときは、ほんの数秒程度だったはず。しかし何分、何十分という長い時間キスを交わし合ってでもいたかのように、唇を離した後の私の呼吸は荒く乱れていた。

「美祈ちゃんから、こんなことされるなんて……」
「だ、だって……」

 彼を怒らせてしまっただろうかと、自分の衝動的な行動を後悔した。私は助手席に戻って座り直し、恐る恐る迅の様子をうかがう。

「私が言うこと、信じてくれないみたいだったから、それで……」
「だからって、急にキスするなんて」
「ご、ごめんなさい。怒った……?」

 彼はふうっと息をつき、眉間に手を当てる。

「怒ってはいない。美祈ちゃんは恋愛初心者って言っていたはずなのに、って驚いてる。そんでもって、ものすごく困ってる。もっと美祈ちゃんのキスがほしくてたまらなくなって、それを抑えるのがものすごく大変で。どうしてくれるの」
「え、と……」

 返答に困って瞬きを繰り返している私に、迅は低い声で囁く。

「この次に会った時、責任取ってよね」
「せ、責任、ってどういう意味で……」
「さぁね。どういう意味かな。それから、今までは平日誘うのは遠慮してたけど、それ、やめることにするからね」

 迅の声は意地悪な響きを帯びていた。
 意味深な彼の言葉のおかげで、私の鼓動はどくんどくんとけたたましいほどに鳴っている。それを抑え込みたくて、私はバッグを胸にぎゅっと抱え込んだ。
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