52 / 61
52.不安に思わないで
すぐ近くでスマホが鳴ったのは、迅の唇が僅かに触れた時だった。
はっとして目を開けた私は、どこから聞こえてくるのかとその音の元を探すために耳を澄ます。
目の前では迅がため息をつき、着ていたパーカーのポケットをもぞもぞと探る。
「ごめん。モード、変えてなかった」
「出ていいよ」
「うん、でも……。知らない番号からだ」
「そうなの?」
その音はなかなか鳴り止まない。
「ずっと鳴ってるね」
「一応出てみるか。ちょっとごめんね」
迅は私に断りを入れて、渋々ソファから立ち上がった。壁際に寄って行き、私に背を向けて立つ。
「もしもし?」
私の部屋はそんなに広いわけではない。迅が持つスマホからほんのわずかに漏れ聞こえてきたのは、女性の声だった。
いったい誰からの電話なのかと、私は息をひそめて耳をそばだてながら迅の様子をうかがっていた。
「私には付き合っている人がいるので、それはできませんし、こういう電話も迷惑です」
きっぱりとした口調で言い、迅は電話を切った。スマホをポケットに収めて振り返り、恐る恐る私の顔に視線を当てる。
「今の、聞こえてた……?」
「えぇと、会話の内容は分からなかったけど、もしかして、女の人からの電話、だった?」
おずおずと私は答えた。
迅は肩を上下させながら大きなため息をつき、のろのろと私の隣に腰を下ろす。
「昨日の結婚式の二次会で初めて会った人からだったんだ」
「へぇ……」
そんな人がなぜ、と私の心はざわめき、落ち着きを失う。
「実は夕べ、連絡先を聞かれてね。もちろん教えなかったよ。俺には彼女がいるから、ってね。その時はそれで納得したようだったから、後はもう終わった話だと思ってたんだけど、俺の友達から連絡先を聞き出したらしくてね。いったい誰が教えたのか知らないけど、まったく困るったらないよ。でも、今もう一度はっきりと断ったから、後は大丈夫だと思う」
迅は不愉快そうに鼻の上にしわを寄せている。
「ふぅん、そうだったの」
自分では上手に平静を装えていると思っていた。しかし実際は、心の中に広がったもやもやとした気持ちが、言葉の中に拗ねた響きをにじませた。
「もしかして、怒ってる?」
迅に顔をのぞき込まれて、私は薄い笑みを口元に浮かべる。
「どうして怒らなきゃいけないの?電話番号を教えたのは、迅君本人じゃないんでしょ?私が怒る理由なんて、どこにもないよ」
「でも、なんだか不機嫌だ」
「そんなことないわ。普通よ」
「普通には見えないよ。何か気に障ったことがあったんなら、言ってほしい」
迅は私の顔をじっと見つめて答えを待っている。
私はふうっとため息をつき、おもむろに口を開く。
「気に障ったとかじゃなくて、ただ」
「うん?」
「ちょっと不安になってしまって……」
「不安?何が?」
「迅君ってモテるじゃない。だから……」
「え?」
迅の眉間にしわが寄った。
「俺がモテるって?」
「そうよ。従妹の友達も、迅君のことを気に入ってたらしいし」
「は?」
「秋の初めごろにあった私の従妹の結婚式の二次会で、あの場にいた従妹の友達の一人が、迅君とまた会いたいって言っていたそうよ」
迅は苦笑いを浮かべ、私を諭すかのようにゆっくりとした口調で告げる。
「あのね。俺が好きな人は美祈ちゃんだよ。だから、美祈ちゃんが不安に思うことなんて、何もないんだよ」
「で、でも。人の心って分からないじゃない。迅君だって、今は私を好きだって言ってくれてるけど、他に好きだと思う人が今後現れないとも限らないでしょ」
「離したくないと思った人は、美祈ちゃんが初めてだし、今後そう思う人なんて絶対に現れない。俺の気持ちは変わらないよ。信じて」
「迅君を信じていないわけじゃないんだけど……。それでも、これからもこういうことがあったりしたら、と思うと……」
「仮に今後、そういうことがあったとしても、俺が心変わりすることはないって断言できる」
「だけど……」
「美祈ちゃん、もう、黙ろうか」
迅は言うなり私の背に腕を回し、これまでになく強引に口づけた。
「ん……っ」
それはあまりにも深く、濃厚な口づけだった。そのせいで頭の芯が熱を持ち始め、次第にぼうっとしてきてしまう。彼の唇がわずかに離れた隙に、私は荒い息の中訴える。
「迅君、待って」
迅は私の耳に唇を触れさせながら囁く。
「待たないよ。美祈ちゃんがこれ以上おかしなことを考えたりしないように、俺でいっぱいになるまではやめない」
彼の吐息に耳を撫でられて、私の口からは小さな声がもれた。それを恥ずかしく思う間もなく、迅のキスは再び私から思考を奪っていく。もどかしさに全身が身震いする。
いったいどれくらいの時間、そうしていただろう。彼の口づけからようやく解放された時には、自力で体を支えられなくなっていて、私はくたりと迅の胸に倒れ込んだ。
「もうっ、迅君、ひどいよ……」
「俺の言うことを信じてくれないからだよ。それに、美祈ちゃんも前にこれと似たようなことを、俺にしたよ?」
「そ、そうだったっけ……」
「そうだよ」
「でも、私こんな風には……」
私は恨みがましい目で迅を見上げた。
彼は艶めいたまなざしを私に向ける。
「それは仕方ない。俺、美祈ちゃんのことが大好きなんだから。一応は、これでもセーブしてるんだよ?俺の我慢を褒めてほしいくらいなんだけど」
その視線と言葉の意味を察して、私は彼から目を逸らす。
「ご、ごめんなさい。だけど、もうちょっとだけ待って……」
迅はくすりと笑う。
「大丈夫。分かってるから。俺は美祈ちゃんと早く一つになりたいけど、それはやっぱり、美祈ちゃんもそう思ってくれたタイミングじゃないと意味がない。だからその時までちゃんと待つよ」
「うん……」
迅と体を重ねたくないわけではない。ただ、彼の前に自分のすべてを曝け出す自信がないのだ。
うつむく私の背を彼は優しく撫でながら、冗談めかして言う。
「今のキスだけでも、六十パーセントくらいは充電できた。だけどもう一度キスすれば、充電率はもっと上がるかも」
それが百パーセントになる時って――?
迅の答えは想像がついているくせに、つい訊ねそうになった。しかし私は慌ててそれを飲み込み、その代わりにこう言ってみる。
「じゃあ、もう一度、キスする?」
迅は驚いたように軽く息を飲んだ。しかし次の瞬間には私の背を抱いて、再び私の唇を優しく塞いだ。
はっとして目を開けた私は、どこから聞こえてくるのかとその音の元を探すために耳を澄ます。
目の前では迅がため息をつき、着ていたパーカーのポケットをもぞもぞと探る。
「ごめん。モード、変えてなかった」
「出ていいよ」
「うん、でも……。知らない番号からだ」
「そうなの?」
その音はなかなか鳴り止まない。
「ずっと鳴ってるね」
「一応出てみるか。ちょっとごめんね」
迅は私に断りを入れて、渋々ソファから立ち上がった。壁際に寄って行き、私に背を向けて立つ。
「もしもし?」
私の部屋はそんなに広いわけではない。迅が持つスマホからほんのわずかに漏れ聞こえてきたのは、女性の声だった。
いったい誰からの電話なのかと、私は息をひそめて耳をそばだてながら迅の様子をうかがっていた。
「私には付き合っている人がいるので、それはできませんし、こういう電話も迷惑です」
きっぱりとした口調で言い、迅は電話を切った。スマホをポケットに収めて振り返り、恐る恐る私の顔に視線を当てる。
「今の、聞こえてた……?」
「えぇと、会話の内容は分からなかったけど、もしかして、女の人からの電話、だった?」
おずおずと私は答えた。
迅は肩を上下させながら大きなため息をつき、のろのろと私の隣に腰を下ろす。
「昨日の結婚式の二次会で初めて会った人からだったんだ」
「へぇ……」
そんな人がなぜ、と私の心はざわめき、落ち着きを失う。
「実は夕べ、連絡先を聞かれてね。もちろん教えなかったよ。俺には彼女がいるから、ってね。その時はそれで納得したようだったから、後はもう終わった話だと思ってたんだけど、俺の友達から連絡先を聞き出したらしくてね。いったい誰が教えたのか知らないけど、まったく困るったらないよ。でも、今もう一度はっきりと断ったから、後は大丈夫だと思う」
迅は不愉快そうに鼻の上にしわを寄せている。
「ふぅん、そうだったの」
自分では上手に平静を装えていると思っていた。しかし実際は、心の中に広がったもやもやとした気持ちが、言葉の中に拗ねた響きをにじませた。
「もしかして、怒ってる?」
迅に顔をのぞき込まれて、私は薄い笑みを口元に浮かべる。
「どうして怒らなきゃいけないの?電話番号を教えたのは、迅君本人じゃないんでしょ?私が怒る理由なんて、どこにもないよ」
「でも、なんだか不機嫌だ」
「そんなことないわ。普通よ」
「普通には見えないよ。何か気に障ったことがあったんなら、言ってほしい」
迅は私の顔をじっと見つめて答えを待っている。
私はふうっとため息をつき、おもむろに口を開く。
「気に障ったとかじゃなくて、ただ」
「うん?」
「ちょっと不安になってしまって……」
「不安?何が?」
「迅君ってモテるじゃない。だから……」
「え?」
迅の眉間にしわが寄った。
「俺がモテるって?」
「そうよ。従妹の友達も、迅君のことを気に入ってたらしいし」
「は?」
「秋の初めごろにあった私の従妹の結婚式の二次会で、あの場にいた従妹の友達の一人が、迅君とまた会いたいって言っていたそうよ」
迅は苦笑いを浮かべ、私を諭すかのようにゆっくりとした口調で告げる。
「あのね。俺が好きな人は美祈ちゃんだよ。だから、美祈ちゃんが不安に思うことなんて、何もないんだよ」
「で、でも。人の心って分からないじゃない。迅君だって、今は私を好きだって言ってくれてるけど、他に好きだと思う人が今後現れないとも限らないでしょ」
「離したくないと思った人は、美祈ちゃんが初めてだし、今後そう思う人なんて絶対に現れない。俺の気持ちは変わらないよ。信じて」
「迅君を信じていないわけじゃないんだけど……。それでも、これからもこういうことがあったりしたら、と思うと……」
「仮に今後、そういうことがあったとしても、俺が心変わりすることはないって断言できる」
「だけど……」
「美祈ちゃん、もう、黙ろうか」
迅は言うなり私の背に腕を回し、これまでになく強引に口づけた。
「ん……っ」
それはあまりにも深く、濃厚な口づけだった。そのせいで頭の芯が熱を持ち始め、次第にぼうっとしてきてしまう。彼の唇がわずかに離れた隙に、私は荒い息の中訴える。
「迅君、待って」
迅は私の耳に唇を触れさせながら囁く。
「待たないよ。美祈ちゃんがこれ以上おかしなことを考えたりしないように、俺でいっぱいになるまではやめない」
彼の吐息に耳を撫でられて、私の口からは小さな声がもれた。それを恥ずかしく思う間もなく、迅のキスは再び私から思考を奪っていく。もどかしさに全身が身震いする。
いったいどれくらいの時間、そうしていただろう。彼の口づけからようやく解放された時には、自力で体を支えられなくなっていて、私はくたりと迅の胸に倒れ込んだ。
「もうっ、迅君、ひどいよ……」
「俺の言うことを信じてくれないからだよ。それに、美祈ちゃんも前にこれと似たようなことを、俺にしたよ?」
「そ、そうだったっけ……」
「そうだよ」
「でも、私こんな風には……」
私は恨みがましい目で迅を見上げた。
彼は艶めいたまなざしを私に向ける。
「それは仕方ない。俺、美祈ちゃんのことが大好きなんだから。一応は、これでもセーブしてるんだよ?俺の我慢を褒めてほしいくらいなんだけど」
その視線と言葉の意味を察して、私は彼から目を逸らす。
「ご、ごめんなさい。だけど、もうちょっとだけ待って……」
迅はくすりと笑う。
「大丈夫。分かってるから。俺は美祈ちゃんと早く一つになりたいけど、それはやっぱり、美祈ちゃんもそう思ってくれたタイミングじゃないと意味がない。だからその時までちゃんと待つよ」
「うん……」
迅と体を重ねたくないわけではない。ただ、彼の前に自分のすべてを曝け出す自信がないのだ。
うつむく私の背を彼は優しく撫でながら、冗談めかして言う。
「今のキスだけでも、六十パーセントくらいは充電できた。だけどもう一度キスすれば、充電率はもっと上がるかも」
それが百パーセントになる時って――?
迅の答えは想像がついているくせに、つい訊ねそうになった。しかし私は慌ててそれを飲み込み、その代わりにこう言ってみる。
「じゃあ、もう一度、キスする?」
迅は驚いたように軽く息を飲んだ。しかし次の瞬間には私の背を抱いて、再び私の唇を優しく塞いだ。
あなたにおすすめの小説
俺様上司に今宵も激しく求められる。
藤白ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です!
https://estar.jp/novels/26513389
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
【完結】女当主は義弟の手で花開く
はるみさ
恋愛
シャノンは若干25歳でありながら、プレスコット伯爵家の女当主。男勝りな彼女は、由緒ある伯爵家の当主として男性と互角に渡り合っていた。しかし、そんな彼女には結婚という大きな悩みが。伯爵家の血筋を残すためにも結婚しなくてはと思うが、全く相手が見つからない。途方に暮れていたその時……「義姉さん、それ僕でいいんじゃない?」昔拾ってあげた血の繋がりのない美しく成長した義弟からまさかの提案……!?
恋に臆病な姉と、一途に義姉を想い続けてきた義弟の大人の恋物語。
※他サイトにも掲載しています。
義姉と押し入れに隠れたら、止まれなくなった
くろがねや
恋愛
父の再婚で、義姉ができた。
血は繋がっていない。でも——家族だ。そう言い聞かせながら、涼介はずっと沙耶から距離を取ってきた。
夏休み。田舎への帰省。甥っ子にせがまれて始まったかくれんぼ。急いで飛び込んだ押し入れの中に、先客がいた。
「……涼介くん」
薄い水色の浴衣。下ろした髪。橙色の光に染まった、沙耶の顔。
逃げ場のない暗闇の中で、二人分の体温が混ざり合う。
夜、来て。
その一言が——涼介の、全部を壊した。
甘くて、苦しくて、止まれない。
これは、ある夏の、秘密の話。