Wavering Heart ~ 元同級生は別人級に甘すぎる ~

芙月みひろ

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55.ほんとにいいの?

 迅はおもむろに私の隣に座り直した。その手にワインのボトルを持っている。

「もう少し飲む?」

 私は頷くのを少しだけためらった。すでにシャンパンを一杯、ワインも一杯飲んでいる。とは言え今はまだ、ほろ酔い加減といったところだ。この後のことを考えた時、この際、むしろ完全に酔っぱらってしまった方がいいのかしらと、やや乱暴な考えが頭の中をよぎった。

「それじゃあ、もう一杯飲んじゃおうかな」
「オッケー」

 迅は二人分のグラスにワインを注いだが、共にその半分の位置までしかワインが入っていない。中途半端なその量を不思議に思っていると、彼はにやりと笑った。

「お互い、今日はもうこれくらいでやめておいた方がいいんじゃない?」
「え……」
「だって」

 迅はワインボトルにコルクを戻しながら、私に視線を流してよこす。

「今夜は大事な日だよね?」
「……っ」

 彼の艶やかな視線に鼓動が激しくなった。「その時」まではまだ時間があるはずなのに、今からこんな状態で私の心臓は持つのかしらと心配になる。ひとまずは気持ちを落ち着かせなければと、手に取ったワイングラスをくいっと傾けた。

「美祈ちゃんからのプレゼント、今夜もらえると思っていていいんだよね?」

 迅の突然の言葉に動揺して手元が狂った。口に流しかけていたワインが唇の端から溢れ、顎を伝ってこぼれ落ちた。

「っ……!」

 私は急いでグラスをテーブルの上に戻し、顔を汚した液体を手で拭き取ろうとした。
 それよりも早くその部分を拭ったのは、迅の手だった。

「ありがとう」

 礼を言って、私はワンピースのポケットの中を探り、ハンカチを取り出そうとした。それを使って、まだ拭ききれていない部分を綺麗にしようとしたのだ。
 ところが私の手首を迅がそっとつかんだ。

「じ、迅君?」
「俺が綺麗にしてあげる」
「え?」

 戸惑う私に微笑みかけたかと思うと、迅は首を伸ばして私の口元を舌でぺろりと舐めた。何が起こったのか理解する間もないほどの早業だった。

「ちょ、ちょっと……!」
「うん、うまい」

 迅は満足そうに笑っている。
 私は体を後ろに引いて彼から離れた。

「な、何するのよ」
「何って、綺麗にしてあげただけだよ。あぁ、まだ残ってるな」
「じ、自分で……っ」

 迅に口づけられたのは、最後まで言い切るよりも早かった。私の言葉を飲み込んで、迅のキスはあっという間に私の体中から力を奪って行く。
 彼の唇が、私の顎の先から首筋へと這うように降りて行く。ぞくぞくするようなその湿った感触に、私の口からは熱を帯びた吐息がこぼれた。
 
「あぁ……っ」

 彼の唇が肌に触れる度に、そこから電流が走ったかのように私の全身はぴくりと反応した。頭の中がぼうっとしてきて、何も考えられなくなっていく。
 止まらない彼のキスに翻弄され、気づいた時には、私の体はクッションの上にあった。ワンピースの下に履いたレギンスの上を彼の手が這い、所々を撫でる度に、体中がもどかしさに震えた。

「んっ……」

 彼と唇を重ね合わせ、舌を絡ませ合う中、このままこの場所で、彼に抱かれることになるのかしらと、覚悟のような思いが胸に浮かんだ時だ。
 迅のキスが止まった。
 彼は大きな息をはぁっと吐き出し、私の胸の上に突っ伏した。後悔をにじませたくぐもった声で私に謝る。

「ごめん……。危うく床の上で抱いてしまうところだった」
「う、うぅん。あの、大丈夫だから……」

 何が大丈夫なのか、自分でもよく分からないが、他に何とも言いようがなくて、私はぼそぼそと答えた。身じろぎして手を動かし、彼の頭をそっと撫でる。
 迅は恐る恐る顔を上げた。

「怒ってないの?」

 私に問いかける声はひどく不安そうだ。
 私はぎこちない笑みを浮かべて、首を横に振る。

「怒ってないよ。ただ、覚悟はしたけど……」
「覚悟ね」

 迅は自嘲気味に笑いながら、のろのろと体を起こした。私の隣にごろりと横になり、天井を見つめる。

「無理はしなくていいんだからね。やっぱりまだ、と思うなら、今夜はただ、俺の隣で眠ってさえくれればそれでいい」

 こんな風にして、迅はいつも私の気持ちを最優先にしてくれる。そしてそこからは、私を大切に思う彼の想いがひしひしと伝わってくる。
 それを感じて、これからもずっと私は彼の傍にいたいと、心から強く思った。同時に湧き起こったのは、私のすべてを彼に愛してほしいという狂おしいような感情だった。
 その気持ちを伝えたくて、体を起こした私は迅の胸の上に頬を寄せる。

「無理なんてしてないから。だから、その、私、迅君に……」

 恥ずかしさが勝って、抱いてほしいというそのひと言を言い出せない。
 迅はもじもじしている私の背を撫でる。

「今の言葉、俺、勝手に解釈するよ。……本当にいいの?」

 意思を確かめるように念を押されて、私はためらうことなく、首をこくりと縦に振った。
 
「じゃあ、美祈ちゃんから、キスしてくれない?もしも本当に、今夜、俺を受け入れてくれる気持ちがあるのなら」

 気持ちはとっくに定まっていた。私はおずおずと顔を上げて、ゆっくりと迅の唇に自分の唇を重ねた。彼と付き合う中で覚えた口づけを繰り返す。そのうちに、この人がほしい、この人に愛してほしいと、切ないほどに彼を求める気持ちが大きくなっていった。
 迅はされるがままに大人しく私のキスを受け止めていた。しかし、ふと目を開けて見た迅の顔は、何かに耐えてでもいるかのように苦しそうだ。

「んっ……」

 迅は呻くような声をもらし、私の背中に腕を回してぎゅっと抱き締めた。私の唇が離れた隙に吐息と共に囁く。

「先にシャワーしてくる?」

 そのひと言に、この後この夜に自分の身に起こることが容易に想像できて、鼓動が激しく高鳴った。

「それとも一緒に入る?」
「っ……!」

 私は乱れた息遣いのまま、首をぶんぶんと横に振った。
 迅は気持ちを落ち着かせるかのように、ふうっと長めの息を吐き出してからおもむろに起き上がった。私の手を取って立ち上がりながら彼は言う。

「バスルームに案内するね」
「う、うん、ありがとう……」

 着替えなどの入ったバッグを手に、私は迅の後に着いて行った。
 バスルームのドアを開けて、迅はあれこれと説明をしてくれた。
 彼の声に集中しようとしたが、耳の奥にうるさく響く自分の鼓動音が邪魔をして、その説明の半分も頭に入ってこなかった。
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