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12.もう少し一緒に
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聞こえなかったふりでもして、さっさとその場から離れれば良かったものを、私はぎくしゃくと振り向いてしまった。
そこに立っていたのは、私をひどい形でフり、傷つけた元カレの俊一だった。
まったく悪びれない様子に、どうしてそんなに普通に私に声をかけることができるのかと、嫌悪感が起こる。その顔もその声も大好きだったのが嘘のようだ。
「久しぶりだな。元気だったか」
何も訊ねていないのに、俊一は勝手にぺらぺらと喋り出した。
「これからバイトなんだよ。お前が辞めた後、まだ人が入んなくてさ。忙しいからって言って、店長にシフト増やしてくれって頼まれたんだ。まぁ、その分金が入るからいいんだけどな。ていうか、その恰好、どうしたんだよ。珍しくそんな可愛い服なんか着て、まさかデートかなんか?お前を拾ってくれた奴がいたんだな。良かったじゃないか」
「この人、誰?」
俊一からかばうように理玖が私の隣に立つ。
「もしかして、まど香の今カレか?」
私は俊一の言葉を無視して理玖に声をかける。
「行こう」
私に目を向けた理玖の眉間にはしわが寄っていた。
この状況を不快に思ったに違いないと心が重くなる。私は唇を噛んで歩き出した。
理玖はすぐに追いつき、私に寄り添うように歩調を合わせる。
そんな私たちの後を追うように俊一が着いてきた。並ぶように歩きながら、興味津々な口調で話しかけてくる。
「ほんとにお前の今カレなのか?高校生くらいにしか見えないよな。まさか、マジで高校生とかじゃないよな。でもあれか。まど香の場合は、もう一度お子様みたいなお付き合いからやり直してみるのもいいかもな」
俊一に出くわしたあの時に完全に無視すればよかったと、心の底から後悔した。私だけならまだしも、理玖のことまでをも馬鹿にしたような言い方に腹が立つ。こんなことに理玖を巻き込んでしまって申し訳なさでいっぱいだ。そして何より、こんな人を好きだった自分のことが腹立たしい。
「大丈夫?」
私を気遣う理玖の声に我に返る。
「大丈夫よ」
私はまっすぐ前を向いて歩を進める。俊一がちっと舌打ちしたのが聞こえたが、もう相手にしない。
「なんだよ、無視か。ま、俺たちはもう何の関係もないからな。せいぜい今カレに可愛がってもらえよ」
遭遇した最初から立ち去る最後まで、俊一は私を小ばかにしたような態度を取り続けた。
私の頭の中は怒りと悔しさでいっぱいだったが、理玖の前だからと我慢した。全身の緊張とそのどす黒い感情がようやく落ち着いたのは、俊一の後ろ姿が見えなくなってからのことだった。
深々と息を吐き、心を落ち着かせてから、私は理玖に詫びた。
「無関係の理玖君を巻き込んだ形になってしまって、本当にごめんなさい。気分、悪かったでしょ?えぇと、映画を見るんだったよね。時間は大丈夫かしら。早く行きましょ」
「ごめんね……」
「え?」
彼の言葉に、先を急ごうとしていた足が止まった。
「まど香さんがさっきの人に色々言われていたのに、俺、全然助けてあげられなかった」
「そんなの、理玖君が謝る必要ないわ。むしろ不愉快な気分にさせて、本当に申し訳なかったと思ってる」
「この前元気がなかった原因って、もしかしてあの人?あれが元カレなの?」
理玖はためらいがちに訊ねた。
元カレを「あれ」呼ばわりしたその言い方につい笑ってしまう。そのおかげだろうか、体中の力がすっと抜けて気分が楽になったような気がした。
「うん。『あれ』が元カレ」
理玖は私を見下ろして苦笑を浮かべた。
「まど香さんって、男を見る目がなかったんだね……」
理玖は皮肉を言ったのだと思う。しかし私はそれを素直に受け止めた。
「本当よね。理玖君の言う通りだわ」
「でも大丈夫。次は絶対にまど香さんを大切にしてくれる人が現れるよ」
励ますように言われて、私は口元を綻ばせる。
「ふふっ、ありがとう。まさか理玖君に元気づけられるなんてね」
「まど香さんには笑っていてほしいからね。うん。やっぱり、まど香さんは笑顔が可愛い」
「またそういうことを言う……」
苦笑する私に、理玖はにっと笑う。
「しようがないでしょ。ほんとのことなんだから」
「ま、お世辞でも嬉しいわ。ありがとう」
「お世辞じゃないのになぁ……。まぁ、いいか。早く映画館に行こう。最初から見たい」
理玖はにこりと笑って私を促し、先に立って歩き出した。
映画を楽しんだその帰り道、私たちは並んで歩きながら駅に向かう。
「今日は楽しかったなぁ」
理玖はしみじみとつぶやき、それからため息をついた。
「駅、もう着くね」
「そうだね」
理玖に合わせて答えながら、この時間の終わりをふと名残惜しく感じる。しかしその気持ちを振り払い、私は理玖に微笑みかけた。
「今日はありがとう。理玖君へのご褒美だったのに、結局私も楽しんじゃったわ」
「なんだかあっという間だったね。今日はつき合ってくれて、本当にありがとう」
「ちゃんとご褒美になったかしら」
「もちろん!」
「それなら良かった。……それじゃあ、私、あっちだから。また、水曜日にね」
私は笑顔で立ち去ろうとしたが、理玖に呼び止められた。
「まど香さん」
「何?」
「今日、俺と一緒にいて楽しかった?」
「えぇ、楽しかったわ」
どきどきしたり緊張したり、気持ちが落ち着かないことはたくさんあったけれど、と心の中で付け加える。
私の即答に理玖は満足そうに笑った。
「それじゃあ、二学期のテストのご褒美は決まり。また俺につき合ってよ。さっき考えておくって言ってくれたし、いいよね」
「それ、決まりなの?」
「そう、決まり。それで返事は?」
理玖は身をかがめて私の顔をのぞき込み、イエスの言葉を待っている。
まぶしい笑顔に負けて私は首を縦に振った。
彼の顔に笑顔が広がる。
「俺、頑張るから」
理玖は決意を込めるかのように、胸元で拳を握った。
私は家庭教師としての顔で理玖に告げる。
「それじゃあ、少し条件を厳しくしようかな」
「っ……。どんな条件でもどうぞ。頑張ります」
「ふふっ。その条件は今度言うわ。じゃあ私、もう行くね」
「引き留めてごめんなさい」
今度こそ自分の乗る電車のホームへ向かおうとした時、顔の周りの空気が動いた。
「まど香さん。水曜日、待ってる」
いつの間に移動していたのか、耳に近い所で理玖の声がして驚いた。微笑む理玖の顔が目の前にあって、とっさに体を引く。顔が熱い。
「気をつけて帰って」
私は無言でこくこくと頷く。
理玖は満足そうな顔をして、颯爽とした足取りで私の前から去って行った。
そこに立っていたのは、私をひどい形でフり、傷つけた元カレの俊一だった。
まったく悪びれない様子に、どうしてそんなに普通に私に声をかけることができるのかと、嫌悪感が起こる。その顔もその声も大好きだったのが嘘のようだ。
「久しぶりだな。元気だったか」
何も訊ねていないのに、俊一は勝手にぺらぺらと喋り出した。
「これからバイトなんだよ。お前が辞めた後、まだ人が入んなくてさ。忙しいからって言って、店長にシフト増やしてくれって頼まれたんだ。まぁ、その分金が入るからいいんだけどな。ていうか、その恰好、どうしたんだよ。珍しくそんな可愛い服なんか着て、まさかデートかなんか?お前を拾ってくれた奴がいたんだな。良かったじゃないか」
「この人、誰?」
俊一からかばうように理玖が私の隣に立つ。
「もしかして、まど香の今カレか?」
私は俊一の言葉を無視して理玖に声をかける。
「行こう」
私に目を向けた理玖の眉間にはしわが寄っていた。
この状況を不快に思ったに違いないと心が重くなる。私は唇を噛んで歩き出した。
理玖はすぐに追いつき、私に寄り添うように歩調を合わせる。
そんな私たちの後を追うように俊一が着いてきた。並ぶように歩きながら、興味津々な口調で話しかけてくる。
「ほんとにお前の今カレなのか?高校生くらいにしか見えないよな。まさか、マジで高校生とかじゃないよな。でもあれか。まど香の場合は、もう一度お子様みたいなお付き合いからやり直してみるのもいいかもな」
俊一に出くわしたあの時に完全に無視すればよかったと、心の底から後悔した。私だけならまだしも、理玖のことまでをも馬鹿にしたような言い方に腹が立つ。こんなことに理玖を巻き込んでしまって申し訳なさでいっぱいだ。そして何より、こんな人を好きだった自分のことが腹立たしい。
「大丈夫?」
私を気遣う理玖の声に我に返る。
「大丈夫よ」
私はまっすぐ前を向いて歩を進める。俊一がちっと舌打ちしたのが聞こえたが、もう相手にしない。
「なんだよ、無視か。ま、俺たちはもう何の関係もないからな。せいぜい今カレに可愛がってもらえよ」
遭遇した最初から立ち去る最後まで、俊一は私を小ばかにしたような態度を取り続けた。
私の頭の中は怒りと悔しさでいっぱいだったが、理玖の前だからと我慢した。全身の緊張とそのどす黒い感情がようやく落ち着いたのは、俊一の後ろ姿が見えなくなってからのことだった。
深々と息を吐き、心を落ち着かせてから、私は理玖に詫びた。
「無関係の理玖君を巻き込んだ形になってしまって、本当にごめんなさい。気分、悪かったでしょ?えぇと、映画を見るんだったよね。時間は大丈夫かしら。早く行きましょ」
「ごめんね……」
「え?」
彼の言葉に、先を急ごうとしていた足が止まった。
「まど香さんがさっきの人に色々言われていたのに、俺、全然助けてあげられなかった」
「そんなの、理玖君が謝る必要ないわ。むしろ不愉快な気分にさせて、本当に申し訳なかったと思ってる」
「この前元気がなかった原因って、もしかしてあの人?あれが元カレなの?」
理玖はためらいがちに訊ねた。
元カレを「あれ」呼ばわりしたその言い方につい笑ってしまう。そのおかげだろうか、体中の力がすっと抜けて気分が楽になったような気がした。
「うん。『あれ』が元カレ」
理玖は私を見下ろして苦笑を浮かべた。
「まど香さんって、男を見る目がなかったんだね……」
理玖は皮肉を言ったのだと思う。しかし私はそれを素直に受け止めた。
「本当よね。理玖君の言う通りだわ」
「でも大丈夫。次は絶対にまど香さんを大切にしてくれる人が現れるよ」
励ますように言われて、私は口元を綻ばせる。
「ふふっ、ありがとう。まさか理玖君に元気づけられるなんてね」
「まど香さんには笑っていてほしいからね。うん。やっぱり、まど香さんは笑顔が可愛い」
「またそういうことを言う……」
苦笑する私に、理玖はにっと笑う。
「しようがないでしょ。ほんとのことなんだから」
「ま、お世辞でも嬉しいわ。ありがとう」
「お世辞じゃないのになぁ……。まぁ、いいか。早く映画館に行こう。最初から見たい」
理玖はにこりと笑って私を促し、先に立って歩き出した。
映画を楽しんだその帰り道、私たちは並んで歩きながら駅に向かう。
「今日は楽しかったなぁ」
理玖はしみじみとつぶやき、それからため息をついた。
「駅、もう着くね」
「そうだね」
理玖に合わせて答えながら、この時間の終わりをふと名残惜しく感じる。しかしその気持ちを振り払い、私は理玖に微笑みかけた。
「今日はありがとう。理玖君へのご褒美だったのに、結局私も楽しんじゃったわ」
「なんだかあっという間だったね。今日はつき合ってくれて、本当にありがとう」
「ちゃんとご褒美になったかしら」
「もちろん!」
「それなら良かった。……それじゃあ、私、あっちだから。また、水曜日にね」
私は笑顔で立ち去ろうとしたが、理玖に呼び止められた。
「まど香さん」
「何?」
「今日、俺と一緒にいて楽しかった?」
「えぇ、楽しかったわ」
どきどきしたり緊張したり、気持ちが落ち着かないことはたくさんあったけれど、と心の中で付け加える。
私の即答に理玖は満足そうに笑った。
「それじゃあ、二学期のテストのご褒美は決まり。また俺につき合ってよ。さっき考えておくって言ってくれたし、いいよね」
「それ、決まりなの?」
「そう、決まり。それで返事は?」
理玖は身をかがめて私の顔をのぞき込み、イエスの言葉を待っている。
まぶしい笑顔に負けて私は首を縦に振った。
彼の顔に笑顔が広がる。
「俺、頑張るから」
理玖は決意を込めるかのように、胸元で拳を握った。
私は家庭教師としての顔で理玖に告げる。
「それじゃあ、少し条件を厳しくしようかな」
「っ……。どんな条件でもどうぞ。頑張ります」
「ふふっ。その条件は今度言うわ。じゃあ私、もう行くね」
「引き留めてごめんなさい」
今度こそ自分の乗る電車のホームへ向かおうとした時、顔の周りの空気が動いた。
「まど香さん。水曜日、待ってる」
いつの間に移動していたのか、耳に近い所で理玖の声がして驚いた。微笑む理玖の顔が目の前にあって、とっさに体を引く。顔が熱い。
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