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14.その態度の理由
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「行っちゃった……」
ため息がこぼれる。どっと疲れた気分で肩を揺らす。その時感じた肩の重みで、そこにはまだ理玖の手があったことを思い出した。
「理玖君、離して」
「ごめん」
理玖は気まずそうに謝り、そそくさと手を離した。その表情もその声も私が知る柔らかさだ。りらを前にしていた先程とは別人のようだ。
「ねぇ、理玖君って、女の子に対していつもあんな感じなの?前に、それっぽい話を聞いたような気もするけど。えぇと、なんだったかな。自分は愛想がないから女子は近づいてこない、だったかしら」
「うん、まぁ、そうだね」
理玖は鼻の頭を指先でかく仕草をした。
私は首を傾げた。
「実は女の子が苦手なの?それであんなに冷淡な態度を?でも、私には全然普通よね。……もしかして美和の友達だから、気を使ってくれてる、とか?」
理玖は焦った顔で首を横に振る。
「違うよ。もしそうなら、一緒に遊びに行こうなんてこと、言ったりしないって」
「それもそうか……」
私はさらに首を捻る。
「苦手じゃないなら……。女子と距離を置くために、とか?わざと冷たい態度を取って、相手に諦めてもらうように仕向けてたり、とか?」
「まぁ、そんなとこかな」
「え、本当に?でも、どうして?」
驚いて目を見開く私に、理玖は曖昧に笑ってみせる。瞳を揺らしているのは、その理由を話そうかどうしようか、迷っているからだろうか。言おうと決めたのか、おもむろに口を開く。
「あのね……」
しかしそれを遮って携帯の通知音が聞こえた。彼のスマホからだ。
彼は顔をしかめてカーゴパンツのポケットに手を突っ込み、スマホを取り出した。画面を見て苦笑する。
「母さんだ。砂糖も買ってこいだって」
言ってから理玖はスマホの時計を私に見せる。
「電車の時間は大丈夫?」
「それなんだけど……」
私は肩をすくめた。
「実はもう間に合わないの。だから次の電車で帰るわ」
「えっ、乗り遅れちゃったってこと?うわ、ごめん。さっきごたついたからだよね……」
「理玖君のせいじゃないから、気にしないで。ところでコンビニに行くんでしょ?駅はもうそこだし、ここでさよならしましょ」
そう言ったのは彼の時間を気にかけてのことだったが、彼は頷かない。
「もう少し一緒にいていい?」
彼のひと言にどきりとした。そこに特別な意味はないのだと思おうとしたが、うまくいかない。私のことを訊ねるりらに対して、理玖が言ったあの時の言葉がふと蘇り、ひどく落ち着かない気分になる。
「私は構わないけど……。お母様のお使いは大丈夫?」
「問題ないよ。あそこに座って時間を潰そう」
理玖はスマホをポケットに戻し、公園の入り口からすぐのベンチに足を向けた。
ぎくしゃくとした動きで彼を追い、ベンチに着く。私は理玖が先に座るのを待った。
「まど香さん、座って」
理玖に促されて、私はおずおずと腰を下ろす。
彼はそれを見てから隣に座った。
理玖の部屋で隣り合って座る時以上に彼との距離が近くて、胸がどきどきする。それを紛らわせたくて、さっきまで自分たちがいた通りの方に目をやった。
高校生らしき制服姿の女の子たち数人が、歩いている。話の内容までは分からないが、賑やかにお喋りをしている。
楽しそうな彼女たちを眺めているうちに、りらの去り際の様子が改めて気になり出した。自分自身が数か月前に失恋を経験していたせいもあったかもしれない。
「あの子、大丈夫かな」
「まど香さんは気にしないでいいよ」
「でも……」
これから言おうとしていることは、お節介だと分かっている。しかし私は続けた。
「さっきのあの子、理玖君の中学からの友達なんだっけ?」
「うん、三年間クラスが一緒だった」
「彼女、理玖君のことが好きなのね」
ひと呼吸分の空白を置いた後、理玖は小さくため息をついた。
「そうみたいだね……」
理玖は否定しない。
「知っていた上で、あぁいう態度を取ったの?」
つい非難めいた口調で言ってしまい、はっとする。
「ごめんなさい。あの子、すごく傷ついた顔をしていたから……。でもそうよね。私が口出しすべきことじゃなかった」
理玖は自嘲気味にぼそりとつぶやく。
「……俺のこと、イヤな奴だって思ったよね」
「そうは思わなかったけど、どうして彼女にあんなに冷たい態度を取るのかなって、すごく疑問には思ったわ」
「女子全員に対してあぁな訳じゃないよ。特に高見にだけ」
「あの子に対してだけ?どうして?」
私の問いに理玖は逡巡するように宙を眺めた。
その様子に、余計な詮索をしてしまったかと反省する。
「ごめんなさい。もうこの話は終わりで……」
しかし理玖は自分の足下に目を向けたまま、のろのろと話し出した。
「こんなこと言うと何様だって思われそうだけど、中学に入ってから、女子に告白されることが多くなったんだ。最初のうちは、真面目に話を聞いてから断ってたんだけど、だんだんとそういうのが煩わしくなっちゃってさ。すんなり諦めてくれる子ばかりじゃなかったしね。だから、いちいち相手にしなくても済むような方法はないかって考えたんだ。それで思いついた。女子に対して冷たい態度を取れば女嫌いとでも思ってくれるんじゃないか。俺に近づこうって思う子はいなくなるんじゃないか、って。それは成功して、実際にそうなった。……もちろん、すごく感じの悪いことをしてる自覚は、ちゃんとある」
理玖はちらりと私の顔色を窺う。
「……引いたでしょ」
「引いたというか……」
特に女子の目を引くような容姿が、本人にとって必ずしも嬉しいことばかりではないことは理解できた。同情しないわけではないが、私はりらの傷ついた顔を見てしまっている。
「それにしたって、あれは冷たすぎでしょ」
「それは反省してる。だけど後悔はしていないよ。高見にはきっぱり諦めてほしいから」
「諦める?」
理玖は頷き、組んだ両手に目を落とす。
「中学の時、告白されたんだ。はっきり断ったんだけど、なかなか納得してくれなくてさ。その後も事あるごとに、言い寄られてた。でも冷たく接し続けていれば、さすがに諦めてくれるだろうって思ってたんだ。ところが入学式の日、遠目に彼女を見かけて驚いたよ。高見の成績ならもっと上の高校に行けるはずなのに、どうしてこの学校に、って」
「それはやっぱり、理玖君を追いかけてきたってことなのかしらね」
「さぁ、どうなんだろうね。直接確かめたことはないから。学科が違うとまず会わないんだけど、何か事あるごとに、高見の視線を感じることはあった。いつも気づかないふりをしていたけどね」
理玖は肩をすくめて苦笑を浮かべる。
「だから、変な気を持ってほしくなくて、高見にはきつすぎる態度を取ってしまったっていうのは確かにある」
りらからは、理玖に会えたことを心から喜ぶ気持ちが溢れていた。さっきの偶然をチャンスにもう一度理玖に近づきたい、あるいは気持ちを伝えたいと思ったから、話をしたいと言ったのだろうと、彼女の気持ちを推し量る。
「可愛い子だったね。理玖君の冷たい態度にも負けずに告白して、断られても諦めようとしなかったってことは、それだけ本気で理玖君を好きだった、うぅん、好きなんだろうね」
年上らしく鷹揚に言いながらも、胸の奥につきんとした小さな痛みを感じる。
「仮に今も高見が俺を好きでいたとしても、俺が高見の気持ちを受け入れることは、絶対にないよ」
彼の言葉に安心している自分に気づき、動揺しながら問いかける。
「どうしてそう言い切れるの?」
「どうしても」
理玖は短く言ったきり、私から目を逸らした。どうやらその理由を話すつもりはないらしい。気にならないと言えば嘘になるが、別段私も詮索するつもりはない。なんとなく気まずいような空気が流れ、そこから逃げるように私はバッグの中に手を突っ込んだ。スマホを取り出し、今の時刻を確かめる。そろそろ駅に向かった方が良さそうな時間だった。
「もう行かなきゃ。理玖君はもう帰って大丈夫よ」
「駅まで一緒に行くって言ったでしょ」
「本当にもういいから」
私は急いでベンチから立ち上がり、公園の出口に向かって足を踏み出した。その途端、小石に足を取られてバランスを崩しかける。体を支えようとしてベンチに手を着こうとしたところを、理玖の手に救われた。
転ばずに済んでよかったとほっとした。縋りつくように無意識に掴んでいた理玖の腕から手を離す。礼を言おうとして顔を上げ、理玖と目が合った。私を見つめる切れ長の目に心が吸い寄せられてしまいそうになる。
「まど香さんって、なんだか目が離せないね」
甘い響きを含んだ声だと思った。不可抗力とはいえ、理玖とのこの接触でただでさえうるさかった鼓動が、さらに輪をかけて激しさを帯びる。おかげで礼を言いそびれてしまった。
しかし理玖は気にした様子はなくにこりと笑い、するりと私の手を取った。
「行こう」
「え……」
私は困惑した。
しかし理玖はさも当然のように言う。
「また転びそうになったら困るからね」
「私、そんなにドジじゃないわ」
「そうかな?すでに二回、危なかったような気がするんだけど」
「それは……」
理玖に助けられた時の状況が思い出されて、顔が熱くなる。
結局、彼の手を振り解くのは諦めて大人しく駅に向かう。繋いだ手にどきどきしているのは私だけのようで、理玖は全く平然としている。それを見たら急に悶々とし出した。
「着いちゃったね」
駅に着き、理玖はするりと私の手を離した。
それまでそこにあった熱が消えてふと寂しい気分になる。動揺を隠す微笑みを浮かべて、私は彼に礼を言った。
「送ってくれてありがとう。無駄な時間を使わせてしまってごめんね」
「全然無駄じゃないよ。俺がそうしたかったの」
理玖は柔らかく笑った。
「気をつけて帰ってね。また来週」
「ありがとう。夏休みの宿題はあと一息みたいだから、頑張ってね」
あえて家庭教師らしい言葉を理玖に投げかけた。そうでもしないと、彼のことで頭の中がいっぱいになりそうだったのだ。この次に理玖に会った時、自分は今まで通りに振舞えるのだろうかと、そんな心配を胸に抱えながら私は改札に向かった。
ため息がこぼれる。どっと疲れた気分で肩を揺らす。その時感じた肩の重みで、そこにはまだ理玖の手があったことを思い出した。
「理玖君、離して」
「ごめん」
理玖は気まずそうに謝り、そそくさと手を離した。その表情もその声も私が知る柔らかさだ。りらを前にしていた先程とは別人のようだ。
「ねぇ、理玖君って、女の子に対していつもあんな感じなの?前に、それっぽい話を聞いたような気もするけど。えぇと、なんだったかな。自分は愛想がないから女子は近づいてこない、だったかしら」
「うん、まぁ、そうだね」
理玖は鼻の頭を指先でかく仕草をした。
私は首を傾げた。
「実は女の子が苦手なの?それであんなに冷淡な態度を?でも、私には全然普通よね。……もしかして美和の友達だから、気を使ってくれてる、とか?」
理玖は焦った顔で首を横に振る。
「違うよ。もしそうなら、一緒に遊びに行こうなんてこと、言ったりしないって」
「それもそうか……」
私はさらに首を捻る。
「苦手じゃないなら……。女子と距離を置くために、とか?わざと冷たい態度を取って、相手に諦めてもらうように仕向けてたり、とか?」
「まぁ、そんなとこかな」
「え、本当に?でも、どうして?」
驚いて目を見開く私に、理玖は曖昧に笑ってみせる。瞳を揺らしているのは、その理由を話そうかどうしようか、迷っているからだろうか。言おうと決めたのか、おもむろに口を開く。
「あのね……」
しかしそれを遮って携帯の通知音が聞こえた。彼のスマホからだ。
彼は顔をしかめてカーゴパンツのポケットに手を突っ込み、スマホを取り出した。画面を見て苦笑する。
「母さんだ。砂糖も買ってこいだって」
言ってから理玖はスマホの時計を私に見せる。
「電車の時間は大丈夫?」
「それなんだけど……」
私は肩をすくめた。
「実はもう間に合わないの。だから次の電車で帰るわ」
「えっ、乗り遅れちゃったってこと?うわ、ごめん。さっきごたついたからだよね……」
「理玖君のせいじゃないから、気にしないで。ところでコンビニに行くんでしょ?駅はもうそこだし、ここでさよならしましょ」
そう言ったのは彼の時間を気にかけてのことだったが、彼は頷かない。
「もう少し一緒にいていい?」
彼のひと言にどきりとした。そこに特別な意味はないのだと思おうとしたが、うまくいかない。私のことを訊ねるりらに対して、理玖が言ったあの時の言葉がふと蘇り、ひどく落ち着かない気分になる。
「私は構わないけど……。お母様のお使いは大丈夫?」
「問題ないよ。あそこに座って時間を潰そう」
理玖はスマホをポケットに戻し、公園の入り口からすぐのベンチに足を向けた。
ぎくしゃくとした動きで彼を追い、ベンチに着く。私は理玖が先に座るのを待った。
「まど香さん、座って」
理玖に促されて、私はおずおずと腰を下ろす。
彼はそれを見てから隣に座った。
理玖の部屋で隣り合って座る時以上に彼との距離が近くて、胸がどきどきする。それを紛らわせたくて、さっきまで自分たちがいた通りの方に目をやった。
高校生らしき制服姿の女の子たち数人が、歩いている。話の内容までは分からないが、賑やかにお喋りをしている。
楽しそうな彼女たちを眺めているうちに、りらの去り際の様子が改めて気になり出した。自分自身が数か月前に失恋を経験していたせいもあったかもしれない。
「あの子、大丈夫かな」
「まど香さんは気にしないでいいよ」
「でも……」
これから言おうとしていることは、お節介だと分かっている。しかし私は続けた。
「さっきのあの子、理玖君の中学からの友達なんだっけ?」
「うん、三年間クラスが一緒だった」
「彼女、理玖君のことが好きなのね」
ひと呼吸分の空白を置いた後、理玖は小さくため息をついた。
「そうみたいだね……」
理玖は否定しない。
「知っていた上で、あぁいう態度を取ったの?」
つい非難めいた口調で言ってしまい、はっとする。
「ごめんなさい。あの子、すごく傷ついた顔をしていたから……。でもそうよね。私が口出しすべきことじゃなかった」
理玖は自嘲気味にぼそりとつぶやく。
「……俺のこと、イヤな奴だって思ったよね」
「そうは思わなかったけど、どうして彼女にあんなに冷たい態度を取るのかなって、すごく疑問には思ったわ」
「女子全員に対してあぁな訳じゃないよ。特に高見にだけ」
「あの子に対してだけ?どうして?」
私の問いに理玖は逡巡するように宙を眺めた。
その様子に、余計な詮索をしてしまったかと反省する。
「ごめんなさい。もうこの話は終わりで……」
しかし理玖は自分の足下に目を向けたまま、のろのろと話し出した。
「こんなこと言うと何様だって思われそうだけど、中学に入ってから、女子に告白されることが多くなったんだ。最初のうちは、真面目に話を聞いてから断ってたんだけど、だんだんとそういうのが煩わしくなっちゃってさ。すんなり諦めてくれる子ばかりじゃなかったしね。だから、いちいち相手にしなくても済むような方法はないかって考えたんだ。それで思いついた。女子に対して冷たい態度を取れば女嫌いとでも思ってくれるんじゃないか。俺に近づこうって思う子はいなくなるんじゃないか、って。それは成功して、実際にそうなった。……もちろん、すごく感じの悪いことをしてる自覚は、ちゃんとある」
理玖はちらりと私の顔色を窺う。
「……引いたでしょ」
「引いたというか……」
特に女子の目を引くような容姿が、本人にとって必ずしも嬉しいことばかりではないことは理解できた。同情しないわけではないが、私はりらの傷ついた顔を見てしまっている。
「それにしたって、あれは冷たすぎでしょ」
「それは反省してる。だけど後悔はしていないよ。高見にはきっぱり諦めてほしいから」
「諦める?」
理玖は頷き、組んだ両手に目を落とす。
「中学の時、告白されたんだ。はっきり断ったんだけど、なかなか納得してくれなくてさ。その後も事あるごとに、言い寄られてた。でも冷たく接し続けていれば、さすがに諦めてくれるだろうって思ってたんだ。ところが入学式の日、遠目に彼女を見かけて驚いたよ。高見の成績ならもっと上の高校に行けるはずなのに、どうしてこの学校に、って」
「それはやっぱり、理玖君を追いかけてきたってことなのかしらね」
「さぁ、どうなんだろうね。直接確かめたことはないから。学科が違うとまず会わないんだけど、何か事あるごとに、高見の視線を感じることはあった。いつも気づかないふりをしていたけどね」
理玖は肩をすくめて苦笑を浮かべる。
「だから、変な気を持ってほしくなくて、高見にはきつすぎる態度を取ってしまったっていうのは確かにある」
りらからは、理玖に会えたことを心から喜ぶ気持ちが溢れていた。さっきの偶然をチャンスにもう一度理玖に近づきたい、あるいは気持ちを伝えたいと思ったから、話をしたいと言ったのだろうと、彼女の気持ちを推し量る。
「可愛い子だったね。理玖君の冷たい態度にも負けずに告白して、断られても諦めようとしなかったってことは、それだけ本気で理玖君を好きだった、うぅん、好きなんだろうね」
年上らしく鷹揚に言いながらも、胸の奥につきんとした小さな痛みを感じる。
「仮に今も高見が俺を好きでいたとしても、俺が高見の気持ちを受け入れることは、絶対にないよ」
彼の言葉に安心している自分に気づき、動揺しながら問いかける。
「どうしてそう言い切れるの?」
「どうしても」
理玖は短く言ったきり、私から目を逸らした。どうやらその理由を話すつもりはないらしい。気にならないと言えば嘘になるが、別段私も詮索するつもりはない。なんとなく気まずいような空気が流れ、そこから逃げるように私はバッグの中に手を突っ込んだ。スマホを取り出し、今の時刻を確かめる。そろそろ駅に向かった方が良さそうな時間だった。
「もう行かなきゃ。理玖君はもう帰って大丈夫よ」
「駅まで一緒に行くって言ったでしょ」
「本当にもういいから」
私は急いでベンチから立ち上がり、公園の出口に向かって足を踏み出した。その途端、小石に足を取られてバランスを崩しかける。体を支えようとしてベンチに手を着こうとしたところを、理玖の手に救われた。
転ばずに済んでよかったとほっとした。縋りつくように無意識に掴んでいた理玖の腕から手を離す。礼を言おうとして顔を上げ、理玖と目が合った。私を見つめる切れ長の目に心が吸い寄せられてしまいそうになる。
「まど香さんって、なんだか目が離せないね」
甘い響きを含んだ声だと思った。不可抗力とはいえ、理玖とのこの接触でただでさえうるさかった鼓動が、さらに輪をかけて激しさを帯びる。おかげで礼を言いそびれてしまった。
しかし理玖は気にした様子はなくにこりと笑い、するりと私の手を取った。
「行こう」
「え……」
私は困惑した。
しかし理玖はさも当然のように言う。
「また転びそうになったら困るからね」
「私、そんなにドジじゃないわ」
「そうかな?すでに二回、危なかったような気がするんだけど」
「それは……」
理玖に助けられた時の状況が思い出されて、顔が熱くなる。
結局、彼の手を振り解くのは諦めて大人しく駅に向かう。繋いだ手にどきどきしているのは私だけのようで、理玖は全く平然としている。それを見たら急に悶々とし出した。
「着いちゃったね」
駅に着き、理玖はするりと私の手を離した。
それまでそこにあった熱が消えてふと寂しい気分になる。動揺を隠す微笑みを浮かべて、私は彼に礼を言った。
「送ってくれてありがとう。無駄な時間を使わせてしまってごめんね」
「全然無駄じゃないよ。俺がそうしたかったの」
理玖は柔らかく笑った。
「気をつけて帰ってね。また来週」
「ありがとう。夏休みの宿題はあと一息みたいだから、頑張ってね」
あえて家庭教師らしい言葉を理玖に投げかけた。そうでもしないと、彼のことで頭の中がいっぱいになりそうだったのだ。この次に理玖に会った時、自分は今まで通りに振舞えるのだろうかと、そんな心配を胸に抱えながら私は改札に向かった。
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