優しい君に恋をする~この関係、気にしないではいられない、だけど、それでも

芙月みひろ

文字の大きさ
14 / 25

14.その態度の理由

しおりを挟む
「行っちゃった……」

 ため息がこぼれる。どっと疲れた気分で肩を揺らす。その時感じた肩の重みで、そこにはまだ理玖の手があったことを思い出した。

「理玖君、離して」
「ごめん」

 理玖は気まずそうに謝り、そそくさと手を離した。その表情もその声も私が知る柔らかさだ。りらを前にしていた先程とは別人のようだ。

「ねぇ、理玖君って、女の子に対していつもあんな感じなの?前に、それっぽい話を聞いたような気もするけど。えぇと、なんだったかな。自分は愛想がないから女子は近づいてこない、だったかしら」
「うん、まぁ、そうだね」

 理玖は鼻の頭を指先でかく仕草をした。
 私は首を傾げた。

「実は女の子が苦手なの?それであんなに冷淡な態度を?でも、私には全然普通よね。……もしかして美和の友達だから、気を使ってくれてる、とか?」

 理玖は焦った顔で首を横に振る。

「違うよ。もしそうなら、一緒に遊びに行こうなんてこと、言ったりしないって」
「それもそうか……」

 私はさらに首を捻る。

「苦手じゃないなら……。女子と距離を置くために、とか?わざと冷たい態度を取って、相手に諦めてもらうように仕向けてたり、とか?」
「まぁ、そんなとこかな」
「え、本当に?でも、どうして?」

 驚いて目を見開く私に、理玖は曖昧に笑ってみせる。瞳を揺らしているのは、その理由を話そうかどうしようか、迷っているからだろうか。言おうと決めたのか、おもむろに口を開く。

「あのね……」

 しかしそれを遮って携帯の通知音が聞こえた。彼のスマホからだ。
 彼は顔をしかめてカーゴパンツのポケットに手を突っ込み、スマホを取り出した。画面を見て苦笑する。

「母さんだ。砂糖も買ってこいだって」

 言ってから理玖はスマホの時計を私に見せる。

「電車の時間は大丈夫?」
「それなんだけど……」

 私は肩をすくめた。

「実はもう間に合わないの。だから次の電車で帰るわ」
「えっ、乗り遅れちゃったってこと?うわ、ごめん。さっきごたついたからだよね……」
「理玖君のせいじゃないから、気にしないで。ところでコンビニに行くんでしょ?駅はもうそこだし、ここでさよならしましょ」

 そう言ったのは彼の時間を気にかけてのことだったが、彼は頷かない。

「もう少し一緒にいていい?」

 彼のひと言にどきりとした。そこに特別な意味はないのだと思おうとしたが、うまくいかない。私のことを訊ねるりらに対して、理玖が言ったあの時の言葉がふと蘇り、ひどく落ち着かない気分になる。

「私は構わないけど……。お母様のお使いは大丈夫?」
「問題ないよ。あそこに座って時間を潰そう」

 理玖はスマホをポケットに戻し、公園の入り口からすぐのベンチに足を向けた。
 ぎくしゃくとした動きで彼を追い、ベンチに着く。私は理玖が先に座るのを待った。

「まど香さん、座って」

 理玖に促されて、私はおずおずと腰を下ろす。
 彼はそれを見てから隣に座った。
 理玖の部屋で隣り合って座る時以上に彼との距離が近くて、胸がどきどきする。それを紛らわせたくて、さっきまで自分たちがいた通りの方に目をやった。
 高校生らしき制服姿の女の子たち数人が、歩いている。話の内容までは分からないが、賑やかにお喋りをしている。
 楽しそうな彼女たちを眺めているうちに、りらの去り際の様子が改めて気になり出した。自分自身が数か月前に失恋を経験していたせいもあったかもしれない。

「あの子、大丈夫かな」
「まど香さんは気にしないでいいよ」
「でも……」

 これから言おうとしていることは、お節介だと分かっている。しかし私は続けた。

「さっきのあの子、理玖君の中学からの友達なんだっけ?」
「うん、三年間クラスが一緒だった」
「彼女、理玖君のことが好きなのね」

 ひと呼吸分の空白を置いた後、理玖は小さくため息をついた。

「そうみたいだね……」

 理玖は否定しない。

「知っていた上で、あぁいう態度を取ったの?」

 つい非難めいた口調で言ってしまい、はっとする。

「ごめんなさい。あの子、すごく傷ついた顔をしていたから……。でもそうよね。私が口出しすべきことじゃなかった」

 理玖は自嘲気味にぼそりとつぶやく。

「……俺のこと、イヤな奴だって思ったよね」
「そうは思わなかったけど、どうして彼女にあんなに冷たい態度を取るのかなって、すごく疑問には思ったわ」
「女子全員に対してあぁな訳じゃないよ。特に高見にだけ」
「あの子に対してだけ?どうして?」
 
 私の問いに理玖は逡巡するように宙を眺めた。
 その様子に、余計な詮索をしてしまったかと反省する。

「ごめんなさい。もうこの話は終わりで……」

 しかし理玖は自分の足下に目を向けたまま、のろのろと話し出した。

「こんなこと言うと何様だって思われそうだけど、中学に入ってから、女子に告白されることが多くなったんだ。最初のうちは、真面目に話を聞いてから断ってたんだけど、だんだんとそういうのが煩わしくなっちゃってさ。すんなり諦めてくれる子ばかりじゃなかったしね。だから、いちいち相手にしなくても済むような方法はないかって考えたんだ。それで思いついた。女子に対して冷たい態度を取れば女嫌いとでも思ってくれるんじゃないか。俺に近づこうって思う子はいなくなるんじゃないか、って。それは成功して、実際にそうなった。……もちろん、すごく感じの悪いことをしてる自覚は、ちゃんとある」

 理玖はちらりと私の顔色を窺う。

「……引いたでしょ」
「引いたというか……」

 特に女子の目を引くような容姿が、本人にとって必ずしも嬉しいことばかりではないことは理解できた。同情しないわけではないが、私はりらの傷ついた顔を見てしまっている。

「それにしたって、あれは冷たすぎでしょ」
「それは反省してる。だけど後悔はしていないよ。高見にはきっぱり諦めてほしいから」
「諦める?」

 理玖は頷き、組んだ両手に目を落とす。

「中学の時、告白されたんだ。はっきり断ったんだけど、なかなか納得してくれなくてさ。その後も事あるごとに、言い寄られてた。でも冷たく接し続けていれば、さすがに諦めてくれるだろうって思ってたんだ。ところが入学式の日、遠目に彼女を見かけて驚いたよ。高見の成績ならもっと上の高校に行けるはずなのに、どうしてこの学校に、って」
「それはやっぱり、理玖君を追いかけてきたってことなのかしらね」
「さぁ、どうなんだろうね。直接確かめたことはないから。学科が違うとまず会わないんだけど、何か事あるごとに、高見の視線を感じることはあった。いつも気づかないふりをしていたけどね」

 理玖は肩をすくめて苦笑を浮かべる。

「だから、変な気を持ってほしくなくて、高見にはきつすぎる態度を取ってしまったっていうのは確かにある」

 りらからは、理玖に会えたことを心から喜ぶ気持ちが溢れていた。さっきの偶然をチャンスにもう一度理玖に近づきたい、あるいは気持ちを伝えたいと思ったから、話をしたいと言ったのだろうと、彼女の気持ちを推し量る。

「可愛い子だったね。理玖君の冷たい態度にも負けずに告白して、断られても諦めようとしなかったってことは、それだけ本気で理玖君を好きだった、うぅん、好きなんだろうね」

 年上らしく鷹揚に言いながらも、胸の奥につきんとした小さな痛みを感じる。

「仮に今も高見が俺を好きでいたとしても、俺が高見の気持ちを受け入れることは、絶対にないよ」

 彼の言葉に安心している自分に気づき、動揺しながら問いかける。

「どうしてそう言い切れるの?」
「どうしても」

 理玖は短く言ったきり、私から目を逸らした。どうやらその理由を話すつもりはないらしい。気にならないと言えば嘘になるが、別段私も詮索するつもりはない。なんとなく気まずいような空気が流れ、そこから逃げるように私はバッグの中に手を突っ込んだ。スマホを取り出し、今の時刻を確かめる。そろそろ駅に向かった方が良さそうな時間だった。

「もう行かなきゃ。理玖君はもう帰って大丈夫よ」
「駅まで一緒に行くって言ったでしょ」
「本当にもういいから」

 私は急いでベンチから立ち上がり、公園の出口に向かって足を踏み出した。その途端、小石に足を取られてバランスを崩しかける。体を支えようとしてベンチに手を着こうとしたところを、理玖の手に救われた。
 転ばずに済んでよかったとほっとした。縋りつくように無意識に掴んでいた理玖の腕から手を離す。礼を言おうとして顔を上げ、理玖と目が合った。私を見つめる切れ長の目に心が吸い寄せられてしまいそうになる。

「まど香さんって、なんだか目が離せないね」

 甘い響きを含んだ声だと思った。不可抗力とはいえ、理玖とのこの接触でただでさえうるさかった鼓動が、さらに輪をかけて激しさを帯びる。おかげで礼を言いそびれてしまった。
 しかし理玖は気にした様子はなくにこりと笑い、するりと私の手を取った。

「行こう」
「え……」

 私は困惑した。
 しかし理玖はさも当然のように言う。

「また転びそうになったら困るからね」
「私、そんなにドジじゃないわ」
「そうかな?すでに二回、危なかったような気がするんだけど」
「それは……」

 理玖に助けられた時の状況が思い出されて、顔が熱くなる。
 結局、彼の手を振り解くのは諦めて大人しく駅に向かう。繋いだ手にどきどきしているのは私だけのようで、理玖は全く平然としている。それを見たら急に悶々とし出した。

「着いちゃったね」

 駅に着き、理玖はするりと私の手を離した。
 それまでそこにあった熱が消えてふと寂しい気分になる。動揺を隠す微笑みを浮かべて、私は彼に礼を言った。

「送ってくれてありがとう。無駄な時間を使わせてしまってごめんね」
「全然無駄じゃないよ。俺がそうしたかったの」

 理玖は柔らかく笑った。

「気をつけて帰ってね。また来週」
「ありがとう。夏休みの宿題はあと一息みたいだから、頑張ってね」

 あえて家庭教師らしい言葉を理玖に投げかけた。そうでもしないと、彼のことで頭の中がいっぱいになりそうだったのだ。この次に理玖に会った時、自分は今まで通りに振舞えるのだろうかと、そんな心配を胸に抱えながら私は改札に向かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

憧れのあなたとの再会は私の運命を変えました~ハッピーウェディングは御曹司との偽装恋愛から始まる~

けいこ
恋愛
15歳のまだ子どもだった私を励まし続けてくれた家庭教師の「千隼先生」。 私は密かに先生に「憧れ」ていた。 でもこれは、恋心じゃなくただの「憧れ」。 そう思って生きてきたのに、10年の月日が過ぎ去って25歳になった私は、再び「千隼先生」に出会ってしまった。 久しぶりに会った先生は、男性なのにとんでもなく美しい顔立ちで、ありえない程の大人の魅力と色気をまとってた。 まるで人気モデルのような文句のつけようもないスタイルで、その姿は周りを魅了して止まない。 しかも、高級ホテルなどを世界展開する日本有数の大企業「晴月グループ」の御曹司だったなんて… ウエディングプランナーとして働く私と、一緒に仕事をしている仲間達との関係、そして、家族の絆… 様々な人間関係の中で進んでいく新しい展開は、毎日何が起こってるのかわからないくらい目まぐるしくて。 『僕達の再会は…本当の奇跡だ。里桜ちゃんとの出会いを僕は大切にしたいと思ってる』 「憧れ」のままの存在だったはずの先生との再会。 気づけば「千隼先生」に偽装恋愛の相手を頼まれて… ねえ、この出会いに何か意味はあるの? 本当に…「奇跡」なの? それとも… 晴月グループ LUNA BLUホテル東京ベイ 経営企画部長 晴月 千隼(はづき ちはや) 30歳 × LUNA BLUホテル東京ベイ ウエディングプランナー 優木 里桜(ゆうき りお) 25歳 うららかな春の到来と共に、今、2人の止まった時間がキラキラと鮮やかに動き出す。

求婚されても困ります!~One Night Mistake~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「責任は取る。僕と結婚しよう」 隣にイケメンが引っ越してきたと思ったら、新しく赴任してきた課長だった。 歓迎会で女性陣にお酒を飲まされ、彼は撃沈。 お隣さんの私が送っていくことになったんだけど。 鍵を出してくれないもんだから仕方なく家にあげたらば。 ……唇を奪われた。 さらにその先も彼は迫ろうとしたものの、あえなく寝落ち。 翌朝、大混乱の課長は誤解していると気づいたものの、昨晩、あれだけ迷惑かけられたのでちょーっとからかってやろうと思ったのが間違いだった。 あろうことか課長は、私に求婚してきたのだ! 香坂麻里恵(26) 内装業SUNH(株)福岡支社第一営業部営業 サバサバした性格で、若干の世話焼き。 女性らしく、が超苦手。 女子社員のグループよりもおじさん社員の方が話があう。 恋愛?しなくていいんじゃない?の、人。 グッズ収集癖ははない、オタク。 × 楠木侑(28) 内装業SUNH(株)福岡支社第一営業部課長 イケメン、エリート。 あからさまにアプローチをかける女性には塩対応。 仕事に厳しくてあまり笑わない。 実は酔うとキス魔? web小説を読み、アニメ化作品をチェックする、ライトオタク。 人の話をまったく聞かない課長に、いつになったら真実を告げられるのか!?

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜

ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。 そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、 理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。 しかも理樹には婚約者がいたのである。 全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。 二人は結婚出来るのであろうか。

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜

椿かもめ
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。 【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】 ☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆ ※ベリーズカフェでも掲載中 ※推敲、校正前のものです。ご注意下さい

契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~

猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」  突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。  冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。  仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。 「お前を、誰にも渡すつもりはない」  冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。  これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?  割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。  不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。  これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。

冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない

彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。 酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。 「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」 そんなことを、言い出した。

【完結】死の4番隊隊長の花嫁候補に選ばれました~鈍感女は溺愛になかなか気付かない~

白井ライス
恋愛
時は血で血を洗う戦乱の世の中。 国の戦闘部隊“黒炎の龍”に入隊が叶わなかった主人公アイリーン・シュバイツァー。 幼馴染みで喧嘩仲間でもあったショーン・マクレイリーがかの有名な特効部隊でもある4番隊隊長に就任したことを知る。 いよいよ、隣国との戦争が間近に迫ったある日、アイリーンはショーンから決闘を申し込まれる。 これは脳筋女と恋に不器用な魔術師が結ばれるお話。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

処理中です...