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第2章 淫紋屋「紅薔薇結社」
第7話 新しい雇用主
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鳴神啓二は、ソッドの住まいに招かれた。
彩雲・ソッド・紅市の住居は、堕落境域でも一二を争う高級マンション。その最上階だ。
リビングだけでも、啓二の住んでいた寮の数倍はある。
そこから望む夜景は、まさに地上に堕ちた銀河のようだ。
「そちらへどうぞ」
ソッドが啓二をソファに座らせる。
啓二は落ち着かない。視線を部屋中にめぐらせてしまう。
「……俺を警護役にしたい、っていうのは」
ソッドが飲み物を出すと同時に、啓二は話を切り出す。
妙にそわそわしてしまう。金持ちの家には慣れないからか。
「そのままの意味です、鳴神さん」
「どうして、俺を?」
ソッドは啓二の質問には答えず、電卓を取り出した。数字を打ち込む。啓二の前に差し出す。
「お給料は一ヶ月で……このぐらいでいかがですか?」
「この、額……!?」
啓二は目を丸くした。
ソッドが提示した金額は、警察官だった頃の五倍はある。
「もちろん、衣食住の手当は、別で用意します」
さらに金額を上乗せする、とソッドはこともなげに言った。
啓二はめまいを覚えた。富裕層と呼ばれる人種の持つオーラに当てられたようだった。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ」
「どうして鳴神さん、あなたを……という質問でしたね」
ソッドがほほ笑む。
「性愛神の淫紋を、研究するためです」
「研究……?」
「性愛神の淫紋は、いまだ我らが到達できない至高の存在。そこに秘められた奇跡、なんとしても解析したいのです」
淫紋の研究――おぞましくも聞こえるが、ソッドの言葉は澄んでいる。
啓二を研究対象にするため、警護役として雇いたい。ソッドはそう言っている。
「もちろん、あなたにもよい話のはずです。研究すれば、解呪の方法もきっとわかるでしょう」
「淫紋を消せるのか!?」
「努力します。そのためにご協力ください」
啓二にとっては福音だった。
得体の知れない淫紋で人生を狂わされる――だが研究対象となれば、淫紋を消す手立てがわかるかもしれない。給料も出る。衣食住も保証される。
「あなたにとって、最高の職場にしますよ」
ソッドがにっこりと笑う。紅色の美しい瞳だった。
啓二は頭を下げていた。
「……わかり、ました。ソッドさん、よろしくお願いします」
「では、契約成立といったところでしょうか」
ソッドは書類を入れたクリアフォルダを取り出す。書類には「雇用契約書」とある。
「こちらの書類にサインを。疑問があればいまのうちにどうぞ」
「手際がいいんですね……」
啓二は雇用契約書に目を通す。
ソッドが万年筆を差し出す。螺鈿細工が美しいペンだ。
「そういえば、勤務時間は?」
「二十四時間となります」
「……は?」
啓二が眉をひそめると、ソッドも首をかしげる。
「私の警護であって、かつ研究対象ですから……二十四時間、私と一緒にいるんですよ?」
「……聞いてねぇ!」
啓二が思わず沸き立つと、ソッドはすこし困ったような顔になる。
「どうしましょうか、やめますか?」
やめる――と言われて、啓二は心臓が大きく打つのを感じた。
性愛神の淫紋を消すためのチャンス。二度とはない。断っても、よいことはない。啓二は得体の知れない爆弾を抱えたまま、堕落境域から出ていくしかないのだ。
「……やります」
啓二は迷いを振り切るように、答えた。そのままの勢いで、雇用契約書にサインをする。
「これでいいですか?」
「はい、たしかに」
ソッドが満足げに笑う。
「では、細かいところですがお願いをします」
「はい?」
「私には敬語はなくても大丈夫です、啓二」
「え、いや……」
雇用主にタメ語で話せ、というのか。
啓二が面食らっていると、ソッドがクスリと笑う。
「なるべく対等な立場でいたいですからね。敬語ナシの方が、釣り合いが取れるでしょう」
「は、はぁ……わ、わかった」
啓二が答える。ソッドは嬉しそうにうなずく。
「よい返事です。では、お部屋に案内しましょう」
ソッドがウキウキしているように、啓二には見えた。
ソファから立ったソッドに促され、啓二は新たな自室へと導かれる。やはり啓二がいた寮の部屋の数倍はある部屋だ。ベッドとサイドテーブルだけがある。
「ここがあなたのお部屋です」
「広い……」
「明日は休日です。あなたの旧居にある私物は、明日中に持ってきてください。人手はお貸しします」
「わかった。……ありがとう」
こうして、啓二はソッドと暮らすことになった。
彩雲・ソッド・紅市の住居は、堕落境域でも一二を争う高級マンション。その最上階だ。
リビングだけでも、啓二の住んでいた寮の数倍はある。
そこから望む夜景は、まさに地上に堕ちた銀河のようだ。
「そちらへどうぞ」
ソッドが啓二をソファに座らせる。
啓二は落ち着かない。視線を部屋中にめぐらせてしまう。
「……俺を警護役にしたい、っていうのは」
ソッドが飲み物を出すと同時に、啓二は話を切り出す。
妙にそわそわしてしまう。金持ちの家には慣れないからか。
「そのままの意味です、鳴神さん」
「どうして、俺を?」
ソッドは啓二の質問には答えず、電卓を取り出した。数字を打ち込む。啓二の前に差し出す。
「お給料は一ヶ月で……このぐらいでいかがですか?」
「この、額……!?」
啓二は目を丸くした。
ソッドが提示した金額は、警察官だった頃の五倍はある。
「もちろん、衣食住の手当は、別で用意します」
さらに金額を上乗せする、とソッドはこともなげに言った。
啓二はめまいを覚えた。富裕層と呼ばれる人種の持つオーラに当てられたようだった。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ」
「どうして鳴神さん、あなたを……という質問でしたね」
ソッドがほほ笑む。
「性愛神の淫紋を、研究するためです」
「研究……?」
「性愛神の淫紋は、いまだ我らが到達できない至高の存在。そこに秘められた奇跡、なんとしても解析したいのです」
淫紋の研究――おぞましくも聞こえるが、ソッドの言葉は澄んでいる。
啓二を研究対象にするため、警護役として雇いたい。ソッドはそう言っている。
「もちろん、あなたにもよい話のはずです。研究すれば、解呪の方法もきっとわかるでしょう」
「淫紋を消せるのか!?」
「努力します。そのためにご協力ください」
啓二にとっては福音だった。
得体の知れない淫紋で人生を狂わされる――だが研究対象となれば、淫紋を消す手立てがわかるかもしれない。給料も出る。衣食住も保証される。
「あなたにとって、最高の職場にしますよ」
ソッドがにっこりと笑う。紅色の美しい瞳だった。
啓二は頭を下げていた。
「……わかり、ました。ソッドさん、よろしくお願いします」
「では、契約成立といったところでしょうか」
ソッドは書類を入れたクリアフォルダを取り出す。書類には「雇用契約書」とある。
「こちらの書類にサインを。疑問があればいまのうちにどうぞ」
「手際がいいんですね……」
啓二は雇用契約書に目を通す。
ソッドが万年筆を差し出す。螺鈿細工が美しいペンだ。
「そういえば、勤務時間は?」
「二十四時間となります」
「……は?」
啓二が眉をひそめると、ソッドも首をかしげる。
「私の警護であって、かつ研究対象ですから……二十四時間、私と一緒にいるんですよ?」
「……聞いてねぇ!」
啓二が思わず沸き立つと、ソッドはすこし困ったような顔になる。
「どうしましょうか、やめますか?」
やめる――と言われて、啓二は心臓が大きく打つのを感じた。
性愛神の淫紋を消すためのチャンス。二度とはない。断っても、よいことはない。啓二は得体の知れない爆弾を抱えたまま、堕落境域から出ていくしかないのだ。
「……やります」
啓二は迷いを振り切るように、答えた。そのままの勢いで、雇用契約書にサインをする。
「これでいいですか?」
「はい、たしかに」
ソッドが満足げに笑う。
「では、細かいところですがお願いをします」
「はい?」
「私には敬語はなくても大丈夫です、啓二」
「え、いや……」
雇用主にタメ語で話せ、というのか。
啓二が面食らっていると、ソッドがクスリと笑う。
「なるべく対等な立場でいたいですからね。敬語ナシの方が、釣り合いが取れるでしょう」
「は、はぁ……わ、わかった」
啓二が答える。ソッドは嬉しそうにうなずく。
「よい返事です。では、お部屋に案内しましょう」
ソッドがウキウキしているように、啓二には見えた。
ソファから立ったソッドに促され、啓二は新たな自室へと導かれる。やはり啓二がいた寮の部屋の数倍はある部屋だ。ベッドとサイドテーブルだけがある。
「ここがあなたのお部屋です」
「広い……」
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こうして、啓二はソッドと暮らすことになった。
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