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 王都にて身元不明でも出来る仕事と言えば、老若男女問わず随時募集中の冒険者だ。
都会の場合は冒険と言える冒険も少ないので、冒険者ギルドに登録して、道の清掃・草毟り・溝浚いを請け負い、信用を勝ち取れれば、馬房掃除から日雇い労働の仕事、兵士の臨時募集に応募できるように成ったり、店の販売員やウエイター・ウエイトレス、時に執事やメイドの仕事までもを斡旋して貰えると言う仕組みに成っている。

 と言う訳で、規約違反ではあるが僕は出身地を偽り、勿論の事、偽名も使い、年齢と職業までもを誤魔化し、田舎から都会へ出て来たばかりの[狩人]と言う設定で冒険者ギルドに登録をした。これで仮の身分証明書がゲット出来る。
暫くは、狩人らしく王都内の害鳥の駆除や王都周辺での毒草の除草、時に鼠捕りや害虫駆除をして実績を積み、信頼を得ながら本登録を待つしかない。

 そんな、とある日の出来事。

 薄汚れていても大繁盛。混雑した冒険者ギルド併設の酒場にて、軽食を酒の肴にして飲んでいると、ライトアーマーに身を包んだ長髪の優男にしか見えない人物に[狩人]としての登録名称では無く「やぁ、久し振り!元気してた?盗賊シーフくん♪」と声を掛けられた。
だが僕には、この相手の顔に見覚えは無い。明らかに義賊仲間や義賊時代の仕事相手では無いだろう。

 その為に一瞬、背筋の凍る思いをした。のだが、この声は何処かで耳にした事がある様な気がする?そして、その相手は見覚えのあるを剣と一緒に腰に下げていた。

「って、魔法使いさん?!」
そうだ、間違いない!この声は勇者パーティーの魔法使いの声だ!!
因みに[魔法使い]とは、勇者のパーティーメンバーとして寝食を共にし一緒に過ごしている間でさえ、口元を隠した上にフードを目深に被り、素顔を晒さなかった得体の知れない人物である。

「アンタ、そんな顔してたんだな……」
ホント、これは僕の正直な意見、本心からの言葉だ。
「あぁ~…そっか、君にも見せた事無かったねwある意味で、初めまして?」
君にもって…、後は誰に見せて無い…、いや寧ろ、誰になら見せたのだろうか?勇者も勇者の護衛としてパーティーに参加していた大盾さんも[魔法使いの素顔]は、見た事が無いって言ってたぞ?って事は置いておいて…、勇者パーティー所属時代でもそうだったが…、この魔法使い、何時も何時でも何を考えているか良く解らない……。口を開くと口調は軽いが、行動からして油断ならない相手なので、僕は出会った頃から、この魔法使いと会話する度に少し緊張気味に成ってしまっていた。

「…御久し振りです…魔法使いさん…、それにしても…変装してる僕に良く気付けましたね…、変装に自信を無くしてしまいそうですよ……」
今迄ずっと元の仕事仲間にだって、変装している時に自分だと気付かれた事無いのが僕の自慢だったので、何故バレたのかが少し気に成る所である。

「ははっ大丈夫だよ、普通に見た感じでは、君だとは分からないし」
「じゃ、何で分かったのさ?」

 魔法使いはニヤリと笑い「君の言葉を軽視して馬鹿を見るオバカな勇者が、序盤の旅から悉く仲間を巻き添えにして分断の罠に掛かっていたのを覚えているかい?」と言い、一呼吸置いて「で、私が仕方なしに皆に施していた魔法を覚えてるかな?」と言う。
そう言えば、ダンジョンで分断の罠に掛かった勇者や、勇者に巻き込まれて分断された仲間を毎回捜すのが面倒だって魔法使いが言い出し、そんな魔法を掛ける事を強制的に了承させられた事があった気がする。
確か「逸れ防止の為に掛けたマーキングの魔法?」だと、魔法使いは言っていた。

「そう、実はアレねぇ~…、旅の途中で勇者に思いを寄せる僧侶ちゃんの夢を壊さない為にダンジョンの外でも掛けっぱなしにしてたんだぁ~……」
「って、マジでか!」
ここで余談と成るが、[僧侶]とは同じ勇者パーティーに参加していた女性の事である。彼女は旅の途中、冒険者ギルドの宿屋に他の皆が荷物を置いたのを確認すると、神殿がある町や村では必ず一晩、泊まり掛けで勇者を送り出した国や、国同士が魔王討伐の為に結束して作り上げた勇者協会と連絡を取る為に行動を別にしていた。
なので残された勇者と僕達は勇者先導の元、綺麗なお姉さんと酒を飲んで、お姉さんと泊まれもする僧侶さんを連れて行けない宿屋に遊びに行き、僧侶がギルドの宿屋に戻る前にギルドの宿屋に戻る。と言う事をしていた。

 ここで更に余談。若しかしたら、今更乍らな御話。
勇者に寄って一度パーティーを追い出された事があるのだが、その後、結構早い段階で、勇者が後悔するに至って、速攻で連れ戻されられた。と、言う過程の中に、魔法使いに寄るマーキングの魔法の存在があったのかもしれない。って、思ったりした。

「と、言っても…、今回は、最終的には変装してるか否かで見分けたんだけどねぇ~……」
「は?どゆ事?」
「魔法は万能じゃないからね、全員に色違いのマカー付いてるなら兎も角、大澗かな位置を頼りに、こんなオープンスペースの混雑してる酒場で一人の人物を特定出来る訳が無いだろ?」
「だから、如何言う事ですか?」
「変装は盗賊シーフだけの専売特許では無いって事だよ盗賊シーフくん♪私も変装が得意だから気付けたのさ」

 変装て…、魔法使いは顔隠してただけじゃねぇ~か!って…あれ?「…所で(ちょっと気に成ったんだけど)…、魔法使いさん…旅の間…何故に素顔を隠してたんですか?」
この際だから、魔法使いに素顔を隠していた理由を聞いてみる事にしてみた。

「そんなの決まってるだろ?」
「何が?」
「面が割れてなきゃ好きに動けるだろ?それに戦況が悪ければ、勇者側から魔王軍側に寝返る事だって難しくない!」
「おい、マジか?!アンタ、そんな事の為に素顔を隠してたのかよ!」
「そうだけど?リスク管理は当たり前の事だろ?」
「それ、僕の知るリスク管理と違う気がする」
この件に関して、魔法使いは僕に対して軽薄な感じの笑みを向けるだけだった。誰だよ!!魔法使いコイツを放し飼いにしてる奴は!

 魔王討伐に置いて魔法使いは、密かに勇者より強い火力で敵に向かって全体攻撃を仕掛けていた人物である。遵って、敵側に居たらヤバイ人材だ。
なので、僕は本気で思う。魔法使いを引き取った宮廷魔導士団に置きましては、是非とも今後、この魔法使いを野放しにしないで欲しい。万が一、魔法使いが気紛れを起こし魔王軍の残党の味方に付いたら…、魔王を討伐するよりもずっと、もっと、絶対に、大変な事と成るだろうから……。
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