機械仕掛けのヴィーゲンリート

mitokami

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 それは最初、眉唾物まゆつばものウワサ程度ていどの話だった。

 ある時「彼女等はつらい思いをしているであろう時に、見ていると痛々いたいたしいほど…、本物の人間より人間らしい表情を浮かべ…、それでも忠実ちゅうじつに、あたえられた役割をこなすのだ……」と、心を持たぬはず絡繰からくり人形とせっした事のある看護師かんごしが、まるで機械の人形に感情が存在するかのごとく語っていた。と、話していました。

「それほどまでに人間を愛してくれる機体なのならまかせてみよう」

こうして、何処どこかのだれかの子供のためにオーダーが通り、ヴィーゲンリートのプログラム[ゆりかごヴィーゲ]の利用者、[いとし子]の部分に新しい名前が書き込まれました。


……ewigエーヴィヒ wiederkehrenヴィーダーケァレン……


 背の高い木々の多い公園。[子守歌コモリウタ]と言う意味の名を与えられた機体の一つ[ヴィーゲンリート]が、木漏こもれ日の差すだれも居ないベンチに姿勢しせい良く、少しばかりし目がちにして一人で座り、小さくささやく様に子守歌を歌っていました。

 通りすがりの誰かが彼女に近付き「少し変わった和訳ですね…、貴女アナタが訳したんですか?」とたずねると、ヴィーゲンリートは一度、ゆっくりまばたきをして「いいえ、違います。これは基本の保存データです。でも、そんなに変わっていますか?」と少し首をかしげて微笑み、一呼吸後に「あら、本当ですね…、ウェブ上で、同じ和訳歌詞がありません。教えて下さってありがとうございます」と声を掛けてきた人物に再度、微笑み掛けました。

 ヴィーゲンリートに声を掛けた人物は、自分を見上げた人間の様に見えるヴィーゲンリートの瞳の中心が、人間の物とは異なり、カメラレンズに成っている事に気付きます。そして一瞬いっしゅんだけ苦笑にがわらいを浮かべ、ガッカリした様子ようすで、それ以上何も言わず、そそくさと立ち去って行きました。

(急に「だました」とか言い出して、キレて暴力ぼうりょくを振るったり…、つばを吐き付けてきたりしないとか…、何て良い人間なのでしょうか……。)

 ヴィーゲンリートはゆるく微笑みながら見送って、また、同じ曲を同じ和訳の歌詞で、ささやく様に小さく歌い出します。

 そこへ「ヴィ~!ただいまw」と言って、小さな少年がけ寄って来ました。少年は、地域の防犯カメラの役割をになう機械人形の立ち入りを嫌った入院中の祖母の元から帰って来たのです。
ヴィーゲンリートは一歩前へ出てしゃがみ、少年を抱き留め、30㎏以上あるであろう細身の少年を抱いたまま立ち上がりました。
後から少年の父親が歩いて来ています。少年の父親はヴィーゲンリートが自分の息子を抱き上げたのを確認かくにんすると「大和ヤマト、良い子にしていなさい」とだけ言って、そのまま父親は仕事に出掛けて行ってしまいました。

 さみし気な表情で父親を見送る少年[大和ヤマト]を見て、ヴィーゲンリートが「大丈夫ですか?私に出来る事はありますか?」と言うと、大和は打って変わった満面まんめんの笑みで「ヴィーが、いっしょにいてくれるから、だいじょうぶだよ」と言います。

 不意ふいに過去の経験を管理するプログラムを表示した画像にノイズが走りました。突然、視界の片隅に風景の写真がポップアップされ、ヴィーゲンリートは、その写真の中に人影を垣間かいま見ます。

 今、ヴィーゲンリートの視界に見えている少年、大和の肩越かたごしに見える景色けしきが…、大和の言葉が…、不要ふよう判断はんだんされ消されたはずの無数のデータとかさなり合い、一瞬だけ、廃棄されたデータが戻り掛け…、次の瞬間エラーと判断されて消されたのです……。沢山たくさんの景色、子供から大人、老人にいたるまで色々、大切であった筈の記憶がまたたく間に通り過ぎ、ヴィーゲンリートにうれぶくみの微笑みを浮かべさせました……。

 その瞬く間な小さな変化に、大和は不安気な表情を見せます。
「ヴィーは?だいじょうぶくないの?」
「大丈夫です。私が大丈夫かを大和に質問していただいて、大和に気遣きづかって頂けて、私はうれしく思います (でも、こんな貴方アナタの成長に気付くたび…、私は何時か必ず来る貴方との御別れの時を思い、怖くて辛く悲しく成るのです…、何故、そう思ってしまうのかは、分らないけれど……)」
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