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01 吉原と、とある出来事
003 過去と今、そして私は…
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大昔、吉原は都の真ん中の方…、江戸城近くにあって…、今みたいに、田舎の方の…周囲に田園風景は広がっている場所にはなかったらしい……。その為に昔の吉原は、今の吉原より、気軽に客が来られる場所だったとの事。その反面、面番所の効果が薄く…、お尋ね者が簡単に吉原に入り込め…、強姦の被害が絶えなかったそうだ……。でも、遊女の足抜けを取り締まる四郎兵衛会所の締め付けが緩くて、それなりの自由があったらしいとも、杖を突いて歩く年齢不詳の酷い火傷の跡を持った元遊女[ユメ]が語る。ユメ姐さんは、髪結いや着付け、禿や振袖新造に[芸事]を教える仕事をしている。禿や振袖新造に詳しい人。
私が知らない…私が白髪になる前、私の紅い傷跡が出来る前の私の事を知る人…、気が向かないと絶対に、その当時の事を語らない人……。今日は、私が訊いた私が一番知りたい事をはぐらかし、突拍子も無く、私達が生まれる前の昔の吉原の事を語り出したのだ。
・・・最近、突き出し直前の[振袖新造]が、幼い[引き込み禿]を勝手に折檻し、納屋に閉じ込めて駄目にしてしまい。[鉄砲女郎]に降格されたらしい。・・・
耳にした噂が気になって…、私が顔も覚えていない自分の姉の、その後の事を聞きたくて話を振ったのだけど…、ユメ姐さんは、実質は知らない古き良き時代を語り、茶を濁したいのだろう……。話が違う方向へ進み、元には戻らない。
父曰く、私の姉は[9歳で嫁に行った]との事。江戸時代に入ってから庶民も含め、女性の成人も元服と成り、その年齢は18~20歳の時期、結婚と同時に行うのが通例になったらしい。だから確か[成人を迎える前]に[嫁に行く]とは、[遊女]に成った事を指す隠語だ。
正直[売り物を駄目にした主犯格が、代わりに売り物に成ったのではなかろうか?]って言う想像は容易に付くし、今回、ユメ姐さんから情報を引き出すのは諦める他無い様子だ。
私が産まれる前、明暦3年(1657年)の明暦の大火の後に再建され、お歯黒ドブに囲まれた今の吉原しか知らない私は、お歯黒ドブの畔、日の光を避ける為に三度笠を被り、柳の木の下でしゃがみ込み、古い帳簿の裏紙に薄墨で季節の草花の絵を描き写しながら「で?結局、今と昔、どっちのが良かったのさ?」と質問する。するとユメ姐さんは「あちきは、生まれ馴染んだ今の吉原を好うてござんすw」と答えた。そんな彼女は私と同じく、吉原の路地裏の裏長屋に住む吉原の住人。芸事を教えて日銭を稼ぐ御近所さん。
それに対する私は、吉原を維持する一端。遊郭の赤い弁柄格子や、朱い灯籠に朱塗りする職人の末娘。遊女達が使う紅い調度品を丹塗りして売ったり、朱塗りし直して遊女に届ける職人だ。年齢差もあるが、見ている世界も違う。
私はまだ、1度も吉原から出た事が無いし、お歯黒ドブの外の世界の事を何一つ知らないから「そっか、それは良かったねw」としか言う事ができなかった。ユメ姐さんは、その返しで満足してくれたのか?「おおきに」と言った。
丁度、その時…「ユメ姐さぁ~ん!そろそろ、仕事の時間でありんすよぉ~w」と…、最近、御歯黒を卒業した…通称[年季明けの素人女]に属する…番頭新造、華の時期を終えた元中級遊女[サエ]がユメ姐さんを迎えに来た……。そろそろ、昼見世の終了時間らしい。
ユメ姐さんは微笑みながら「かなんなぁ~」と呟き、私に「おやかまっさんどした。おきばりやす…」と言う言葉を残して、夜見世までに、消える入れ墨や化粧を施す為の手伝いの為、迎えに来たサエさんの元へとゆっくり歩いて行く。相変わらず何時何処でも、のんびりとした雰囲気の人だ。(それにしても、[おやかまっさんどした。]って、どう言う意味なんだろう?)私は2人を見送り、溜息を吐く。
今日は大門の外の稲荷神社の朱塗りの仕事で、父と兄は吉原の外…、吉原の四隅にある稲荷神社の方なら手伝いに行くのだが…、吉原生まれの私が大門から外に出るのは手続きが面倒で、金が掛かるし…、父や兄が駄目と言うから、今日は、まだ暫く一人きり……。(この後、どうしよう?)調度品に描く予定の河岸の斜面に植えられた鬼灯の芽や若葉の資料は、今さっきまでに書き上げてしまっていた。(小遣い稼ぎに他の内職でもするか?)私は柳の枝を見て立ち上がり、房楊枝の材料にと、良さ気な柳の枝を収穫してから、家に帰る事にする。
私が気にも止めぬ場所、お歯黒ドブの周辺に立ち並び、営業中は客が列を成す[切見世]。刻は、その昼見世の営業終了間近の時間。昼の最後の客を送り出す[とある鉄砲女郎]に睨まれ、悪態を吐かれ…、私は「アレを酷い目に遭わせてくれたら…」何て事を言われている事も知らないで、家の方へと歩き出した……。
私が知らない…私が白髪になる前、私の紅い傷跡が出来る前の私の事を知る人…、気が向かないと絶対に、その当時の事を語らない人……。今日は、私が訊いた私が一番知りたい事をはぐらかし、突拍子も無く、私達が生まれる前の昔の吉原の事を語り出したのだ。
・・・最近、突き出し直前の[振袖新造]が、幼い[引き込み禿]を勝手に折檻し、納屋に閉じ込めて駄目にしてしまい。[鉄砲女郎]に降格されたらしい。・・・
耳にした噂が気になって…、私が顔も覚えていない自分の姉の、その後の事を聞きたくて話を振ったのだけど…、ユメ姐さんは、実質は知らない古き良き時代を語り、茶を濁したいのだろう……。話が違う方向へ進み、元には戻らない。
父曰く、私の姉は[9歳で嫁に行った]との事。江戸時代に入ってから庶民も含め、女性の成人も元服と成り、その年齢は18~20歳の時期、結婚と同時に行うのが通例になったらしい。だから確か[成人を迎える前]に[嫁に行く]とは、[遊女]に成った事を指す隠語だ。
正直[売り物を駄目にした主犯格が、代わりに売り物に成ったのではなかろうか?]って言う想像は容易に付くし、今回、ユメ姐さんから情報を引き出すのは諦める他無い様子だ。
私が産まれる前、明暦3年(1657年)の明暦の大火の後に再建され、お歯黒ドブに囲まれた今の吉原しか知らない私は、お歯黒ドブの畔、日の光を避ける為に三度笠を被り、柳の木の下でしゃがみ込み、古い帳簿の裏紙に薄墨で季節の草花の絵を描き写しながら「で?結局、今と昔、どっちのが良かったのさ?」と質問する。するとユメ姐さんは「あちきは、生まれ馴染んだ今の吉原を好うてござんすw」と答えた。そんな彼女は私と同じく、吉原の路地裏の裏長屋に住む吉原の住人。芸事を教えて日銭を稼ぐ御近所さん。
それに対する私は、吉原を維持する一端。遊郭の赤い弁柄格子や、朱い灯籠に朱塗りする職人の末娘。遊女達が使う紅い調度品を丹塗りして売ったり、朱塗りし直して遊女に届ける職人だ。年齢差もあるが、見ている世界も違う。
私はまだ、1度も吉原から出た事が無いし、お歯黒ドブの外の世界の事を何一つ知らないから「そっか、それは良かったねw」としか言う事ができなかった。ユメ姐さんは、その返しで満足してくれたのか?「おおきに」と言った。
丁度、その時…「ユメ姐さぁ~ん!そろそろ、仕事の時間でありんすよぉ~w」と…、最近、御歯黒を卒業した…通称[年季明けの素人女]に属する…番頭新造、華の時期を終えた元中級遊女[サエ]がユメ姐さんを迎えに来た……。そろそろ、昼見世の終了時間らしい。
ユメ姐さんは微笑みながら「かなんなぁ~」と呟き、私に「おやかまっさんどした。おきばりやす…」と言う言葉を残して、夜見世までに、消える入れ墨や化粧を施す為の手伝いの為、迎えに来たサエさんの元へとゆっくり歩いて行く。相変わらず何時何処でも、のんびりとした雰囲気の人だ。(それにしても、[おやかまっさんどした。]って、どう言う意味なんだろう?)私は2人を見送り、溜息を吐く。
今日は大門の外の稲荷神社の朱塗りの仕事で、父と兄は吉原の外…、吉原の四隅にある稲荷神社の方なら手伝いに行くのだが…、吉原生まれの私が大門から外に出るのは手続きが面倒で、金が掛かるし…、父や兄が駄目と言うから、今日は、まだ暫く一人きり……。(この後、どうしよう?)調度品に描く予定の河岸の斜面に植えられた鬼灯の芽や若葉の資料は、今さっきまでに書き上げてしまっていた。(小遣い稼ぎに他の内職でもするか?)私は柳の枝を見て立ち上がり、房楊枝の材料にと、良さ気な柳の枝を収穫してから、家に帰る事にする。
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