やめて、俺を勇者と呼ばないで～元中二病勇者の憂鬱～

③決断

　家に戻るとスイがソファでくつろいでいた。どうやって入ってきたのか問い詰める気力はもう残ってない。

「魔法使いと賢者が結婚してた」
「そうですか」
「驚いたりしないの？」
「別に、興味は無いですね」

　スイの興味とは何なんだろう。魔王退治？
　今度こそ本物の勇者としての名声が欲しいのかもしれない。だとしたら、ユウキなんて必要ない。むしろいない方がいいはずだ。

「勇者様、国から言われている期日は明日です。早く支度をしないと」
「いや、それお前だけだろ……俺は行かないし」
「勇者様が行かなくて誰が行くんですか？　誰も魔王なんて倒せません。そうしたらこの国は滅びるだけです」

　いや、お前が行けばいいだけだしお前が倒せるだろう。
　それなのにスイが「勇者様」と呼びかける度におかしな気持ちになってくる。この国を守らないととか、あの、魔法使いと賢者の子供のことが思い浮かぶ。あんな風に小さな子供たちのために、何かできないか。だがユウキにそれだけの力は無い。
　でも。
　スイになら、それができる。

「お前が行けばいいだろ」
「俺だけですか？　勇者様は？」
「俺なんていなくてもお前なら魔王倒せるだろ。一人で不安だったら酒場に行けばお前と旅したいヤツなんていくらでもいる」

　胸がざわざわして嫌な感じがする。巻き込まれたくないのに、スイの言葉が心地よく響く。

「勇者がいないのに魔王は倒せませんよ。それに、俺が旅したいのはあなたとだけです」

　乗せられるな。巻き込まれるな。

「……俺が行くなら、お前も旅立つのか」
「勇者様が行かないなら俺は絶対に行きません。あなたの選んだ道を俺も歩きます」

　ユウキに魔王を倒す力は無い。だから魔王退治に行く理由がない。
　スイには魔王を倒す力がある。だがスイはユウキがいなければ魔王退治に行かないと言う。
　もしスイを旅立たせることができなければ、ユウキはどうなるだろう。こんな時だけ都合よく、『勇者なのに』と責められるのだろうか。

「俺は…………」

　行かない。行きたくない。勇者なんてまっぴらだ。
　だけど、せっかく争いの無い世界になったのに。あの赤ん坊が幸せに暮らせる世界を――壊したくない。
　ユウキのプライドなんて最早どうでもいいことなのかもしれない。ユウキが弱かろうが、スイが強かろうが、世界を救う選択ならそれを選ぶべきだ。

「行こう、スイ」