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1.ああ無情
しおりを挟む私が前世の記憶を取り戻したのは、高校の入学式の前日の朝である。
朝起きて、いつも通り一度伸びをし、なんとなしに横にある鏡を見た。その瞬間、全てを思い出したのだ。
さて。前置きは短い方がいい。私が思い出したことをわかりやすく要点にまとめよう。
1。前世の私はアニメや漫画が好きなしがない女子高校生で、ある日トラックに跳ねられて死んだこと。
2。明日から私が通う高校が、前世で当時ハマっていた学園モノ乙女ゲーム『ラブネス・ハイスクール』に出てくる学園と瓜二つであるということ。
3。そして、今世の私、玲香が――『ラブネス・ハイスクール』に出てくる悪役の成金令嬢、西園寺玲香と同一人物だということだ。
「――そんなことある?」
ふわふわして居心地のいい天蓋付きベッドの上で、私は高校のパンフレットを見つつ考え込む。
どう見たってパンフレットの表紙に載った写真は『ラブネス・ハイスクール』に登場する高校「天鳳高校」と瓜二つだし、なんならパンフレットにも筆文字ででっかく私立天鳳高校と書いてある。
鏡を見ると、そこには金色の巻き毛を腰まで垂らした、気の強そうな美少女が写っていた。
顔立ちはかわいいのに、目付きがちょっと悪いせいでとっつきにくい雰囲気を醸し出している。いかにも高飛車お嬢様という感じだ。どう見ても西園寺玲香本人だ! この高飛車な顔なんてスチルで山ほど見た。
トラックに撥ねられて死んだはずの私が、ハマっていた乙女ゲームの登場人物、それも悪役令嬢に生まれ変わっている。
……つまりは、「転生したら学園乙女ゲーの悪役令嬢だった」というわけである!
私はうなだれて、ベッドに倒れ込む。昨日までは自分のベッドとして使っていたはずなのに、前世の記憶を取り戻してしまった今は他人の物のような、自分の物のような変な感じがする。
いやいや、今はそういうことを考えている場合じゃないのだ。だって、私の記憶が確かなら、西園寺玲香はお世辞にも幸せな人生を送っているとは言えないキャラクターだから。
ああ無情。どうせならもっと幸せなキャラに転生したかった!
私がこれからの人生を憂いてばふりとベッドに埋もれると、扉の方からノックの音がした。
「玲香様。朝食のお時間です」
ドア越しに使用人の声が聞こえてくる。私はもそもそと立ち上がった。
「……はい、今行きます」
服装を慌てて整えると、朝食のためダイニングに向かう。前世の記憶が戻ったといっても家の構造や服の置き場なんかは全く忘れていないのだから、不思議な話だ。
西園寺家のダイニングは広い。20人くらい招いてホームパーティーを開いても足りそうな広さだ。
使用人たちが壁に控えているのを見ながら、私はその広い部屋で1人で朝食をとる。これがいつもの光景だ。
西園寺の家は確かにお金を持っているが、大会社の社長をやっている父はほぼ家に帰ってこないし、父の財産目当てで結婚したと噂されている母親は夫の多忙をいいことに愛人の家に泊まり込んでいる。
昨日までの西園寺玲香なら慣れたものだったのかもしれないが、前世で普通の女子高校生として暮らした記憶のある私にこの1人での朝食は寂しいものだった。
そういえば、私の推しはこの世界にもちゃんといるのだろうか。トーストを咀嚼しながら、そんなことを考える。
『ラブネス・ハイスクール』における私の推しは攻略対象のキャラではなく、いわゆるお助け役のキャラだった。攻略中のキャラクターの好感度や、攻略のヒントを教えてくれるモブキャラだ。
……乙女ゲームに対して興味のない私が『ラブネス・ハイスクール』を全ルートクリアしたのも、ストーリーの端々に登場する推しの全てのセリフを見たかったからに他ならない。
「玲香様。お父様から伝言を言付かっております。……高校でも西園寺の家に恥じぬふるまいをし、けして家の名に傷をつけぬようにとのことです」
「……そう。わかりました」
使用人に父からの言付けを伝えられ、私は素直に頷く。テンプレ的な金持ちの嫌な父親っぽい伝言だ。
……どのルートでも、悪役令嬢、西園寺玲香は基本的に酷い目に遭う。
海斗ルートでは主人公に万引きの罪をなすりつけたことがバレて退学になったり、凪ルートでは主人公をいじめていることが学園の理事長である祖父にバレて退学になったりしている。
それのそのはず。西園寺玲香は、高飛車で嫌味なお嬢様キャラクターである。
学園のイケメンたちにやたらと好かれている主人公のことを忌み嫌い、取り巻きを使っていじめたり、最終的には冤罪をなすりつけて退学にさせようとした悪役のキャラクターだ。酷い目に遭うのも頷けるだろう。
だが実は親に政略結婚のための駒としか思われておらず、周囲に愛されている主人公に嫉妬したという不憫な事情も持っている。それ故にファンの中ではなんだかんだ人気で、続編で幸せになることを願われていたキャラクターではあったのだが。どうせならもっと幸せなキャラに転生したかった。
野菜のスープを啜りながら、私はふと思い立つ。これがいわゆる転生物ストーリーなら、自分の手で幸せを切り開いてやればいいんじゃないか?
全てのルートを知っている私が西園寺玲香として転生したことで、彼女の運命を変えることができるのではないだろうか。というか、もしかしたら攻略対象ではなかった推しとくっつくことができるのではないだろうか?
正直、後者のほうがより魅力的だ。だってこの世界では、私の知らない推しの一面がもっともっと見られるかもしれないのだから。
決めた。この世界で私は悪役令嬢の運命から抜け出してみせる。そして、推しと幸せに暮らすのだ!
決意を新たに、私はリムジンに乗って学園へと向かう。
そして、私は入学式当日に学園の階段から転げ落ちた。
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