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2.ドーベルマンの平均体重は約35キロ
しおりを挟む学園恋愛もの乙女ゲーム『ラブネス・ハイスクール』の攻略対象は3人。
主人公の幼なじみで名家の長男、明るく快活な性格の竜宮海斗。
国民的カリスマモデルを母に持ち、いつも飄々として女遊びばかりしている星見凪。
クールで無口かつ、一般市民の出である主人公を疎んでいるのが羽集院一季。
この3人の男子と、主人公である神楽日和、そしてこの私西園寺玲香の5人で構成されているのが「特別クラス」だ。
特別クラスは、表向きには他生徒の模範とするために成績優秀者を集めたクラスということになっているが、実際は理事長――つまり私の祖父とビジネス的な付き合いがある企業の関係者が、コネで入ってくるようなことが殆どだ。
そして『ラブネス・ハイスクール』のあらすじはこうだ。
『主人公の神楽日和は、ある日道端で腰を悪くしてうずくまっている老人を助ける。
なんとその老人はかの西園寺家の当主で、日和がかねてから憧れていた私立天鳳高校の理事長だという。
日和に助けられた理事長はその優しさに感動し、彼女をぜひ天鳳高校の新入生、しかも特別クラスの生徒として迎えたいと告げる。
降って湧いた幸運に胸を躍らせる日和だったが、特別クラスの生徒たちは揃いも揃って癖の強い人たちばかりで――!?』
ちなみにこれはパッケージ裏に書いてあったあらすじの丸暗記だ。
あくまで宣伝文句なので、実際ストーリーを読んでみると違う部分もあったりするのだが、まあこういう筋書きのゲームである。
『ラブネス・ハイスクール』略してラブハイは、設定がテンプレな割にはいいゲームである。そんなに流行っていたわけではないけれど、私も大好きなゲームだ。
キャラクターもきちんと作り込まれているし、ストーリーも面白い。
そして、私がこのゲームを好きになったのは、なにより推しの存在が大きいだろう。
推し。攻略対象でこそないが、主人公に攻略のヒントやストーリーの進行度合いを教えてくれる、ゲームにとって大事な存在だ。残念ながら、攻略対象ではない。よって情報も少ない。スチルもない。
だが、私はもう登場人物の1人なのだ。もしこの世界に本当に推しがいるのなら、好きなときに会いにいけるし、会話だってできてしまう! そんなの天国じゃないか!
でも、まずはこの世界が、本当に『ラブネス・ハイスクール』と全く同じ世界なのか確かめなくてはいけない。
そして本当に同じ世界なら、絶対にこの世界で推しと共に幸せになってみせる。
そのためには、「推しと仲良くなること」「退学にならず、平和に暮らすこと」の2つが必要条件だ。不器用な私がうまくやれるかはわからないが、やるしかあるまい。
というわけで、私は戦地に向かうような気持ちで校門をくぐった。
――そこで、横から思い切り走ってきた誰かとぶつかった。
「痛ッ!ちょ……何するの!?」
思い切り転んで尻もちをついてしまった私は、飛び出してきた誰かを睨みつける。
「うわ、ごめん、人がいると思ってなくてさ! 本当にごめん、怪我とかない?」
律儀に2回謝って手を差し出してきたのは、竜宮海斗。攻略対象の1人で主人公の幼なじみである。うわ、本当にいる……すご……ゲームと声一緒……。
「怪我はありませんけど……。走ってはいけませんよ」
私は手を借りずに立ち上がり、スカートについた塵を払う。ぶつかられたことに怒ることなく、できるだけ冷静な声色でそう言った。
これが本当の西園寺玲香なら激怒して責め立てているところなのだろうが、あいにく私は退学になんてなりたくないのだ。我儘いじめっ子お嬢様の玲香でなければ、退学にならなくて済むだろう。
「あーうん……本当にごめん」
「それにしても、どうして校門前なんかを走っていたんですの? しかも入学式の朝早くから」
「えーっとね、それに関してはマジで色々あるんだけど……ちょっと、厄介なことになっちゃって……」
「厄介?」
私がそう問うと、海斗が黙って私から見て右側を指し示す。
私は首を傾げながらそちら側を見た。レンガで舗装された、校舎へと続く道が広がっている。道にはところどころに街灯が立ててあって、真ん中に噴水がある。
なんとも名門高校らしい風景だ。今は春だからかあちこちに花も植えてあるし、噴水のかげには立派なドーベルマンも……
ドーベルマン?
「……ジュリア?」
私は小さくそう呟いた。ジュリア――『ラブネス・ハイスクール』に登場する、理事長の飼い犬である。
メスのドーベルマンだ。気性が荒く乱暴だが、ストーリー上では主人公の日和だけに懐いていた。
だが、ジュリアは学園の裏手で鎖につないであるはず。どうしてこんなところに?
海斗の顔を見ると、彼はものすごーーく気まずそうな顔で、私に向かってぱちんと手を合わせて頭を下げた。
「ごめん!!逃がしちゃった!!捕まえるの手伝ってー!!」
「はあ!?」
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