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5.転落
しおりを挟む「竜宮。お前、馬鹿なのか?」
ちょっと時間が飛んで、入学式の終わった後。祖父である理事長に呼び出された私が教室に戻ると、羽集院一季が海斗に説教をしていた。
どうやら朝のことで怒られているらしい。
「うう……はい、俺が悪かったです、すいません……」
「謝るのは俺じゃねえだろ。そこの新入生代表に謝れ」
いきなり呼ばれて、私のほうがびっくりしてしまう。……そうだ。ゲーム内では主人公からの視点でしか見れなかったが、一季が酷くきつい態度を取るのは一般市民の主人公にだけだった。
だからといって態度がやわらかいかと言えばそうでもなさそうだし、口はある程度悪そうだけれど。
「西園寺さん、マジでごめん……もう二度と巻き込んだりしません……!」
正座をしていた海斗ががばっと立ち上がり、教室の床で土下座をし始めた。
竜宮家も、西園寺家には劣るがいくつもの会社を運営する富豪の家系で、彼はそこの長男である。流石にこんなところを人に見られてはまずいので、私はとりあえず土下座だけはやめさせようと努める。
「……まあまあ、私は気にしていませんわ。怪我もなかったし……」
正直、許しているかと言われればそうでもないのだが。けれど、お人好しの彼のことだ。これですっかり恩を売れるだろう。
ふと横を見ると、ボブカットの少女が教室の隅からこちらを伺っているのが見えた。
……『ラブネス・ハイスクール』の主人公、神楽日和だ。幼馴染である海斗が土下座しているのを心配に思ってこちらを伺っているのだろう。
彼女の扱いは慎重にしなければならない。また、彼女とこの男子たちとの関係性にも、私は目を配らないといけないのだ。
『ラブネス・ハイスクール』には、3人の攻略対象に応じてルートが分かれている。そこからまたバッドエンド、トゥルーエンド、ハッピーエンドへと分岐するため、9通りのエンドがあるというわけだ。
その中で、私が一番避けないといけないのは、凪ルートのハッピーエンドである。
他のルートではいじめがバレて退学になるくらいの仕打ちで済んでいる西園寺玲香だが、このエンドだけはその程度では済んでいない。
そのルートのラスト付近のあらすじはこうだ。
『日和が凪からもらったペンダントを海に捨ててやろうと目論む西園寺は浜辺でいきなり倒れ込み、吐血する。
西園寺は不治の病にかかってしまい、治療方法を探るためにアメリカに渡る。
いじめっ子が遠く離れた海外に行ってしまった日和は安堵するが、同級生が不治の病にかかってしまったことを心配し、卒業して凪と同棲するようになってからもアメリカに手紙を送り続ける――』
……他のルートで私が不治の病にかかる流れなんてない。しかもこれは、私が日和をいじめてきたことのツケが回ってきたという感じでもないのだ。
私がこうやって前世の記憶を取り戻している以上、ゲームの筋書き通りに進むとは限らないだろう。
それに私はいじめなど絶対しない。だが、万が一ということがある。
杞憂かもしれないが、せめて日和と凪が付き合うことだけは絶対に避けないといけないだろう。
凪は入学式が始まるぎりぎりに教室に入ってきた後、入学式が終わるとそそくさとどこかに行ってしまった。ろくに話もできていない。
ゲーム内の情報を頼りにするなら、彼は女遊びが趣味で、大人っぽい女性が好きらしい。上級生をナンパでもしに行ったのだろう。
そこまで考えて、私はそっと教室を出る。本来の目的――推しへの邂逅を果たすために。
私の推しは、この学校の保険医である。櫻井梓。女性のような名前だが、れっきとした成人男性だ。
ゲーム内では攻略のヒントを教えてくれるモブキャラに過ぎなかったが、転生した今、そうではない推しを見られるということだ。設定されたいくつかの返答をこなすだけの姿ではなく、生きている姿が。
果たして、本当に推しはこの世界にもちゃんといてくれるのだろうか。
この時間なら推しは保健室にいるはずだ。今日は窓越しにこっそり顔を見るくらいにしておこう。
今日は犬に追いかけられたり散々だったのだ。せめて、このわけのわからない運命の中で生き抜くための心の支えくらいあってもいいだろう。
保健室は1階だ。私ははやる思いで階段を駆け降りる。早く、早く顔が見たい。
2階の踊り場を抜け、あと階段を1階分降りれば着くというところで――前を歩いていた誰かとぶつかった。
「いてっ」
「うわっ!?」
走っていたものだからバランスが崩れ、足をもつれさせてしまう。階段の1番上の段で転んだら、どうなるかなんて目に見えている。
やばい、転ぶ!
必死にバランスを立て直そうとしたけどもう遅い。私はそのまま階段から転げ落ち、気を失った。
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