あやかし様のお世話係

香月しを

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 あやさんの所に戻ると、猫が火鉢の猫板に寝転がり、尻尾をゆらゆらと揺らしていた。尻尾の動きを、いつまでも見ていられる。俺は、障子のかげから、ずっとその様子を見詰めていた。

「直之、何してるの」
「はッ、はい!」

 あやさんに声をかけられる。慌てて中に入り、御膳の上に粥を置いた。何の具も入っていないが、顆粒のダシと塩を入れたので、ほんのり味はついている。小皿に入れたたくあんは、冷蔵庫の中に入っていたものだ。賞味期限は切れていない。猫の餌は特に置いていなかったので、白いご飯にかつおぶしをまぶしたものを用意した。匂いでわかったのか、ニャンと小さく鳴いて、猫板から飛び降りてくる。
 向かい合って手を合わせ、二人で粥を食べる。たくあんは酸っぱかった。懐かしの味だ。量も多くないので、すぐに食べ終わってしまう。お茶を淹れようとした俺を、あやさんが止め、自分は酒を飲むと言い出したので、酒瓶を取り上げて、熱々のお茶を押し付けてやった。

「それで? 都会で何があった?」

 ほんの少し不機嫌そうに、あやさんが話しかけてくる。そんなに酒が飲みたいのだろうか。この家の食事に、革命を起こさねばと思った。


 気付いたら、会社で孤立していた。そうなる前は、そこまで性格は暗くなかったように思う。仲のいい先輩が出来て、色々と仕事を教わって。仕事帰りは飲みに行き、会社の愚痴を言ったりして。先輩の事を信用しすぎたのが良くなかったのか、その愚痴を、上司にチクられた。心の狭い事で有名な上司から睨まれた俺は、その後、嫌な仕事を回されるようになった。先輩は、上司側について、俺を虐めはじめた。周囲の同僚達は、先輩に俺の嘘を教えられ、軽蔑してくるようになった。何が悪かったのかわからない。何故その先輩が俺を目の敵にしたのかもわからない。ただ、人と接するのが、怖くなった。村を出てからずっと感じていた、都会の違和感。それが、我慢ならないところまで来て、とうとう俺はそこから逃げた。逃げて、既に両親さえいない村に戻ってきた。

「まあ、でも村に帰ってきても、どこか違和感があるんですけどね」

 話し終って苦笑した俺に、あやさんが溜息をつく。ぬるくなってしまったお茶を、一気に飲み干して、俺の肩に手を伸ばしてきた。

「違和感の正体は、これだな」

 その手には、見たこともない生き物が摘まれていた。ぴちぴちと、魚のように体を揺らしているが、見た感じは、ネズミのような、トカゲのような、なんとも言えない形だった。

「え、それ、いま俺の肩に乗ってたんですか?」
「今じゃなくて、お前がうちに来てからずっと乗ってた」
「ずっと!?」

 あやさんは、それを自分の手の平の上に乗せた。もう片方の手を上からかぶせ、パチンと躊躇なくつぶす。

「気分はどうだ?」
「え?」

 モヤっとしたものが消えていた。何かが妙に不安だったのが、綺麗さっぱりなくなっている。

「あやかしだ」
「え、今のが? あやかしの仕業だと?」
「我らは、普通に日常に潜んでいる。意図的に姿を現したり、姿を隠して人間の心に干渉したり」
「そんな…………」
「アレは、嫉妬や羨望から生まれるあやかしだ。先輩とやらは、お前に嫉妬していたんだろうさ。だから、陥れるような事をした。そこから生まれたあやかしが、お前の不安な気持ちを食い物にする為にお前に憑りついて、違和感を感じさせていた。そういう事だ」
「俺は、嫉妬されるような人間では……」

 営業成績が特別良いわけでもなかった。同僚達との仲だって、特別良くはなかった。それの、どこに嫉妬する必要があったのだろう。

「嫉妬して嫌がらせするような人間は、どこかおかしいんだ。それに気付かずに、全て悪い事は、相手のせいにする。そういうものは、いつか自分に跳ね返ってくるという事を、今頃実感しているんじゃないかな」
「実感?」
「お前に憑りついていたあやかしを潰したからね。アレが蓄えていた不安が、一気に元の主に戻る。心が壊れるかもしれないな」
「それは……凄いです、ね。恐ろしい」
「あやかしは、恐ろしいものだ。そんなの、昔からわかっている事だろう?」

 確かに、あやさんの言う通りだ。あやかしは、怒らせてはいけない。ただし、味方につけたら、これ以上頼もしいものはない。だから、あやかし様のお世話係というものが、地方自治体には存在するのだ。

「さて、これでお前の暗い性格が、元に戻ってくれる事を願うよ」
「俺は元々根暗ですよ」
「そうだったかな? まあ、おいおい、ね。では次に、私の世話をやくという仕事についてだけど」
「はい」
「その前に、食後の酒を飲みたいんだけどな。酒瓶、返してもらえない?」
「駄目です!!」
「…………ふふッ、昔の直之が戻ってきたみたいだ」

 懐かしそうな顔をする。昔というが、俺が中学で村を出るまで、あやさんと、そこまで親しくしていた覚えはない。こんなに軽口を言い合える間柄ではなかったような気がするのだが。

 思い出そうとすると、また頭が痛くなってくる。いつかこの謎は、解けるのだろうか。


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