あやかし様のお世話係

香月しを

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「仕事は簡単だよ。一週間に一度、役場に行って、私の作った呪符が無効になって、悪いあやかしが出現してしまった場所を聞いてきて欲しい。まあ、そんな事は滅多にないんだけどね。あとは、酒の補充かな。一週間で私が飲みきらないだけの酒を役場で貰ってくること」

 あやさんは、立膝をついて煙管をふかした。赤い長煙管からは、もんやりと甘い煙が立ち上っている。あの様子を見て、色っぽい女だなと昔誰かが言っていた覚えがある。俺には、あやさんが女には見えなかった。いや、少なくとも、ここを経つ前の俺は中学生だったのだ。そんな子供に、そんな話をする大人がいただろうか? ズキリとまた頭が痛んだ。

 説明された世話係の仕事は、あやさんの言うように簡単に思えた。あやさんは、滅多に家を出ない。その代わりとなって、役場に行き、村の不具合を確認してくるのだ。
 村の各箇所には、あやさんが呪符を貼っている。それこそ、百年も二百年も前に貼られたものもある。それだけ長い間、この村はあやさんに守られてきたのだ。呪符が綻ぶと、そこに悪いあやかしが憑く。もともと、呪符が貼られている箇所は、悪いものが憑きやすい場所らしい。隙が生じればすぐに狙われる。悪いあやかしが憑いた場所は、事故や事件を引き起こす。負の感情が大きければ大きいほど、悪いあやかしは成長する。しばらくその場で成長を繰り返し、大きな力を得たら、村自体に憑く。そうして滅びてしまった村が、昔からいくつもあった。
 あやさんは、役場から、不具合の生じた箇所の修正を頼まれると、そこへ赴いて直してくる。役場が気付かない限り、修正出来ないので、結構成長してしまったあやかしも、たまにいるようだ。それでも、あやさんの力は強大で、難なく悪いあやかしを消滅させてしまう。悪くないあやかしと悪いあやかし。存在は、全く別物なのだという。

「お酒を役場で貰ってくるというのは?」
「私が村を守る。守ってやる代わりに、村は私に酒を用意する。当たり前の事じゃないか?」
「滅多に呪符を作らないのに?」
「呪符関係の仕事を私がするのに、どれだけ力を使うと思っているんだい。今貰っている分は、何十年も昔に働いた分の報酬だよ? 小出しにしてもらってるんだ」

 分割払い。庶民的なルールが通用するらしい。酒だけ貰っているわりには、冷蔵庫には食材が揃っている。不思議に思い質問すると、食材は、たまに届けてくれる相手がいるそうだ。

「役場に聞きに行かないと呪符が無効になっているのはわからないものなんですか?」
「いや? 何か問題が起これば、すぐにわかるよ」
「でも、役場から申請されないと、動かない?」
「そうだね。恩を売れないと、酒貯金が増えないじゃないか」
「だって、それだと、悪いあやかしのせいで事故が起こったり事件が起きたり……」

 クスっとあやさんが笑った。困ったような顔で。どこか懐かしそうに。

「お人よしの直之君は、私が道楽で人間を助けていると思っているのかな?」
「…………え?」
「私は正義の味方ではないよ。報酬があるから動く。頼まれるから人を助ける。先回りして呪符を貼りかえても、綻びそうになっていた証明は出来ない。勝手に直して、大きな力を使って新しい呪符を作った私を、ここの村民はありがたがるかねぇ?」
「ありがたいですよ! だって、それなら誰一人犠牲者が出なく……」
「人間は、ずるがしこいからね。不要な仕事をして、報酬を貰おうとしているんだろう、と、昔言われたよ。ずっと昔は、私は良いあやかしだったけど、今は、悪くないあやかしさ。すすんで良い事はしない。まあ、将来の伴侶の為なら、何でもするかもしれないけどね?」

 今度は、茶目っ気たっぷりに笑う。たまに人間くさい表情をするので、こちらもドキリとする。

「…………伴侶? あやさん、嫁さんを貰うんですか?」
「嫁? あやかしには、性別は無いよ?」
「でも、伴侶って……え、まさか、あやさんて女性……」
「だから、性別は無いんだよ。人間の枠に当て嵌めないでくれるかな? 伴侶というのは、『ともに生涯を歩く相手』という意味だ」
「な……なるほど……失礼しました」

 あやかしの地雷がわからない。性別をはっきりさせられる事は嫌なのかもしれない。少々不機嫌そうに、あやさんは火鉢の中を火箸でぐるぐる掻き回し始めた。唇は尖っている。話がスムーズに通らなかったので拗ねているのかもしれない。

「あと仕事で気になるところは?」
「あ! 掃除とかしてもいいですか? その火鉢周りに散らばった灰だとか、多分火鉢の灰の中に溜まっているゴミとか」

 あやさんは、火箸の手を止めた。掻き回したせいで顔を出したしょぼしょぼのみかんの皮を隠すようにせっせと灰をかけている。

「…………好きにしていいよ」
「わかりました! じゃあ、とりあえず、今日は、役場に行ってきましょうか?」
「ああ、そうだね。最近は、ずっと村長の息子が御用聞きみたいに訪ねてきていて、お前に住み込みの話を提案したのも数日前の話だけど、とりあえずは、一度流れを覚えておくのもいいかもしれない。酒も少なくなってきたしな」
「飲みすぎは禁止ですよ」
「わかってるよ」

 片付けをしてから、作務衣と下駄のまま、役場へ向かった。今日からは、これが俺の制服だ。カコカコと音を鳴らす。猫が途中までついてくる。まるでお見送りだ。にやにやしながら竹藪の細い小道に入る。

「いってきます」

 小道の入り口でニャーンと鳴きながらお座りをして見送ってくれる猫に手を振った。


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