1 / 5
プロローグ
しおりを挟む「やいやいやい! 何しやがんだてめぇこの野郎! どこのどいつかしらねぇがこの俺に足をかけるなんざ……うん?」
ガルシア公爵家の嫡男であるベアード様は、部屋を飛び出した途端に置いてあった荷物に躓いて顔から転んでしまった。大丈夫かしらと見守っていると凄まじい勢いで立ち上がり、憤怒の表情で振り返る。額を擦りむいたのか、真っ赤に染まっていた。
「あら?」
こんな顔、初めて見たわ。いつも無表情で、淡々としている方でも、激しい怒りを表すことがあるのね。
いずれにしろ、新婚の妻に対する態度ではないけれど。
わたくしはベアード・ガルシア公爵家嫡男の妻で、伯爵家出身のルシール・ガルシア。婚姻式が数日前に済んで、普通に考えたら今は新婚ホヤホヤの時期である。
没落寸前の伯爵家だったけれど、腐っても私は貴族令嬢の端くれ。「この野郎」などと言われる筋合いはない。
だいたい、高位貴族のご令息の口調として如何なものかしら。たとえ下位貴族でも、このような口はきかないと思うのだけれど。
ベアード様は、喚いていた途中から、わたくしの顔をじっと見つめ、急に黙ってしまった。訝しげにこちらを見ながら、首を捻っている。結婚をする前に五年間の婚約期間があり、付き合いは短くはない方だけれど、こんな雰囲気の彼を見るのは初めてだ。
「ベアード様? 額を打ったようですが、痛みはありますか? 足を挫いたりしていませんか? ご気分はどうでしょう?」
「ご気分……? ああ、気分は最高に悪いぜ! 頭がガンガンすらぁ!」
気分が最高に悪い……最悪ってことかしら? 貴族としての体裁を整えることも不可能になるぐらい気分が悪いなんて、大変だわ。
「執事に言って、お医者様をお呼びしますわね」
「あぁん? お医者に診せるほどじゃねぇよ。唾でもつけときゃ治っちまわぁ」
「つば……」
「それよりよ、異国のおねえちゃん」
「異国……おね……?」
「あんた、誰?」
「えッ!!」
眉間に深い皺を寄せ、ベアード様が警戒するようにわたくしを見る。まず、異国のおねえちゃんとはわたくしのことだろうか。目の前にはわたくし以外いないので、間違いないとは思うが、それにしたって、おねえちゃん。そして、わたくしは、貴女の新婚ホヤホヤの妻ですが。更に、異国とはどういう意味でしょう。わたくし、典型的なこの国出身の顔つきをしておりますが。
そんな気持ちを込めて見詰め返すが、ベアード様は、半眼で唇を尖らせながら、わたくしを睨むだけだ。ああ、そんな顔も、初めてみました。
これは、ある日突然、『江戸っ子』なるものになってしまった夫と、平凡な貴族夫人のわたくしの物語である。
10
あなたにおすすめの小説
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が
和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」
エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。
けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。
「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」
「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」
──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
婚約者が私のことをゴリラと言っていたので、距離を置くことにしました
相馬香子
恋愛
ある日、クローネは婚約者であるレアルと彼の友人たちの会話を盗み聞きしてしまう。
――男らしい? ゴリラ?
クローネに対するレアルの言葉にショックを受けた彼女は、レアルに絶交を突きつけるのだった。
デリカシーゼロ男と男装女子の織り成す、勘違い系ラブコメディです。
黒騎士団の娼婦
星森
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。
異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。
頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。
煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。
誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。
「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」
※本作はAIとの共同制作作品です。
※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。
悪役令嬢カテリーナでございます。
くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ……
気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。
どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。
40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。
ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。
40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる