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しおりを挟むわたくしの旦那様は、大変無口な人である。
三年前に婚約して今日までの間、通算で千語も喋っていないのではなかろうか。
きちんと交流は、はかってきたつもりだ。
社交シーズンには、ガルシア侯爵家のタウンハウスに招かれて、お茶の機会を何度も設けた。幸い、両家のタウンハウスは比較的ご近所だったので、行き来に時間はかからない。
誕生日には二人で出かけ、どうしても参加しなければならない夜会などにはエスコートもしてくれる。二人とも社交が苦手で、ガルシア侯爵夫妻の後にピタリとついて、彼等の話題に頷いているだけの時間だったが。
ベアード様は、とにかく言葉が少ないのである。
いえ、少ないなんて言葉で済むのかしら。目を合わせて言葉を交わしたことなんて、ただの一度もないですし。
ベアード様の口から発される言葉は、「うん」「ああ」「いや」「すまない」の四つぐらい。会話と言っていいのかどうかも怪しい。そんな二人がよくもまあ、結婚までこぎつけたものである。
新婚三日目の初々しい妻である筈のわたくしは、窓の外を眺めながら、途方にくれていた。
「まさかの初夜だったわ」
初夜の衝撃に頭が追いつかず、この三日間は呆けたままだったけれど、さきほどようやく思考が復活したのである。
「ルシール様……おいたわしや……」
実家から連れてきた侍女のアニエスが泣いている。まあ、無理もない。主人がここまで蔑ろにされたのだ。
結婚式当日、これから初夜だと腹を括って夫婦の寝室で待っていると、夜着をまとったベアード様が無表情で現れた。ちなみに彼は無表情が常である。
わたくしの顔を見てコクリと頷くと、そのまま部屋に入ってくる。何も言わずに頷かれただけなのでどういう意味があったのかはわからないが、わたくしも無言で頷いておいた。
初夜、行われるのだろうか。ドキドキしながらベアード様の動向を見る。彼は遠慮なく足を進めてソファに座ると、わたくしにも座るよう目で促した。隣に腰をおろしたわたくしに、ベアード様は一言。
「抱いてはいけない気がする」
そう言った。
『抱けない』でも、『抱かない』でもない。『抱いてはいけない気がする』
自分の意思ではないということ? それとも何か、彼には予知能力が備わっているとか? 混乱していると、ベアード様は腰を上げ、そのまま部屋を出て行った。
とりあえず、例の四つの言葉以外にも喋れることはわかった。
「あれから三日。食事も部屋に届けてもらい、呆けたままだったけど……そろそろ彼とお話しをした方がよいかしら」
「離縁ですね?」
「違います」
ベアード様とわたくしは恋愛結婚ではない。ガルシア侯爵家から婚約の打診を受けた際、我が家は没落寸前だった。わたくしは社交シーズンになっても積極的に夜会などに参加するタイプではなかったし、ベアード様も幻の令息と言われるほど、社交界には顔を出さなかった。そんな二人が何故結婚することになったのか。
お互い、訳アリだったからなのである。
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