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六十六、
しおりを挟むその言葉を聞いて、広隆は秘色が不安に思っていることがなんとなくわかった。広隆と同じく、ときわにも元の世界での名があるはずだ。ときわもこの世界に逃げてきたんだろうなと広隆は思った。
「秘色。俺もときわも、元の世界に戻るためには、元の世界の自分を受け入れなくちゃならないんだ」
広隆は言葉を選びながらささやいた。
「ここはマヨヒガだから、迷う者のための場所だから」
元の世界にいた時、広隆は自分の居場所が見つけられなかった。父が死に、母もいない。自分の存在する意味を見出だせずにいた。ときわも同じだろうかと広隆は思った。
秘色はきっと顔を上げると広隆を睨み付けた。
「あんた達はいいわよっ。かきわとときわじゃなくなっても、元の世界に帰れるんだもの。でも、あたしは」
秘色はしゃくりあげながら涙をぬぐった。
「あたしは………本当は、トハノスメラミコトなんかみつけてほしくないのかもしれない」
広隆は驚いて秘色を見た。秘色は自分の言った台詞にショックを受けたような顔をしたが、それでも止められずに言葉を続けた。
「トハノスメラミコトがみつけられてしまったら、あたしは………トハノスメラミコトが里に戻って、ときわがなくなってしまったら、あたしはどうなるの?ときわを祀る必要がなくなったら、ときわの巫女はどうやって生きればいいの?」
秘色は広隆に向かって泣き叫んだ。
「あたしはときわの巫女なのに!ときわの巫女として生まれたのに、ときわがなくなってしまったら、あたしはここにいる意味がなくなってしまうっ」
広隆ははっとした。秘色はその場に崩れ落ちた。地面に伏してなきじゃくるその姿に、広隆は自分を重ねた。
(秘色にとって、ときわを失うことは耐えられないことなんだ)
広隆が父を失った時に感じた絶望によく似た想いを、秘色は抱えて泣いていた。広隆はしゃがみこんで秘色の背中をさすった。
「ときわの巫女でなくなっても、秘色は秘色だよ。ときわの巫女としてではなく、秘色として生きればいいんだ」
広隆は静かに言った。
「トハノスメラミコトがみつかってときわの巫女でなくなっても、秘色は堂々とこの世界にいればいいんだ。この世界は秘色の世界なんだから」
秘色はわずかに顔を上げた。
「怖いのよ」
秘色の目が広隆の目をとらえた。
「あんたとときわがいなくなってしまうのが怖いの。トハノスメラミコトがみつかろうとみつかるまいと、あんた達が元の世界に戻って、たった一人で里に戻ってたった一人で生きていくのが怖い。この旅に出る前は平気だったのに、今は怖い。この旅が終わらなきゃいいのに」
秘色はぶんぶん頭を振った。
「こんなことを考えるだなんて、あたしは巫女失格だわ。あたしはもう、誰にも顔向け出来ない」
広隆は秘色の肩をつかんで揺さぶった。
「誰かとずっと一緒にいたいと思うことは悪いことじゃない。秘色は立派だよ。俺達を導いてくれた。秘色はきっと……」
その時、広隆の言葉を遮って突如雷鳴が響いた。驚いた二人は同時に空を見上げた。
晴れていた空に黒灰色の板のような雲が浮かんでいた。雲といえるのか、硬質な板にしか見えないそれからは、雨が落ちるわけでも雷がほとばしるわけでもない。ただ、耳をつんざくばかりの雷鳴だけが発生していた。
「……なんだ?」
広隆が呟いた次の瞬間だった。板の表面から幾本もの触手が発射された。
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