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七十二、
しおりを挟むずんずん進んでいくと、やはりふたまたの道に出会った。今度の黒蛇からは秘色の声がした。
「あんた、いったい何をしにきたのよ。あたしはあんたなんかに助けられたくないわ。あんたなんか大嫌いよ。あたしにはときわがいればいいの」
広隆は悲しそうに蛇を見た。秘色の声は続けて広隆をののしった。だが、広隆は静かにこう言った。
「たとえ秘色が俺に助けてほしくないと思っているとしても、俺は秘色を助けるよ。もう、迷わない」
広隆はためらうことなく暗い道に足を踏み入れた。背後からくすくすと忍び笑いが聞こえてきたが振り返らなかった。
この洞窟はつらい言葉ばかり突きつけてくるが、それに答えることで今まで不確かだった感情が自分の中でかたまっていくのを感じた。広隆は、ここに入ったときよりも自分の足取りが強くなっているのに気付いた。
四つめのふたまたにたどりついて、黒蛇から自分そっくりな声が聞こえてきてもたじろがなかった。
「元の世界に帰ってどうするっていうんだ。誰も俺のことなんか心配してないさ。俺はひとりぼっちなんだ」
「たとえ元の世界が俺を必要としていなくても、俺は元の世界を必要としている。誰かのために帰るんじゃなく自分のために帰るんだ」
広隆は迷いなく言いきって暗い道を進んだ。
しばらく行くと、またしても前方にあかりがみえた。今度は誰の声が聞こえるのかと身構えた広隆だったが、近付くにつれ、今までとはちがう状況に気付いた。道はふたまたに分かれておらず、あかりの中には人影があった。少女、秘色だ。
「秘色っ」
広隆は叫んでかけよった。
「広隆っ」
広隆に気付いた秘色はよろこんでいるのか驚いているのかわからない顔をした。
「どうしてここに?」
あかりの中から秘色が尋ねた。
「助けにきたんだ」
広隆は秘色に手を差しのべた。
秘色は一瞬目を見開き、それからぽろぽろ泣き出した。
「どうしてあたしなんか助けにきたの?あたしはあんたに見殺しにされてもしかたがないことをしたのに」
秘色は泣きながら頭を振った。
「早く戻りなさい。あたしはここから出られないの」
そう言って秘色は広隆に向かって手をのばした。だが、その手は闇と光の境目で止められた。広隆は秘色の手をとろうとしたが、闇と光の境目にはかたい透明な壁があってそれを阻んだ。
「あたしはここから出られないの。だから、もう行って。ときわにはあたしは里に帰ったと伝えてちょうだい」
秘色は微笑んだ。
「さようなら」
広隆は愕然とした。
せっかくここまで来たのに。透明な壁を力まかせに叩いてみるが、まったく無駄だった。広隆は刀を抜いて壁を切りつけた。だが、なんの手ごたえもしなかった。広隆はどうすればいいのかわからずに途方にくれた。
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