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七十七、
しおりを挟むあれは、遠野だったのだ。
あまりに幼すぎてうっすらとしか覚えていないが、その頃の広隆は今とは違っていた気がする。かきわの暗い瞳、あの頃の広隆も、そんな瞳をしていたのではなかっただろうか。
傷ついた広隆はこの世界に迷い込み、かきわとなった。
ときわは自分の胸をかき抱いた。 涙が溢れた。
傷つき、迷いながらも、広隆は元の世界に戻ってきた。広也の待つ現実の世界に。
(大丈夫。僕は、絶対に元の世界に帰ることができる)
ときわは涙をぬぐいながら自分に言い聞かせた。
(だって、兄さんが僕を遠野によんだのだ。兄さんは遠野で僕を待っていたのだ。僕を、マヨヒガに行かせるために)
ときわは真っ白な空間を睨み付けた。
(兄さんは僕が戻ってくると信じているのだ。兄さんが戻れたように、僕も必ず戻ってこれると信じて送り出してくれたのだ。弱くて頼りない自分を、自分でも嫌な自分を、信じてくれている人がいるのだ。だから、僕も信じよう。兄さんは僕を信じていると信じよう)
ときわは疲れ果て脱力していた体に再び気力が戻ってくるのを感じた。兄は自分を信じてくれている。自分を待っていてくれる。戻ってこなくていいなどと、兄が考えるはずがない。緋色から託された大切な鈴を持たせてくれたのは、必ず戻ってこいという兄からのメッセージだ。
立ち上がらなければ、と、ときわは思った。
(兄さんは戻ってきてくれた。だから、僕も必ず元の世界に戻る)
ぐっと腕に力を込めて、ときわはずっしりと重たい体を起こそうとした。だが、全身を覆う白い膜がそれを阻んだ。ただの布切れのようだったはずのあの白い布が、いつの間にやら石のように固いものに代わっていた。身動きを取ると体のどこかしらがぶつかってしまう。
ときわは出来るだけ力を込めて壁を蹴ってみた。だが、鈍い音と骨に伝わる鈍痛がするだけだった。
もしも、ここからずっと出られなかったらと考えて、ときわは初めて恐ろしくなった。刀を抜こうと試みるも、いかんせん狭すぎて鞘を抜くことすら出来ない。やさしく包まれていた時の感触などもうどこにもなかった。ときわはだまされたと叫びたい気分で壁を蹴りつけた。
(出られなかったら、どうなるのだろう)
ときわは途方にくれて白い壁をみつめた。
ずっと閉じ込められていたら、やがて死んでしまうのだろうか。それは、だめだ。
死にたいという気持ちはとうに失せていた。むしろ、今は立ち上がりたい、地面を踏みしめたいという気持ちのほうが強かった。
立ち上がりたい。その気持ちは、心のどこか一隅からほろほろとわき起こり、やがて体中にまんべんなくひろがった。
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