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八十、
しおりを挟むざーっと強い風が吹いて、ときわの背中を押した。
ときわの足元に散らばっていた繭の欠片が、風に吹き上げられて舞い上がった。
空中できらきら光るそれは、風の勢いを失い地面に落ちるかと思いきや、ぱっと一瞬強く発光し、そのまま姿を硬質な塊からぼんやりと丸く光る発光体へと変えてすいっと空へ浮かび上がった。
ぽかんと口を開けてそれを見送ったときわは、光が視界から消える寸前に我に返り、慌てて後を追いかけた。
光はときわを導くように飛んでいた。この光はいつも導くように飛ぶ。遠野の山の中で、うたい町で。
(この光はいったい何なんだろう)
この世界のものでありながら、元の世界でときわやかきわを誘った。今度はどこへ連れていこうというのか。かきわを探さなければと思いながらも、ときわは白い光から目が離せなかった。
やがて前方にぽつぽつと木が立ち始め、いつしかときわは森の中に入り込んでいた。木々の合間を縫って進むうちに、白い光は徐々に数を増やし始めた。ときわが進む方向からやってきて横を通り過ぎていくものもあれば、同じ方向に飛んでいくものもある。
ときわは足を速めた。進むほどに光は数を増やし、ときわの眼前を泳いでいく。
やがて、ときわの目の前に巨大な木が姿を現した。辺りを漂う白い光の数は、うたい町よりも、あの地下で見たよりも、明らかに多かった。
周りの木が青々と茂っているのに対し、その巨木だけは枝に一枚の葉もつけていなかった。奇妙なことに、その木には人の背丈以上もあるうろと呼ぶには大きすぎる穴が開いていて、その穴から無数の白い光が湧き出ていた。まるで、木が白い光を産んでいるようで、ときわはその不思議な光景を声もなく見つめた。
絶え間なく生み出される光がときわの頭上に広がり、どこへともなく飛び去っていく。
(もしかして、あの光は全部この木から生まれているの?)
ときわは恐る恐る近付いてうろの中を覗き込んだ。
大木の中身はほぼ空洞だった。上も下も深遠な闇が続いていて、ずっと下の方からは次々と白い光が浮かび上がってきて、ときわの顔の横を通ってうろから出ていく。
ときわは一度うろから顔を出して大木の全身像を見直した。もう一度うろの中を覗き込んで、首を捻る。確かに大きな木だが、うろの中の空間は明らかに木の大きさ以上に広く深い。白い光はずっと深い地下の空間からやってくる。
(そうか。ひょっとしたら、この穴はあの地下に通じているのかもしれない)
ときわは身を乗り出した。あの巨人のいる場所に通じていると思うと、何故か恐怖は感じなかった。飛び込んでみたい誘惑に駆られたが、さすがに穴の深さを思い躊躇した。
(でも、ぐえるげるの泉に映ったのが、もしもここなのだとしたら)
自分はここに飛び込む必要があるのではないかと、ときわは思った。
そして、急に自分が一人であることを思い出した。秘色もかきわも、側にはいない。ときわを引っ張ってくれる人は誰もいない。
(僕が、決めなくちゃいけないんだ)
頭がすうっと冷えていくような気がした。僕が、決めなくちゃいけない。
この世界に来てからのことが、頭の中で順番によみがえった。
(僕は、この世界に来てからずっと、秘色に導かれるままに進んできた。秘色と別れてからは、闇雲に彷徨うばかりだった。だけど、今、僕は自分でどうするか決めないといけないんだ)
ときわはごくりと唾を飲んだ。
それから、意を決して、うろの縁に足を掛けた。どれほどの深さかわからない。それでも、きっとここに飛び込む必要があるのだと思った。光の巨人の手のひらに乗ったときのことを思い出した。あの時、ときわは広隆ならば乗るだろうと想像して勇気を得た。今思うと、その想像は当たっていた。かきわが真っ先に乗ったのだから。
(兄さんなら、絶対に飛び込むだろうな)
ときわは笑みを浮かべた。
そして、縁に掛けた足を力強く蹴って、穴の中に飛び込んだ。
浮かび上がってくる白い光が、落下する頬や腕にかすかに触れた。落ちていく感覚に身を任せながら、ときわは
(なんだ。僕にも勇気があるじゃん)
と思った。
そう思うのとほぼ同時に、穴の底がぱあっと白く輝き出した。
遠い底の方で、白い光が寄り集まって大きな塊になっていくのが見えた。光の巨人が現れたときと同じだと、ときわは一生懸命目を開けながら考えた。
ときわの真下で巨大な人の形となった白い光は、落ちてくるときわに向かって吼えるように大きく口を開けた。
その口に飲み込まれる瞬間も、不思議とときわは怖くなかった。
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