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九十二、
しおりを挟む広隆の目には広也が突然空中から降ってきたように見えた。
音をたてて地面に着地すると同時に、手にした刀で広也は秘密を捕らえる大蛇の赤い舌を断ち切った。
ぐぎいぃぃっ
断末魔の叫びをあげて、大蛇はのたうちまわる。広隆は秘色を抱き寄せ、大蛇から離れた。広也も地面に突き立てた刀を構え直して後退る。大蛇は太い胴体を地面に叩き付けて七転八倒していたが、やがてどうと倒れて動かなくなった。
しばらくの間、三人は警戒を解かずに倒れた大蛇をみつめていた。大蛇がぴくりとも動かなくなったのを確認すると、広也はふーっと息を吐いて刀を下ろした。
「ときわ……」
秘色を抱きしめたまま、広隆が口を開いた。
「無事だったんだな。よかった」
広隆は笑って、安心したように体から力を抜いた。秘色はまだ強ばった表情のままで広隆にすがりついている。
広隆の笑顔を見て、ときわは涙が浮かんできた。記憶の中の兄の笑顔そのものだった。
「兄さん……」
涙をぬぐいながら、ときわは言った。
「兄さん、僕は広也だよ」
目の前の、自分と同じ年の兄に、自分が弟だと伝えたかった。
「僕は広也。今堀広也」
広也は大きな声ではっきりと言った。
「今堀広隆の弟だ」
広隆は突然弟の名前を出されて困惑した。目の前の、自分と同じ年の少年が自分の弟だと主張している。
「そんな、まさか……」
広隆には信じられなかった。弟はまだ幼い。こんなところにいるはずがない。
「ときわ……」
広隆にくっついたまま、不安げに秘色が呟いた。
「ときわも、ときわでなくなってしまったの?広隆みたいに。あなたはもうときわではないの?」
「僕は、最初から今堀広也だったんだよ。どんな世界にいたって、僕は今堀広也なんだ」
「じゃあ、あたしのときわはどこへ行ってしまったの?」
秘色が泣きそうな表情で言った。
広也は自分の胸に手をあてた。
「いいや、ときわはまだ僕の中にいる。ときわと僕が別れるのは、僕が元の世界に帰る瞬間かトハノスメラミコトをみつけた時だ」
広也は同意を求めるように広隆の目を見た。兄もまた自分と同じような試練をくぐり抜けてきたはずだと確信していた。広隆は呆然として広也を見ていた。目の前にいるのが自分の弟だと、なかなか信じることが出来ないようだった。
「広也……本当に、広也なのか……?」
「広也だよ。兄さん」
「信じられない……じゃあ、お前は俺がいた世界より未来から来たのか?」
混乱しそうだ、と呟いて、広隆は頭を押さえて唸り声を上げた。
「あんたたち、兄弟なの……?」
ようやく広隆から離れた秘色があっと叫んだ。
「根が同じだってそういうこと?」
秘色は広也と広隆の顔をかわりばんこに覗き込んで、それから肩をすくめて溜め息をついた。
「あの子供もぐえるげるも、きっとあんた達を見ただけで気が付いたのね。それならそうと教えてくれればよかったのに」
そこでいったん言葉を切って、秘色は小さな声で付け足した。
「そしたら、あたしだって広隆にあんなことしなかったのに」
そう言って俯いた秘色を見て、広也はなんと言っていいかわからずに口をつぐんだ。広隆も同じような表情で黙っている。
短い沈黙の後、突然秘色が広隆に勢いよく抱きついた。
不意を突かれて広隆は思わずよろけたが、なんとか足を踏ん張って倒れるのをこらえた。秘色は広隆をきつく抱きしめて言った。
「でも、あたしは広隆が好きよ。ときわ——広也のお兄さんだからじゃなくて、あんたがいい子だから、あたしは広隆が好きよ。あたしと一緒にいてくれて本当にありがとう」
秘色はぽろぽろと涙をこぼした。
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