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九十七、
しおりを挟む「君は……」
広也にみつかったことに気付くと、子供は笑い声を大きくした。広隆もそれに気付いて子供を睨みつけた。
「お前、なんでこんなところにいるんだ」
「何を言う。わしはこの世界の住人じゃ。わしはこの世界のどこにでもおるわ。お主等こそ、ここに何をしにきたのだ」
子供は馬鹿にする口調で言った。
「トハノスメラミコトを探しにきたのだろう?だが、探そうとしているうちはみつけられん」
謎めいたことを言って、子供は笑いながら岩の陰に隠れた。
「おい、待てよ」
広隆が駆け寄って岩の陰を覗くが、そこに子供の姿はなかった。
と、今度は頭上で子供の笑い声がした。広隆がいる場所から少し離れた背の高い岩の上にちょこんと座って、子供がこちらを見下ろしている。
「お前っ……」
「待って、兄さん」
からかわれていると思ったのか、怒鳴りかけた広隆を制して広也は子供の座る岩に歩み寄った。
「ねえ、トハノスメラミコトの正体は、僕らが見た幻なんだろう?」
子供は答えなかった。広也はかまわず続けた。
「トハノスメラミコトは幻となってさまよっていて、僕らに見つけてほしがってるとぐえるげるは言っていた。でも、さっき僕はトハノスメラミコトの名を呼んだのに、彼は逃げ出してしまったよ。どうしてなんだい?トハノスメラミコトは僕らにどうしてほしいんだい?」
尋ねる広也をじっと見下ろしていた子供は、足をぶらぶら揺らしながらつまらなそうに口を尖らせた。そのまま黙っている。広也の質問には答えようとしない。
「探そうとしているうちはみつけられないってどういう意味?」
広也はめげずに問いかけた。この子供の態度からは何かを知っているように感じられる。この場所に現れたのも、自分達に何かを教えるために違いないと広也は思った。この世界の住人は皆トハノスメラミコトによみがえってもらいたいのだ。トハノスメラミコト自身も含めて。だから、この子どももそうに違いない。
「教えてよ。君だって、ずっとトハノスメラミコトがよみがえるのを待っていたんだろう?」
広也がそう言うと、子供は足を揺らすのを止めて冷えた視線で広也を見下ろした。
「待っていたとも!」
突然、子供が野太い大声を上げた。とうてい子供の声とは思えないその怒声に、広也はもちろん広隆もすくみ上がった。
「今、この時もわしは待っているのだ!お主等が早く気付くのを!」
そう言うと、子供は岩の上に立ち上がり赤いちゃんちゃんこをばさっと脱ぎ捨てた。そして、一瞬のうちに姿を大人の男に変えた。
「兄さん……」
それは大人の広隆だった。広也の目にはそう見えた。だが、隣に立つ広隆には別のものに見えたらしい。
「広也……」
先程と同じく、自分の目には大人になった兄の姿に見えるものが、広隆には小さい頃の自分に見えるらしい。だが、それを確認する前に子供の怒声が響いた。
「幻は、幻だ! 実体を持たぬ、器を持たぬ! 幻を見つけることなど出来ぬ! なぜなら幻とは見えていてもそこにはないものだからじゃ!」
そう叫び、再び元の子供の姿に戻ると、脱ぎ捨てた赤いちゃんちゃんこを掴んで岩の後ろに飛び降りた。
慌てて岩の後ろに回って見るが、そこにはすでに子供の姿はなかった。
「どういうことだ……?」
広隆が呻いた。
「あいつが、あの子供が、トハノスメラミコトなのか?」
広也も混乱していた。確かにあの子供には子供らしくない威厳があると思っていたが、もしも彼がトハノスメラミコトなのだとしたらそれも当然だろう。しかし、彼がなぜ突然激昂したのかがわからない。目の前に姿を現しているというのに広也と広隆が少しも気づけなかったせいだろうか。
(あの子供がトハノスメラミコトなのだとしたら、僕らに何を教えたかったんだ?)
広也は頭を抱えた。
(探そうとしているうちはみつからないって、じゃあどうやってみつけろって言うんだ?)
「おい、広也」
その場に座り込んで背中を岩にもたれかけさせた広隆が、広也のTシャツの裾を引っ張って座るように促した。
「少し、よく考えてみようぜ」
こくりと頷いて、広也も広隆の隣に腰を下ろした。
辺りを包むのは青い闇と無数の岩の存在感だけだ。二人の声以外にはなんの音もしない。
「きっと、ヒントはたくさんもらっているはずなんだ」
「ああ。俺もそう思う」
広也の言葉に広隆も同意した。
「ここに来てから色んなことを考えさせられた気がする。考えなくちゃいけなかったことを全部」
そう言って、広隆は深く息を吐いた。広也も同じ気持ちだった。巨人の腹の中で見た、白い光に変わってしまったときわやかきわの姿が目に浮かんだ。彼らは自分の進む道を決められずに、マヨヒガの一部になってしまったのだ。自分で決めること——答えを出すことが出来なかったのだ。
(考えなくちゃいけない。どうやったらトハノスメラミコトをよみがえらせることが出来るのか)
見当もつかない。だが、きっとこれがこの世界で考えなければいけない最後の問題だと広也は思った。
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