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第二話「鏡の顔」
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しおりを挟む廊下は静まりかえっており、稔の足音だけがやけに高く響いた。山久にみつからないように保健室を避けて二階にまわる。生徒の姿のない二階の廊下は既に電気が消されており、差し込む向かいの校舎の明かりだけが頼りだ。不気味なことこの上ない。
南校舎に足を踏み入れると、この間とはうって変わって、霊の姿がどこにもなかった。
(つまり、ここにいた霊のすべてが、あそこに集結しているってことか)
問題のトイレは、つきあたりを曲がってすぐのところにある。稔の胸が早駆けを始める。
稔はゆっくりとトイレに近づき、そっと、戸を開いた。
そこに広がった光景を目にして、稔は息を飲んだ。
壁に貼り付けられているはずの鏡が、まるで意思を持ったようにガタガタと揺れていた。
その鏡から、細く小さい手が何十本も生え出ていて、少年の腕を掴んでいた。
「倉井っ」
鏡に引きずり込まれそうになっている高遠のもう片方の腕を掴んでいた大透が声を上げる。その大透の腰に手をまわして、文司が踏ん張っている。少年が振り向いた。稔と目が合った。
「高遠……信行だな……」
稔が言うと、高遠は大きく目を見開いた。
「どうして……」
「倉井っ!どうにかしてくれよっ。はりきって来てみたらこんな状況で……こんなすげー場面なのにカメラまわす余裕もねぇ!」
大透が肩に掛けたデジカメを目で指して言う。そういう問題ではないと思うが。
「いいか。高遠、よく聞けっ」
大透と一緒に高遠の腕を引っ張りながら、稔は叫んだ。
「お前の憎しみが連中を呼び寄せたんだっ!鏡に向かって帰ってくれと頼めっ」
だが、高遠は恐怖に歪んだ表情で鏡から目を逸らしている。
「その鏡の中に何が見えてるのか知らないけど、それはお前が呼んだものだ!お前が、そこにいてほしいと、無意識のうちに望んだものなんだっ」
(僕が、望んだ?)
高遠には、何を言われているのかわからなかった。いったい誰がこんな恐ろしいことを望むというのか。
だが、稔はさらに言い募る。
「庭に餌を撒けば鳥が集まるだろ!お前がやったのはそれと同じことだっ。ここでいつも憎しみを振りまいていたっ、それにつられて奴らが集まって来たんだっ」
(……憎しみ)
高遠は、鬼のような形相で鏡を見ていた自分の姿を思い出した。
では、一連の出来事は、すべて自分が引き起こしたことなのだろうか。
(じゃあ、新井も、久我下も、藤蒔も、僕のせいで……?)
ズズッ
「うわあっ!」
急に強く引っ張られ、稔達は声を上げた。高遠の腕が、十センチほど鏡の中に沈む。
「高遠っ!しっかりしろよっ!」
だが、高遠はうなだれたまま、顔を上げようとしない。じりじりと右腕が鏡に引き込まれていくのに、それに抗う様子も見せない。
「おいっ!」
稔の呼びかけに、ほんのわずかに顔を上げ、うつろな目で稔を見た。
「……いい……よ、放してくれて……」
「なっ……」
稔は絶句した。
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