緑の輪っかの魔法

荒瀬ヤヒロ

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 王子様と結婚できるおまじないをかけてあげる。

 十歳の少女には、それはとても魅力的な魔法に思えた。


 ***



 いよいよ明日がシエラが王太子から指輪を贈られる日だ。
 慶事を前に浮き足立つ者ばかりの学園で、シエラがサリーに打たれたのは人気のない中庭でのことだ。

「いい加減にしなさいよ!」
「……」

 怒鳴りつけるサリーの前で、打たれた頬を押さえたシエラは唇を噛んで俯いていた。

「アンタは黙って私に従っていればいいのよ! 余計なことを言ったら許さないからね!」
「……でも、やっぱり、いやよ。私は」
「黙りなさいっ!」

 サリーは目をつり上げて目の前のシエラを怒鳴りつけた。
 そこへ、

「シエラ!」

 姉妹が衝突していることを誰かから聞きつけたのか、カイルが現れて自らの婚約者に駆け寄った。

「サリー! 何故こんなことをするんだ!」

 カイルはシエラを抱きしめて庇いながら、サリーを責めた。

「殿下。シエラが怖じ気付いているのがいけないのですわ。迷惑しているのはこちらですのよ」

 サリーは冷たい目を向けてシエラを罵る。
 カイルは怒りに燃える目でサリーを睨みつけた。

「君のような女がシエラの妹だなんて信じられないよ。明日は大事な日だ。シエラに近づいたら許さないぞ」
「殿下! おやめください!」

 シエラが涙を流しながらカイルを止めた。

「悪いのは私なのです……すべて、私が……」
「めそめそしないでちょうだい。鬱陶しいわ」

 サリーは忌々しげに眉を跳ね上げて、シエラとカイルに背を向けた。
 いつの間にか集まってきていた人々の視線に晒されて、サリーは平気な顔でその中を突っ切っていった。
 誰もいない場所に行きたい。そう思って、足を向けたのは裏庭のベンチだった。じきに午後の授業が始まるので、校舎から離れた裏庭に生徒の姿はない。
 授業開始の鐘の音を聞きながら、サリーはベンチに座ったままでいた。

「サボるのか?」

 誰もいないはずだったのに、そんな声がかけられる。

「どうして、いつも現れるの?」
「中庭から追いかけてきた」

 オーガストは躊躇うことなくサリーの隣に腰掛ける。

「私は一人になりたかったのに」
「だが、お前を一人にしてはいけないという気がした」

 オーガストの言葉を聞いて、サリーは「ふふっ」と微笑んだ。

「ねえ。貴方は隣国から来たのよね。この国の貴族にはない名前だもの」
「そうだ。来月には国に帰り、自国の学園を卒業するつもりだ」

 短期の留学だと答えるオーガストに、サリーは「それならいいかしら」と呟いた。

「ねえ、お願いがあるのだけれど。その辺の草を千切って、輪っかを作って私にくれない?」

 妙なことを言い出すサリーに、オーガストは目を瞬かせた。

「王子様から指輪をもらえば、女の子はハッピーエンドになれるのよ」

 サリーは愉快そうに笑っていたが、オーガストの目にはやはり彼女が泣いているように見えた。
 だから、言われるままに足下の草を千切って、緑の小さい輪っかを作ると、サリーの手を取って輪っかを指に通した。

「これでいいのか?」
「ふふ……そうねぇ。うれしいわ、と言いたいところだけど、残念。私は今日はまだ十五歳なのよ。明日にならないと、婚約指輪は受け取れないわ」

 そう言って、満足そうに指を飾る緑の輪っかを眺めるサリー。

「なら、明日もう一度指輪をやるよ」
「本当? 楽しみにしているわ」

 オーガストの冗談に、サリーはころころと笑った。


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