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しおりを挟む王太子カイルは婚約者のことを案じていた。
昔、お茶会で出会ったシエラはとても明るく話していて気持ちの良い女の子だった。そこが気に入って婚約者に選んだというのに、彼女はすっかり控えめで弱々しい性格になってしまった。サリーのせいで。
カイルがシエラを婚約者に選んだ直後から、サリーはシエラに対してひどい態度を取るようになった。
姉妹の両親は最初のうちは憧れの王子様に選ばれたシエラへの嫉妬だろう、いずれ仲の良い姉妹に戻るだろうと思っていた。
だが、サリーのシエラへの高圧的な態度は年々ひどくなるばかりで、明るい性格だったシエラは妹に怯えて萎縮するようになってしまった。
両親は何度をサリーを諫めたが、彼女が態度を変えることはなかった。
そうして、シエラとサリーの十六歳の誕生日が三日後に迫っていた。
その日が近づくにつれ、シエラはおろおろして落ち着かなくなり、サリーはいつにもましてシエラに冷たく当たった。
十六歳になれば、シエラとカイルの婚約は正式に国民に発表され、二年後の結婚式に向けての準備が始まる。
王太子は結婚する相手にプロミスリングを贈るのが習わしとなっている。
「シエラ様、いよいよですわね」
「結婚式が楽しみですわ」
学園ではシエラは友人達に囲まれて過ごしていた。
友人達は大事な日を前に、サリーがシエラを傷つけないように壁となっていた。
家庭でも、サリーがシエラに何かしないように常に両親と使用人達の目が光っている。
そんな日々も、あと三日で終わる。
サリーの胸には「やっと」という思いと「もう」という思いが絡まり合ってもつれている。
「やっと、終わるわ……もう、おしまい」
窓の外を眺めながら、ふと呟いた。
「何が終わるんだ?」
声を掛けられても、サリーは驚かなかった。
「また、貴方なの。何か用?」
「どうしていつも泣きそうな顔をしているんだ。何がそんなに悲しいのか教えてくれ」
サリーは振り向いてオーガストに目を向けた。
「悲しくなんかないわ」
「おかしいな。噂では「王太子から指輪をもらう姉を嫉妬した妹が襲うかもしれない」と皆が心配していたが、お前の顔には嫉妬なんぞ微塵も浮かんでいない」
サリーは動揺を押し隠して胸をのけぞらせた。
「そん……」
「それに、姉の方を見たが、あれは婚約に浮かれている少女には見えない。何かにひどく怯えているようだ」
サリーが息を飲んで口を噤んだ。オーガストはサリーの小さく震える手をそっと握った。
「皆はお前をシエラに近づけないようにしているが、シエラの方はお前と話したがっているようにも見えた」
オーガストは己の目で見たものをそのまま告げた。サリーはの表情はひどく頼りなげで、到底皆が言うような悪役令嬢には見えないのだった。
サリーがシエラに辛く当たるには何か理由がある。オーガストはそう確信した。
「お前とシエラは、いったい何に怯えているんだ?」
「……放してっ!」
小さく叫んで、サリーはオーガストの腕を振り払って駆け出した。
いけない。弱い自分を見せてはいけない。怖がっていることに気づかれてはいけない。
(今まで隠し通してきたんだもの。あと少しなのよ)
あと少し、あと少し、と、シエラは自分に言い聞かせた。
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