6 / 55
第6話 公爵令息エリオット・フレインの戦慄
しおりを挟む男爵令嬢が公爵令嬢の胸を揉んだ。由々しき事態である。
朝からずっと頭を抱えていたエリオットは、昼休みに入るなり席を立って二年生の教室へ向かった。
スカーレットのクラスは昨日のうちに調べてある。
エリオットは自身が目立つと知っている。廊下を歩いているだけでも注目を浴びるし、令嬢達は頬を赤らめる。
本来であれば、目立たないように人をやって穏便に呼び出すべきであろう。だが、ミリアのやったことを考えると、バークス男爵家にそこまで気を遣ってやる必要はないと思える。
故に、エリオットは教室の戸を開けるなり張りのある声で呼ばわった。
「スカーレット・バークス男爵令嬢、話がある」
「申し訳ございません。義妹がご迷惑を」
「教室の戸を開けて呼んだだけで土下座は止めてくれ!」
目にも留まらぬ早さで平伏したスカーレットに、エリオットは周りからの視線が突き刺さるのを感じて焦った。事情を知らない者から見たら、淑女と名高い令嬢を土下座させるまで追い込んだ公爵令息である。
「聞きたいことがある。一緒に来てくれ」
「かしこまりました」
土下座を止めたスカーレットは、まっすぐに背筋を伸ばしてエリオットの横に立った。
その姿勢といい、音を立てずに歩く所作といい、淑女の鑑と呼ばれるのは納得の美しさだ。
(こんな完璧な令嬢の義妹が、なんであんななんだ……?)
エリオットは首を傾げた。ついでに、その完璧な令嬢が義妹の横腹に見事なタックルをかましたことを思い出して複雑な気分になった。
食堂の二階に設けられた高位貴族専用の個室へ案内すると、スカーレットは少し臆したようだった。
「どうした?入れ」
「……申し訳ございません。学生の身といえど、殿方と二人で個室へ入ることは出来ません」
エリオットは少し目をみはった。確かに、異性と二人きりになるのは良くないが、学生の間はよっぽど目に余る行動さえなければ大目に見られるものだ。まして、美貌のエリオットに誘われれば、他の令嬢なら喜んで個室に入るだろうに。
「わかった。では、扉を半分開けておく。それでどうだ」
「……お気を遣っていただき、ありがとうございます」
ようやく個室に入ってきたスカーレットに肩をすくめ、エリオットは食堂の職員に二人分の昼食を運ばせた。
スカーレットは恐縮していたが、ゆっくり話を聞きたいからと説き伏せて食事をとらせた。
「君の義妹の目的を聞かせてもらいたい」
何を聞かれるかは理解していたに違いない。スカーレットは些かも動揺せずに目を伏せた。
「義妹の振る舞いはけっして許されるものではありません。ですが、あの子は私のためになろうと必死なのです。ですから、どうぞ処罰はあの子ではなく私へ」
口先だけではない覚悟を感じさせるスカーレットに、エリオットは眉をひそめた。
母を亡くしてすぐに乗り込んできた愛人の連れ子などをどうして庇うのか。奇行を理由にさっさと引き渡して処罰してしまえばいいではないか。
エリオットはそう考えて、スカーレットの本心を探ろうと伏せられた目をみつめた。紫というには少し淡い、菫色の瞳は揺るぎない知性を湛えてやわらかく輝いている。
美しい。あんな見事なタックルをかますとは到底思えない。
「エリザベート嬢は王太子の婚約者だ。君の義妹にスカートをめくられたり胸を揉まれたりしていいような身分じゃない」
「どのような身分の女性であれ、スカートをめくられたり胸を揉まれたりしていい訳はありませんが、おっしゃる通りです」
「君の義妹はエリザベート嬢をどうするつもりなんだ?」
「ビルフォード公爵令嬢に危害をくわえるつもりはありません。ただ、あの子は……」
顔を上げたスカーレットが、何か言い掛けて固まった。
「?」
スカーレットが自分の背後を凝視して硬直したため、エリオットは後ろを振り向いた。
半開きになった扉の隙間から、ミリアが半分だけ顔を覗かせてこちらを見ていた。
「ふふふ……お姉様。こんなところで何をなさっているの?」
ミリアはニタリと笑った。
「お姉様ともあろう方が、個室で男性と……フレイン公爵令息様とお食事だなんて……ふふふ……お姉様、ようやく私の言うことをわかってくれたのね……ふふふ」
「ち、違うのよ、ミリア!これは……」
「いいのよ、お姉様。いいのよ……ふふふ……」
ミリアはすーっと横移動で扉の陰に引っ込んだ。不気味にも程がある。
エリオットは慌てて立ち上がって半開きにしていた扉を全開にした。
だが、ミリアの姿は既にどこにもなかった。
「ど、どこに行ったんだ……?」
姿を隠せる時間などなかったはずだ。
「何者なんだ……?」
たかが男爵令嬢と侮っていたミリアの底知れぬ不気味さに、エリオットは戦慄した。
43
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。
槙村まき
恋愛
スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。
それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。
挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。
そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……!
第二章以降は、11時と23時に更新予定です。
他サイトにも掲載しています。
よろしくお願いします。
25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!
【完結】義妹(ヒロイン)の邪魔をすることに致します
凛 伊緒
恋愛
伯爵令嬢へレア・セルティラス、15歳の彼女には1つ下の妹が出来た。その妹は義妹であり、伯爵家現当主たる父が養子にした元平民だったのだ。
自分は『ヒロイン』だと言い出し、王族や有力者などに近付く義妹。さらにはへレアが尊敬している公爵令嬢メリーア・シェルラートを『悪役令嬢』と呼ぶ始末。
このままではメリーアが義妹に陥れられると知ったへレアは、計画の全てを阻止していく──
─義妹が異なる世界からの転生者だと知った、元から『乙女ゲーム』の世界にいる人物側の物語─
行き倒れていた人達を助けたら、8年前にわたしを追い出した元家族でした
柚木ゆず
恋愛
行き倒れていた3人の男女を介抱したら、その人達は8年前にわたしをお屋敷から追い出した実父と継母と腹違いの妹でした。
お父様達は貴族なのに3人だけで行動していて、しかも当時の面影がなくなるほどに全員が老けてやつれていたんです。わたしが追い出されてから今日までの間に、なにがあったのでしょうか……?
※体調の影響で一時的に感想欄を閉じております。
【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。
なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。
本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
本当に現実を生きていないのは?
朝樹 四季
恋愛
ある日、ヒロインと悪役令嬢が言い争っている場面を見た。ヒロインによる攻略はもう随分と進んでいるらしい。
だけど、その言い争いを見ている攻略対象者である王子の顔を見て、俺はヒロインの攻略をぶち壊す暗躍をすることを決意した。
だって、ここは現実だ。
※番外編はリクエスト頂いたものです。もしかしたらまたひょっこり増えるかもしれません。
今度は、私の番です。
宵森みなと
恋愛
『この人生、ようやく私の番。―恋も自由も、取り返します―』
結婚、出産、子育て――
家族のために我慢し続けた40年の人生は、
ある日、検査結果も聞けないまま、静かに終わった。
だけど、そのとき心に残っていたのは、
「自分だけの自由な時間」
たったそれだけの、小さな夢だった
目を覚ましたら、私は異世界――
伯爵家の次女、13歳の少女・セレスティアに生まれ変わっていた。
「私は誰にも従いたくないの。誰かの期待通りに生きるなんてまっぴら。自分で、自分の未来を選びたい。だからこそ、特別科での学びを通して、力をつける。選ばれるためじゃない、自分で選ぶために」
自由に生き、素敵な恋だってしてみたい。
そう決めた私は、
だって、もう我慢する理由なんて、どこにもないのだから――。
これは、恋も自由も諦めなかった
ある“元・母であり妻だった”女性の、転生リスタート物語。
転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ
karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。
しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる