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第16話 公爵令息エリオット・フレインの後悔
しおりを挟むバークス男爵は悪人ではないものの、妻にも娘にも興味を持たない人物らしい。先妻が亡くなってすぐに後妻を迎えたのも、周りからあれこれと言われたり男爵夫人の座を狙った女にまとわりつかれるのが煩わしいからだった。
先妻は娘スカーレットを案じて、自分に何かあったらよろしく頼むと仲の良いテオジール家に頼んでいた。それで、先妻が亡くなった後、テオジール家はスカーレットをジムの婚約者にしたのだ。
スカーレットは義妹のミリアとも仲が良く、魅力的な令嬢に成長した。
そして、十六歳でデビュタントを迎えた際に、厄介な相手に目を付けられた。
「グンジャー侯爵が、スカーレットに妾になれと言ってきたんです」
ジムの言葉に、エリオット達は唖然とした。
「グンジャー侯爵って、五十過ぎてるだろ」
「妻、じゃなくて、妾とは何事だ!デビュタントを迎えたばかりの令嬢に対して……」
「男爵家の令嬢など、妾で十分だと言われました。もちろん、断りました。スカーレットには婚約者がおります、と」
男爵夫人が膝の上で握った拳を震わせた。
「……そうか。妻にするなら、陛下から婚姻許可をいただかなくてはならない。いくらなんでも、婚約者のいる十六の令嬢との婚姻が認められる訳がない。無理矢理婚約を解消させて結婚したら、グンジャー侯爵は非難の的になるだろう」
「それで、妾かよ。誰の許可を得る必要もないから」
クラウスとガイがあまりのおぞましさに顔を歪めた。エリザベートも美しい顔を悲痛に歪めている。
「侯爵は、我がテオジール家に様々な圧力を掛けてきました。スカーレットとの婚約を解消するように、と」
「スカーレットは、テオジール家に迷惑を掛けることをずっと気に病んでいて……」
グンジャー侯爵は高位貴族に根回しして、テオジール家が訴え出られないように計ったという。テオジール家とつき合いのある下位貴族では当然太刀打ち出来ず、バークス男爵は娘の危機にも興味を示さず、どうにも出来ないところまで追いつめられてしまった。
「それで、ミリアが言い出したんです。侯爵よりももっと高位の貴族にスカーレットを助けてくれるように頼む、と」
ジムの言葉に、エリオット達ははっとした。
エリザベートを人質に取ってまで、ミリアがアレンに要求したかったこととは、「スカーレットを救うこと」だったのか。
「ミリアは、スカーレットが侯爵でも手を出せない高位貴族に見初められるか、王太子殿下に頼んで守ってもらうしかないと言って、スカーレットを説得しようとしました。でも、スカーレットは他の家に迷惑を掛けてはいけないとミリアを窘めていました」
男爵夫人が泣き崩れた。
「男爵家の訴えでは、勝ち目などない。王家や高位貴族は男爵家より侯爵家の言い分を優遇するだろうと、スカーレットは言いました。ミリアは、それなら王太子殿下を脅してでも味方になってもらうと言い張って……学園では皆様に大変な迷惑をおかけしました。お許しください」
ジムがミリアの代わりにアレンとエリザベートに頭を下げた。
「これ以上、ミリアが王太子殿下やビルフォード公爵令嬢に不敬を働けば、間違いなく処罰されるでしょう。スカーレットは、ミリアと私達を守るために、今朝、テオジール家を訪れて、婚約を解消してくれと……」
ジムがぐっと唇を噛んだ。
「では、スカーレット嬢はっ?」
「……説得しても、意志が固く……婚約を、解消してしまいました。彼女は、そのまま侯爵の使いに連れて行かれて……」
エリオットは愕然とした。エリザベートが「そんなっ」と呻く。
ミリアはそれを知って飛び出していったのか。
(スカーレット嬢が……)
エリオットの頭が、ガンガンと痛んだ。
完璧な淑女の顔と、義妹にタックルを食らわせて本気で叱りつける姿が脳裏に蘇る。
王太子を脅すという危険な真似をしてでも義姉を守りたいと思うほど、ミリアにとっては大好きな姉なのだろう。
王太子を狙っているとか、義姉の婚約者を奪おうとしている、だなんて、なんという愚かな誤解をしたものか。もっと早く、ちゃんと話を聞いていれば。
もう、―――間に合わないのか。
(……いや!)
「アレン!頼みがある!」
まだ、方法はある。
エリオットはスカーレットを助けたいと、心の底から願った。
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