16 / 55
第16話 公爵令息エリオット・フレインの後悔
しおりを挟むバークス男爵は悪人ではないものの、妻にも娘にも興味を持たない人物らしい。先妻が亡くなってすぐに後妻を迎えたのも、周りからあれこれと言われたり男爵夫人の座を狙った女にまとわりつかれるのが煩わしいからだった。
先妻は娘スカーレットを案じて、自分に何かあったらよろしく頼むと仲の良いテオジール家に頼んでいた。それで、先妻が亡くなった後、テオジール家はスカーレットをジムの婚約者にしたのだ。
スカーレットは義妹のミリアとも仲が良く、魅力的な令嬢に成長した。
そして、十六歳でデビュタントを迎えた際に、厄介な相手に目を付けられた。
「グンジャー侯爵が、スカーレットに妾になれと言ってきたんです」
ジムの言葉に、エリオット達は唖然とした。
「グンジャー侯爵って、五十過ぎてるだろ」
「妻、じゃなくて、妾とは何事だ!デビュタントを迎えたばかりの令嬢に対して……」
「男爵家の令嬢など、妾で十分だと言われました。もちろん、断りました。スカーレットには婚約者がおります、と」
男爵夫人が膝の上で握った拳を震わせた。
「……そうか。妻にするなら、陛下から婚姻許可をいただかなくてはならない。いくらなんでも、婚約者のいる十六の令嬢との婚姻が認められる訳がない。無理矢理婚約を解消させて結婚したら、グンジャー侯爵は非難の的になるだろう」
「それで、妾かよ。誰の許可を得る必要もないから」
クラウスとガイがあまりのおぞましさに顔を歪めた。エリザベートも美しい顔を悲痛に歪めている。
「侯爵は、我がテオジール家に様々な圧力を掛けてきました。スカーレットとの婚約を解消するように、と」
「スカーレットは、テオジール家に迷惑を掛けることをずっと気に病んでいて……」
グンジャー侯爵は高位貴族に根回しして、テオジール家が訴え出られないように計ったという。テオジール家とつき合いのある下位貴族では当然太刀打ち出来ず、バークス男爵は娘の危機にも興味を示さず、どうにも出来ないところまで追いつめられてしまった。
「それで、ミリアが言い出したんです。侯爵よりももっと高位の貴族にスカーレットを助けてくれるように頼む、と」
ジムの言葉に、エリオット達ははっとした。
エリザベートを人質に取ってまで、ミリアがアレンに要求したかったこととは、「スカーレットを救うこと」だったのか。
「ミリアは、スカーレットが侯爵でも手を出せない高位貴族に見初められるか、王太子殿下に頼んで守ってもらうしかないと言って、スカーレットを説得しようとしました。でも、スカーレットは他の家に迷惑を掛けてはいけないとミリアを窘めていました」
男爵夫人が泣き崩れた。
「男爵家の訴えでは、勝ち目などない。王家や高位貴族は男爵家より侯爵家の言い分を優遇するだろうと、スカーレットは言いました。ミリアは、それなら王太子殿下を脅してでも味方になってもらうと言い張って……学園では皆様に大変な迷惑をおかけしました。お許しください」
ジムがミリアの代わりにアレンとエリザベートに頭を下げた。
「これ以上、ミリアが王太子殿下やビルフォード公爵令嬢に不敬を働けば、間違いなく処罰されるでしょう。スカーレットは、ミリアと私達を守るために、今朝、テオジール家を訪れて、婚約を解消してくれと……」
ジムがぐっと唇を噛んだ。
「では、スカーレット嬢はっ?」
「……説得しても、意志が固く……婚約を、解消してしまいました。彼女は、そのまま侯爵の使いに連れて行かれて……」
エリオットは愕然とした。エリザベートが「そんなっ」と呻く。
ミリアはそれを知って飛び出していったのか。
(スカーレット嬢が……)
エリオットの頭が、ガンガンと痛んだ。
完璧な淑女の顔と、義妹にタックルを食らわせて本気で叱りつける姿が脳裏に蘇る。
王太子を脅すという危険な真似をしてでも義姉を守りたいと思うほど、ミリアにとっては大好きな姉なのだろう。
王太子を狙っているとか、義姉の婚約者を奪おうとしている、だなんて、なんという愚かな誤解をしたものか。もっと早く、ちゃんと話を聞いていれば。
もう、―――間に合わないのか。
(……いや!)
「アレン!頼みがある!」
まだ、方法はある。
エリオットはスカーレットを助けたいと、心の底から願った。
36
あなたにおすすめの小説
【完結】義妹(ヒロイン)の邪魔をすることに致します
凛 伊緒
恋愛
伯爵令嬢へレア・セルティラス、15歳の彼女には1つ下の妹が出来た。その妹は義妹であり、伯爵家現当主たる父が養子にした元平民だったのだ。
自分は『ヒロイン』だと言い出し、王族や有力者などに近付く義妹。さらにはへレアが尊敬している公爵令嬢メリーア・シェルラートを『悪役令嬢』と呼ぶ始末。
このままではメリーアが義妹に陥れられると知ったへレアは、計画の全てを阻止していく──
─義妹が異なる世界からの転生者だと知った、元から『乙女ゲーム』の世界にいる人物側の物語─
悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。
槙村まき
恋愛
スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。
それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。
挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。
そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……!
第二章以降は、11時と23時に更新予定です。
他サイトにも掲載しています。
よろしくお願いします。
25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!
行き倒れていた人達を助けたら、8年前にわたしを追い出した元家族でした
柚木ゆず
恋愛
行き倒れていた3人の男女を介抱したら、その人達は8年前にわたしをお屋敷から追い出した実父と継母と腹違いの妹でした。
お父様達は貴族なのに3人だけで行動していて、しかも当時の面影がなくなるほどに全員が老けてやつれていたんです。わたしが追い出されてから今日までの間に、なにがあったのでしょうか……?
※体調の影響で一時的に感想欄を閉じております。
転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ
karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。
しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。
【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。
なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。
本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
本当に現実を生きていないのは?
朝樹 四季
恋愛
ある日、ヒロインと悪役令嬢が言い争っている場面を見た。ヒロインによる攻略はもう随分と進んでいるらしい。
だけど、その言い争いを見ている攻略対象者である王子の顔を見て、俺はヒロインの攻略をぶち壊す暗躍をすることを決意した。
だって、ここは現実だ。
※番外編はリクエスト頂いたものです。もしかしたらまたひょっこり増えるかもしれません。
今度は、私の番です。
宵森みなと
恋愛
『この人生、ようやく私の番。―恋も自由も、取り返します―』
結婚、出産、子育て――
家族のために我慢し続けた40年の人生は、
ある日、検査結果も聞けないまま、静かに終わった。
だけど、そのとき心に残っていたのは、
「自分だけの自由な時間」
たったそれだけの、小さな夢だった
目を覚ましたら、私は異世界――
伯爵家の次女、13歳の少女・セレスティアに生まれ変わっていた。
「私は誰にも従いたくないの。誰かの期待通りに生きるなんてまっぴら。自分で、自分の未来を選びたい。だからこそ、特別科での学びを通して、力をつける。選ばれるためじゃない、自分で選ぶために」
自由に生き、素敵な恋だってしてみたい。
そう決めた私は、
だって、もう我慢する理由なんて、どこにもないのだから――。
これは、恋も自由も諦めなかった
ある“元・母であり妻だった”女性の、転生リスタート物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる