義妹がやらかして申し訳ありません!

荒瀬ヤヒロ

文字の大きさ
24 / 55

第24話 公爵令息エリオット・フレインの無言

しおりを挟む




 スカーレットと友人になる。
 そう考えれば、だいぶ気が楽になった。
 何も特別なことをしなくとも、ただ彼女が心穏やかに過ごせるように気を配り、傷つけられそうになった時には盾となればいいのだ。
 スカーレットはエリオットに媚びてくるような令嬢とは違うのだし、こちらも取り繕わずに自然体で接すればいいだろう。

「という訳で、今日の昼食の時間に話題になりそうな内容を予測してまとめてきた。返答のパターンと次の話題に移るタイミングなどを計算してある上に、巷で流行っている物や人気の店なども書き出して全部暗記した。これで今日の昼食はばっちりだ!」
「いや、全然気楽になってねぇじゃん!」
「むしろ悪化しとる!」
「まさか徹夜したのか!?なんだその目の下のクマは!」

 やたらと分厚いノートを手に誇らしそうな顔をするエリオットに、アレン達は怒濤の突っ込みを入れた。エリザベートからは絶対零度の視線を注がれる。本日の朝の生徒会室である。

「思っていた以上にエリオットがポンコツだった!」
「誰がポンコツだ。これぐらいの備えをするのは当然だろう?スカーレット嬢を不用意に傷つけたら、ミリア嬢が何をするかわからないんだぞ」

 義姉のためなら王太子の婚約者のスカートもめくろうとする令嬢である。王太子の側近候補程度の公爵令息など躊躇いもなく潰しにくるだろう。警戒を怠るべきではない。

「それはそうかもしれないが……」
「まあ見ていろ。俺はスカーレット嬢と完璧に友人になってみせる!」

 エリオットは何か言いたげな面々の前で、ノートを手に颯爽と生徒会室を後にした。

「……大丈夫だろうか?」
「いや、大丈夫じゃない」

 アレン達は顔を見合わせてから頭を抱えて溜め息を吐いた。



 昼休み、意気揚々とスカーレットの教室に赴いたエリオットは、頭の中で昨日何度も思い描いたエスコート手順を復習した。教室の戸を開けて、スカーレットの名を呼び、手を差し出す。奥ゆかしいスカーレットは手を重ねることを躊躇うかもしれないが、そうしたら少し強引に手を取って教室から連れ出そう。食堂の個室に着いたら、恥ずかしく頬を染めてしまったスカーレットに強引に連れてきてしまったことを謝って、「すまない。君があんまり魅力的だったから」と言えばスカーレットは胸を押さえて「もう……からかわないでくださいまし!」とちょっと怒ったふりをするのだ。だが、膨れた頬は真っ赤に染まっているから説得力がない。(参考文献:公爵家の侍女から借りた恋愛小説)

(うん、完璧だ!よーし、待ってろスカーレット嬢!)

「スカーレット嬢、待たせたな……」

 教室の戸口に立って、ふわりと微笑んで彼女を呼んだ。
 呼ばれた彼女は弾かれるように立ち上がり、顔を赤くして「は、はい!」と返事をして少しおそるおそる近づいてくる――はずだった。エリオットの脳内予想では。

 現実の教室の中では、スカーレットが冷たい表情で義妹に関節技を掛けて締め上げていた。

「お姉様、ギブギブギブ……っ」
「黙りなさい。私は何度も言ったはずよ。姉の胸を揉むのはやめろと」
「他の令嬢の胸を揉んだら怒り狂うではありませんか!」
「当たり前でしょう?そもそも何故胸を揉むの?」
「ふっ……そんなの、女の特権を行使して、周りの男どもの羨望の視線を集めて優越に浸りたいからに決まっているではありませんか!」
「私はいったいどこで貴女の教育を間違ったのかしら?」

 スカーレットは困惑げに眉をひそめて、儚い溜め息を吐いた。
 ただし、締め上げる力は少しも緩んでいない。

「いい?ミリア。普通の令嬢は女性の胸を揉みたいなどと邪な欲望は抱かないものよ」
「いいえ、お姉様。それは違います」

 ミリアはきっ、と目に力を込めた。

「美人を好きなのは男だけだと思ったら大間違いです。女だって美人は好きなのです。むしろ男以上に美人が好きかもしれません。だって、女性は美しいものが好きな生き物ですもの!だから、お姉様のような美人の胸を揉みたいと思うことは不思議ではありません。――そこの貴女!」
「え?わたくし?」

 ミリアが教室内で呆気にとられていた令嬢の一人に声をかけた。確かあれは伯爵家の令嬢だったな、とエリオットはぼんやりと思った。

「私のお姉様の胸、揉んでいいと言われたら揉んでみたいでしょう?正直に!」
「ええ!?そ、そんな……わたくしはそんなこと……うっ、でも……スカーレット様の……服を着ていてもわかる形の良さを触って確かめたい気持ちも決して否定できなく……」
「アルメリア様!ミリアの戯言を取り合わなくて結構です!義妹が申し訳ございません!」

 生真面目に悩み出した伯爵令嬢に、スカーレットが謝罪する。

「仕方がありませんわ。だってお姉様の胸は――あら、フレイン様」

 何か言い掛けたミリアが、戸口に立ち尽くすエリオットに気づいて声を上げた。
 それでこちらに気づいたスカーレットが義妹を解放してエリオットに駆け寄る。

「フレイン様。申し訳ございません。お見苦しいものをお見せして」
「あ、ああ。いや……」

 ミリアが何を言い掛けたのか気になったが、エリオットは気を取り直してスカーレットに微笑みかけた。スカーレットの胸は何だというのだろう?

「ちゅ、昼食を共にしたいのだが、いいかい?」
「はい、喜んで。光栄でございます」

 スカーレットは花が綻ぶように微笑んだ。辺りの空気まで華やかに変わりそうなほど美しい。とても、たった今まで義妹に関節技をキメていた令嬢とは思えない。

「で、では、行こうか?」
「はい。――ミリア、他の方のご迷惑にならないようになさいね」

 スカーレットはミリアにそう言い置いて、エリオットの後ろを付いてきた。
 エリオットの脳内からはあんなに綿密に立てた計画がすべて吹っ飛んでしまい、計画では気取りのないウィットに富んだ会話をしてスカーレットの心の壁を取り払う予定だったのだが、現実のエリオットは食堂に辿り着くまで一言も会話できずに無言を貫いてしまったのだった。




しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき
恋愛
 スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。  それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。  挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。  そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……! 第二章以降は、11時と23時に更新予定です。 他サイトにも掲載しています。 よろしくお願いします。 25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!

【完結】義妹(ヒロイン)の邪魔をすることに致します

凛 伊緒
恋愛
伯爵令嬢へレア・セルティラス、15歳の彼女には1つ下の妹が出来た。その妹は義妹であり、伯爵家現当主たる父が養子にした元平民だったのだ。 自分は『ヒロイン』だと言い出し、王族や有力者などに近付く義妹。さらにはへレアが尊敬している公爵令嬢メリーア・シェルラートを『悪役令嬢』と呼ぶ始末。 このままではメリーアが義妹に陥れられると知ったへレアは、計画の全てを阻止していく── ─義妹が異なる世界からの転生者だと知った、元から『乙女ゲーム』の世界にいる人物側の物語─

行き倒れていた人達を助けたら、8年前にわたしを追い出した元家族でした

柚木ゆず
恋愛
 行き倒れていた3人の男女を介抱したら、その人達は8年前にわたしをお屋敷から追い出した実父と継母と腹違いの妹でした。  お父様達は貴族なのに3人だけで行動していて、しかも当時の面影がなくなるほどに全員が老けてやつれていたんです。わたしが追い出されてから今日までの間に、なにがあったのでしょうか……? ※体調の影響で一時的に感想欄を閉じております。

【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。

なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。 本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

本当に現実を生きていないのは?

朝樹 四季
恋愛
ある日、ヒロインと悪役令嬢が言い争っている場面を見た。ヒロインによる攻略はもう随分と進んでいるらしい。 だけど、その言い争いを見ている攻略対象者である王子の顔を見て、俺はヒロインの攻略をぶち壊す暗躍をすることを決意した。 だって、ここは現実だ。 ※番外編はリクエスト頂いたものです。もしかしたらまたひょっこり増えるかもしれません。

今度は、私の番です。

宵森みなと
恋愛
『この人生、ようやく私の番。―恋も自由も、取り返します―』 結婚、出産、子育て―― 家族のために我慢し続けた40年の人生は、 ある日、検査結果も聞けないまま、静かに終わった。 だけど、そのとき心に残っていたのは、 「自分だけの自由な時間」 たったそれだけの、小さな夢だった 目を覚ましたら、私は異世界―― 伯爵家の次女、13歳の少女・セレスティアに生まれ変わっていた。 「私は誰にも従いたくないの。誰かの期待通りに生きるなんてまっぴら。自分で、自分の未来を選びたい。だからこそ、特別科での学びを通して、力をつける。選ばれるためじゃない、自分で選ぶために」 自由に生き、素敵な恋だってしてみたい。 そう決めた私は、 だって、もう我慢する理由なんて、どこにもないのだから――。 これは、恋も自由も諦めなかった ある“元・母であり妻だった”女性の、転生リスタート物語。

転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ

karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。 しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。

処理中です...