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第32話 男爵令嬢ミリア・バークスの糾弾
しおりを挟む校舎内を一回りしたが、エリザベートもミリアもみつからない。
「くそっ!エリザベートをどこに隠したんだ!」
アレンが焦りを滲ませて唸る。
「あと探していない場所は……天井裏か?」
エリオットも額を押さえて悩む。
「もしかしたら、学園の外に連れさられたのかも……」
「そんなっ」
男二人が絶望しかけている横で、スカーレットは窓から庭を見て人影を探していた。
昔、ミリアが男爵家に来たばかりの頃、使用人がたくさんいる家の中では息が詰まってしまうだろうと、よく庭に連れ出した。そして、一人になりたい時に上手く身を隠す方法や、野外で過ごさなければならなくなった時の心得を教えてやった。
そのことを思い出してじっと緑に目を凝らしていたスカーレットの目に、か細くたなびく煙が見えた。
スカーレットはハッとしてエリオットとアレンを呼んだ。
「王太子殿下!エリオット様!―――森です!」
スカーレットに従って裏庭から続く森へ駆け込んだ時、エリオットはふっと胸が騒いだ。スカーレットの後ろ姿に、小さな影が重なる。
エリオットは走りながら頭を振り、幻影を打ち払った。
川の近くまで来た時、少女の悲鳴が耳に届いた。
「や、やめて!これ以上は……っ」
「エリザベート!?」
アレンがその声に息を飲んだ。
「駄目よ、こんなの……っ!」
「くくく……口ではそんなこと言って、体は正直ですよ?ご自分がどんなに物欲しそうな顔をなさっているか理解していらして?」
「わ、わたくしはそんなはしたないことっ……」
「いいではありませんか。ここには私しかいないのですから、王太子殿下の婚約者でも、公爵令嬢でもなく、ただの一人の少女として自らの心に正直になっても」
「無理よ……わたくしはずっと、それを隠して……これからだってっ」
「偽りの姿のままではビルフォード様のお心が死んでしまいます。ほら……今だけは欲望に逆らわず思うままに貪って」
「エリザベート!!」
自らの婚約者が今まさに悪魔に誘惑されている。彼女が堕ちてしまう前に救い出さねばと、アレンは声の聞こえる方へ飛び込んでいった。
「エリザベート!無事かっ!?」
「ああっ!わたくしは、もぐもぐ、なんて罪深いもぐ、ことをっ……」
「ほーら、もっと振りかけますよ~」
「こ、これ以上は神がお許しにならないわっ、もぐっ」
ぱちぱちと焚き火がはぜる。煙と共に香ばしい匂いが流れ、串に刺されて程良く焼けた魚にミリアが塩を振りかけている。
そして、その塩がたっぷりかけられた魚の串にかぶりついているのが、エリザベートだった。
「どうですか?ビルフォード様」
「うう……わたくしは罪深い……もぐ、おいひぃ……」
いつもの無表情をくったりと緩めて、エリザベートが膨らんだほっぺをもぐもぐと動かす。
「エ、エリザベート……?」
「きゃっ!……殿下!?」
アレンの存在に気づいたエリザベートが、魚にかじりつくのを止めて慌てて口を押さえた。しかし、食べかけの串は放さない。
「ここで何をしているんだ?」
「う……」
アレンに問われて、エリザベートは顔を青ざめさせ目を潤ませた。
その横では塩を持つ義妹にタックルを食らわして地面に倒したスカーレットが、そのまま流れるように寝技に持ち込んでいる。
「お姉様!ギブギブ!」
「黙りなさい。貴女はいったい何をしているの?私はこんなことをするために貴女にサバイバル術を教えたのではなくてよ?」
「スカーレットが……?」
追いついたエリオットは判明した事実に呆然とした。
いったいスカーレットは何を思って義妹にサバイバル術など教えて……いや、何故男爵令嬢がサバイバル術など知っていたのだろう。
「私、昔は少々やんちゃだったのです」
「そ、そうなのか?」
「ふっ、フレイン様。女の子には誰だって素敵な秘密があるものなのですよ」
腕を取られて締め上げられながら、ミリアが不敵に笑う。
「エリザベート……お前にも秘密が?」
「うう……わ、わたくしは……このような姿を見られた以上は修道院にっ……」
「待て待て待てっ!!」
その場から串を持ったまま逃げ出そうとしたエリザベートの手を捕まえて、アレンは真剣な表情で迫った。
「何を隠しているのか知らないが、ミリア嬢に知られて脅されたのだな?ならば私にも教えろ。私はそれがどのような秘密であれ、誰にもお前を脅させたりしないと誓う。たとえミリア嬢が相手であってもだ」
「殿下……」
エリザベートは潤んだ瞳でアレンとみつめあった。
「何故、皆様、私をそんなに脅威みたいに言うのでしょう?」
「貴女の日頃の行いのせいよ」
不思議そうにするミリアに、スカーレットが呆れた顔で言う。
「殿下……わたくしは、ずっと取り繕っていたのです。長年に渡って殿下を欺いて参りました……」
エリザベートはそっと目元を押さえて言った。
「ずっと隠してきたそれを……ミリア嬢に見破られてしまいました」
アレンは必死に涙をこらえるエリザベートを捕まえたまま、ミリアを睨みつけた。
「貴様はその事実を突きつけて、エリザベートを追いつめたのか!」
「ふっ。とんだお笑い草ですわね、殿下!」
「なにっ!?」
「私がビルフォード様を追いつめたですって!?ほほほ!殿下にそんなことを言われるだなんて、ちゃんちゃらおかしいですわ!」
「貴様……っ」
スカーレットに絞められたまま挑発するミリアに、アレンの怒りが濃くなる。だが、ミリアは少しも臆さずにアレンを睨み返した。
「ビルフォード様をよく見ていれば、すぐに気づいたはずですわ!出会ったばかりの私が気づいたことを、どうして婚約者である殿下が気づいて差し上げられなかったのです!?」
ミリアの糾弾に、アレンは口を噤んだ。
それを見て嘲るように笑ったミリアは、いまだに真実に気づいていない王太子に教えてやった。
「殿下、ビルフォード様はおそらく、茶会の際にあまり楽しそうにされず浮かないお顔をされているのでは?」
「な、何故それを……」
「私、お姉様を救いたくて、殿下を脅迫するためにビルフォード様の動向を窺っていたことがあるんですけれど」
王太子を脅迫するネタを探していたと堂々と暴露して、ミリアが続ける。
「その時に気づいたのです。ビルフォード様は常におひとりで昼食を取られていますが、注文するメニューはいつもスパイスをたっぷり使った料理です。そして、絶対にデザートを注文しません。食後のお茶には砂糖もミルクもいれません」
アレンとエリオットは何のことがわからず首を傾げたが、スカーレットは何かに気づいたようにハッとしたし、エリザベートは唇を噛んで俯いてしまった。
「おわかりになりませんか?」
「いや、さっぱり……」
「鈍い!つまり、ビルフォード様は、辛党なのです!!」
…………
「……は?」
アレンは鳩が豆鉄砲食らったような顔になった。
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