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第36話 公爵令息エリオット・フレインの記憶
しおりを挟む幼い頃、エリオットは酷い人見知りだった。
人に話しかけられるのがとにかく嫌いで、いつでも一人になりたがっていた。
だから、使用人の目を盗んで屋敷を抜け出し、よく一人で森へ行った。
森の中で日がな一日ぼーっとしたり草木を眺めたりするのが好きだった。大きな木にもたれて森を見渡し、時折姿を見せるリスや野ウサギを観察する穏やかな時間がお気に入りだった。
だが、そのエリオットの安息の地に、ある日ずかずかと見知らぬ人物が踏み込んできた。
『お前、だれだよ。ここでなにしてんだ?』
その子は初対面のエリオットに開口一番そう尋ねた。突然のことに驚いたエリオットがしどろもどろになっていると、苛ついたことを隠さずに眉根を寄せた。
『はっきり喋れよ。男の癖に、情けねぇなぁ』
まるで男のような口調で喋るけれど、その子は女の子だった。
ぼさぼさの髪に庭師のような帽子を被った女の子は、スカートをぼろぼろにして森の中を走り回った。
そして、エリオットをどついたり命令したり好き放題に扱った。エリオットはその子にさんざん振り回されて、その子のことが大嫌いになった。
最初はエリオットも我慢していた。格好からして平民の子だろうが、男が女の子に乱暴してはいけないと教えられていたから、叩かれても蹴られても我慢した。
だけど、大きな蜂の巣をとってこいと言われて、さすがにエリオットは逆らった。危ないから嫌だ。そう訴えると、女の子は怒ってエリオットを
叩いたり殴ったりし始めた。
さすがに腹に据えかねて、エリオットは「やめろよ!」と怒鳴って力一杯女の子を突き飛ばした。
女の子が仰向けに倒れていくのが、やけにゆっくりに見えた。
倒れた場所には折れた木の株があって、倒れ込んだ女の子の左肩を裂けて尖った木が切り裂いた。
女の子はびっくりした表情で、自分の肩から流れ出す血を見ていた。
血を見て驚いたのは女の子だけではない。エリオットも、頭が真っ白になった。
そして、エリオットは逃げ出した。女の子をその場に残して。
背後から泣き声が聞こえたが、それを振り切って森から抜け出した。
それっきり、その女の子がどうなったのかはわからない。自分で家に帰ったか誰かに助けられたか、いずれにしろ、エリオットが逃げた後の森の中でたった一人で泣いていたに違いない。
お互いに名前も知らない相手だった。エリオットは誰にもそのことを言わなかった。
でも、エリオットは覚えている。あの後しばらく、エリオットは同い年くらいの女の子を見るとあの森でのことを思い出して息が苦しくなった。女の子を目にしただけであの子を思い出してしまう。だから、エリオットは女の子に近づくのが嫌だった。
女の子は怖い。エリオットがちょっと怒って突き飛ばしただけで、軽く吹っ飛んで怪我をしてしまう。側に置くのは怖い。自分はきっとまた怪我をさせてしまう。
あの女の子は初対面のエリオットを殴ったり蹴ったりやりたい放題で、エリオットはこんな子は大嫌いだと思った。大嫌いな女の子を怪我させてもこれほど苦しいのに、もしも、大好きな女の子を怪我させてしまったら。
それは怖い。だから、エリオットは心に決めた。
大事な女の子なんかつくらない。好きな女の子なんかいらない。女の子なんか嫌いだ。
だから、本当はスカーレットも、早くエリオットではない別の相手に任せるべきなのだ。
怪我した女の子を置いて逃げ出すような男ではなく、もっと頼れる誠実な男に。
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