生贄公爵と蛇の王

荒瀬ヤヒロ

文字の大きさ
5 / 98

第5話

しおりを挟む

***

 国王は困惑気味だった。

「……カーリントン公爵がそなたと婚約を結ぶ約束をしたと言うのだが、これは真実か?」

 侯爵令嬢が離宮へ押しかけてきたと報告を受けて、どうするべきかと思案していたら今度は離宮から「その令嬢と婚約したい」と報告が来た。急転直下の事態に国王も王妃も頭がついていかずぼんやりとしている。
 謁見の間に呼び出されたアーカシュア侯爵夫妻とモルガン侯爵も、事態を把握できずに困惑の表情を浮かべている。
 その中で、レイチェルだけが覚悟を決めた表情で立っていた。

「はい」

 レイチェルは答えた。
 嘘ではない。両親を説得することが出来れば婚約してくれると、

「約束しました」

 国王は困ったように眉根を寄せた。

「カーリントン公爵が言うには……公の身が呪いを受ける前、王宮で開かれた茶会で出会ったレイチェル嬢と恋に落ち将来を約束したが、その後、公は呪いで倒れてしまい、身を引き裂かれる想いをしながらもレイチェル嬢への想いを断ち切ろうとした。だが、レイチェル嬢が婚約者に心変わりされ、意に染まぬ結婚を強いられそうになっていることを知り、レイチェル嬢の気持ちがあの頃と変わっていないのならば幼き日の約束を守りたいということだが」

 レイチェルは噴き出しそうになった。
 国王を納得させる必要があるとはいえ、なんという脚色を施してくれるのだ。
 出来の悪い恋愛小説のようで、レイチェルは恥ずかしくなって顔を伏せた。

「呪いを受ける前ならば公は八歳、レイチェル嬢は四、五歳じゃろう。出会ってすぐに将来を誓い合ったと申すか」
「恥ずかしながら……一目惚れでございました」

 無理があるだろうと思いつつも、レイチェルとしてはヴェンディグが作ってくれた設定に乗るしかない。疑わしげな国王に向かって真摯に訴えた。

「公爵閣下との結婚をお認めいただけないのであれば、せめて閣下のお側に仕えさせていただきたく存じます」
「何を言うの、レイチェル!」

 レイチェルの落ち着いた声に金切り声が被さった。

「申し訳ありません、陛下。我が娘は気に入らないことがあると意地になる性格でして。まさか、公爵閣下にまで迷惑をかけるとは……お詫びの申し上げようもありませぬ」

 レイチェルの父が国王へ頭を垂れ、母はレイチェルに歩み寄ってきて手首を掴もうとしてきた。
 レイチェルはそれを避けて、警戒を露わに身構えた。連れ戻されてたまるかという意思表示だ。

「娘が何を申したか知りませぬが、相手にする必要がございません。第一、レイチェルはここにいらっしゃるモルガン侯爵に嫁ぐことが決まっております」
「そうですな。明日にもレイチェル嬢を我が家に迎えようとしていたところです」

 モルガン侯爵が髭を撫でながら言った。ちらりと視線を向けてレイチェルを舐め回すように見てくる。
 レイチェルはぞっとした。そうして、両親が何故レイチェルの嫁ぎ先にモルガン侯爵を選んだのか、わかったような気がした。
 噂通りならば妻を手酷く扱うであろうモルガン侯爵にレイチェルを差し出して、レイチェルが二度と生意気な態度を取れないように屈服させたかったのだろう。
 どうしてそこまで、レイチェルを「従順な娘」にしたがるのか、どうしてそこまで、実の娘を貶めてでも優位に立ちたがるのか。
 レイチェルにはわからないし、今となってはわかる必要もないと思っている。

「陛下。私は公爵閣下に懐剣を捧げました」

 レイチェルが顔を上げると、誰もがぎょっとしてレイチェルを見た。

「懐剣を……」

 国王が呻いた。貴族令嬢にとっての懐剣の意味は誰もが理解している。

「どうしてそんな馬鹿なことをっ!!」

 レイチェルの母がおろおろしながら叫んだ。

「ほう」

 その時、謁見の間に低い声が響いた。
 かつかつ、と、靴音が響く。

「私に懐剣を捧げることは、そんなに馬鹿なことだろうか」

 不敵な笑みを浮かべて、ヴェンディグが謁見の間に姿を現した。

しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

置き去りにされた転生シンママはご落胤を秘かに育てるも、モトサヤはご容赦のほどを 

青の雀
恋愛
シンママから玉の輿婚へ 学生時代から付き合っていた王太子のレオンハルト・バルセロナ殿下に、ある日突然、旅先で置き去りにされてしまう。 お忍び旅行で来ていたので、誰も二人の居場所を知らなく、両親のどちらかが亡くなった時にしか発動しないはずの「血の呪縛」魔法を使われた。 お腹には、殿下との子供を宿しているというのに、政略結婚をするため、バレンシア・セレナーデ公爵令嬢が邪魔になったという理由だけで、あっけなく捨てられてしまったのだ。 レオンハルトは当初、バレンシアを置き去りにする意図はなく、すぐに戻ってくるつもりでいた。 でも、王都に戻ったレオンハルトは、そのまま結婚式を挙げさせられることになる。 お相手は隣国の王女アレキサンドラ。 アレキサンドラとレオンハルトは、形式の上だけの夫婦となるが、レオンハルトには心の妻であるバレンシアがいるので、指1本アレキサンドラに触れることはない。 バレンシアガ置き去りにされて、2年が経った頃、白い結婚に不満をあらわにしたアレキサンドラは、ついに、バレンシアとその王子の存在に気付き、ご落胤である王子を手に入れようと画策するが、どれも失敗に終わってしまう。 バレンシアは、前世、京都の餅菓子屋の一人娘として、シンママをしながら子供を育てた経験があり、今世もパティシエとしての腕を生かし、パンに製菓を売り歩く行商になり、王子を育てていく。 せっかくなので、家庭でできる餅菓子レシピを載せることにしました

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

処理中です...