生贄公爵と蛇の王

荒瀬ヤヒロ

文字の大きさ
69 / 98

第69話

しおりを挟む


***



 レイチェルを乗せて馬を走らせたパーシバルは、下町の一角で馬車を停めた。
 降りるように促され、レイチェルは戸惑いながらも従った。パーシバルはレイチェルをアパルトメントの小さな部屋に通し、「ふう」と息を吐いた。

「まだ足りない物もあるけれど、私達の住む家なんだ」

 辺りを見回すレイチェルに、パーシバルはそう言った。

「私達……」
「私とリネット」

 パーシバルはレイチェルに向かって困ったように微笑んだ。

「本当にすまなかった。あんなことになるはずじゃなかったんだ」

 あの日の朝のことだとすぐにわかって、レイチェルは頷いた。

「リネットから聞いたわ。あなたのご両親も承知していたって」
「ああ。君にちゃんと話すのが遅れたばっかりに、あんな風に君を傷つけることになってしまった。本当に申し訳ない」

 パーシバルは真摯に頭を下げて謝罪した。レイチェルは複雑な気分でそれを見守った。

「朝になったら、王城へ送っていくよ。公爵閣下のことは良く知らないが、君を大切にしてくれているんだろう?」

 レイチェルは少し頰を赤くして頷いた。パーシバルはレイチェルに椅子を勧め、自分も向かいに腰掛けた。

「君達のご両親は悪い人じゃない」

 パーシバルは真剣な表情で切り出した。

「それは確かだ。二人とも、自分なりに君達のことを愛しているつもりだと思う。でも、愛していても、自分の子供を駄目にしてしまう親は存在する」

 レイチェルはぱちりと目を瞬いた。

「自分の子供には、自分より幸せになってほしくないと思う親もいるんだ。どうしてかは、わからないけれど」

 パーシバルは硬い声で言って、溜め息を吐いた。レイチェルはどうしてかわからないという言葉に頷いた。レイチェルにも、どうしてかわからない。ずっと、わからないままだったし、レイチェルは途中で理解する努力を放棄した。

「本人達に自覚はないだろう。でも、悪気はなくても、君達の両親は君達には悪影響だった。だけど、リネットはご両親から離せば大丈夫だと思った。あの子は君を慕っていたからね」
「……リネットは、随分、成長したのね。あなたのおかげで」

 レイチェルは少し恥ずかしい気持ちで呟いた。姉の自分はリネットに何もしてやらなかった。パーシバルのように、ちゃんと向き合って言い聞かせれば、リネットはあんな風に自分で考えて行動できる人間になれたのに。

「まあ、なんのかんの言い訳したところで、私が心変わりして婚約者を変えたことには変わりがない。でも、リネットをご両親から離して、君には私なんかよりもっとしっかりした相手を紹介すれば、上手くいくと思ったんだよ」

 パーシバルは肩をすくめた。
 レイチェルはなんだか新鮮な気持ちで元婚約者を眺めた。憎いとか、裏切られたとかいう気持ちが少しも湧き上がってこないのは、パーシバルとリネットの言うことに納得できたからだ。

「ごめんなさい。私、もっとリネットともあなたともちゃんと話していれば良かった。誰も味方がいないと思い込んで、一人で突っ張っていたから悪かったの」

 前の自分を思うと、ずっと頑なに閉じこもって家族を拒絶していた気がする。自分を守るためとはいえ、心に壁を作り、両親を嫌い、妹を見下していた。
 マリッカやパーシバルのように、そのままのレイチェルを認めてくれる相手にも、どこかで壁を作っていたのかもしれない。ヴェンディグと出会って、そのままの自分を「好ましい」と言ってもらえたあの瞬間まで。

 それから、レイチェルとパーシバルは空が白み始めるまで語り合った。婚約していた時にも、こんなに真っ直ぐに正直な心を打ち明けたことはなかった。
 朝方に少しだけ眠って、レイチェルはパーシバルに馬車で送り届けられて王城へ帰還した。
 そして、離宮の様子がおかしいことに気づいて眉をひそめた。

しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

置き去りにされた転生シンママはご落胤を秘かに育てるも、モトサヤはご容赦のほどを 

青の雀
恋愛
シンママから玉の輿婚へ 学生時代から付き合っていた王太子のレオンハルト・バルセロナ殿下に、ある日突然、旅先で置き去りにされてしまう。 お忍び旅行で来ていたので、誰も二人の居場所を知らなく、両親のどちらかが亡くなった時にしか発動しないはずの「血の呪縛」魔法を使われた。 お腹には、殿下との子供を宿しているというのに、政略結婚をするため、バレンシア・セレナーデ公爵令嬢が邪魔になったという理由だけで、あっけなく捨てられてしまったのだ。 レオンハルトは当初、バレンシアを置き去りにする意図はなく、すぐに戻ってくるつもりでいた。 でも、王都に戻ったレオンハルトは、そのまま結婚式を挙げさせられることになる。 お相手は隣国の王女アレキサンドラ。 アレキサンドラとレオンハルトは、形式の上だけの夫婦となるが、レオンハルトには心の妻であるバレンシアがいるので、指1本アレキサンドラに触れることはない。 バレンシアガ置き去りにされて、2年が経った頃、白い結婚に不満をあらわにしたアレキサンドラは、ついに、バレンシアとその王子の存在に気付き、ご落胤である王子を手に入れようと画策するが、どれも失敗に終わってしまう。 バレンシアは、前世、京都の餅菓子屋の一人娘として、シンママをしながら子供を育てた経験があり、今世もパティシエとしての腕を生かし、パンに製菓を売り歩く行商になり、王子を育てていく。 せっかくなので、家庭でできる餅菓子レシピを載せることにしました

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

処理中です...