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第78話
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レイチェルを背に乗せたナドガは、慎重に夜空を飛んで人気のない墓地に音を立てずに着地した。
「それじゃあ、ナドガ。私の中に入って」
背中から降りたレイチェルは、ナドガの前で両手を広げた。
「レイチェル。君の肉体には大変な負担がかかる」
「覚悟の上よ」
レイチェルは気丈に答えたつもりだったが、声が震えているのを隠せてはいなかった。
怖い。この場にはヴェンディグも居なくて、レイチェルは兵士達に追われている身だ。不安だし、寒いし、怖い。
でも、ヴェンディグと共に行くことを選んだのはレイチェルだ。今、ここにこうしているのは誰のせいでもない。レイチェルの選択の結果だ。
だから、選択の結果生まれた恐怖とは、レイチェル自身が真正面から向き合わなければならない。
レイチェルは口を真一文字に引き結んでナドガの前で胸を張った。
「今、私に出来るのはこれしかないの。朝が来る前に——私の決心が鈍る前に、早く」
ナドガは眩しいものを見るように少し目を細めた。
初めて会った時——ヴェンディグの目を通して彼女の姿を見た時に感じた不安定さが今はどこにも見えなかった。
今のレイチェルは、自分がヴェンディグの傍にいることに意味を見出しているのだ。
「レイチェル。君の魂を傷つけないように中に入れば、ヴェンディグと同じように君の体に蛇の痣が浮く」
「ええ」
「それに、ヴェンディグと違って、私が侵入することで多大な苦痛を感じるだろう。自分の居場所に他の生き物が無理矢理入ってきたような不快な思いをするはずだ。それでも、耐えられるか」
レイチェルはごくっと喉を鳴らした。
「……どれだけの苦痛を味わうかわからないから、絶対に大丈夫とは言い切れないけれど……私は耐えてみせるわ」
レイチェルがナドガから目を逸らさずに言うと、ナドガも覚悟を決めてレイチェルの前に進み出た。
「——行くぞ」
ナドガが鼻先をレイチェルの胸元に押しつけた。ぐっと、強い圧迫感を感じたと思ったら、次の瞬間、ナドガの輪郭があやふやになり、黒い煙が吸い込まれていくようにレイチェルの胸に染みこみ始めた。
レイチェルはぞくっと震えた。ぐぐぐ、と強く押されているような感覚に、思わず後ずさる。同時に、背中の方から冷たい物を突き刺されているような痛みも感じる。
「ぐ……」
レイチェルの額に汗が滲んだ。自分の中に自分ではないものが入ってくる不快感が、全身の骨をぎしぎしと軋ませて痛む。
(受け入れるのよ。ヴェンディグ様のように……)
呪われた公爵と忌み嫌われながら、その陰で民を守ろうとして、それでもいつだってなんてことのないような態度で佇んでいた彼の姿を思い浮かべ、レイチェルは歯を食い縛って苦痛に耐えた。
(ヴェンディグ様のように、ヴェンディグ様が信じたナドガを……ヴェンディグ様を信じるの!)
次の瞬間、どんっと重い衝撃を受けて、レイチェルは地面に膝をついた。
「はっ、は……はあ、はあ」
荒い息を吐きながら、咄嗟に地面に突いた両手が目に入る。左手の甲には、真っ黒な痣が浮かんでいた。
「はあ、はあ……」
レイチェルは息を整えながら、自分の左頬をそっと撫ぜた。
そこに、ひんやりとして、ざらついた感触がある。
「……行きましょう!」
苦痛の余韻の残る体を動かして、レイチェルは言った。
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