身代わり聖女は悪魔に魅入られて

唯月カイト

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第一章 グローリア編

6、密かな決意

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 書斎から戻ってきたサラが、部屋で待っていたオリビアに、明日マティアス侯爵がこの屋敷へ来ることを伝えた。すると、オリビアはぶつぶつと呟きながら部屋の中を歩き始めた。

「大丈夫。大丈夫よ。お兄様でさえ気づかなかったんだから…」

 極度のストレスを感じると爪を噛むようになったオリビア。美しい少女が青ざめた顔をして、何かつぶやきながら部屋の中をぐるぐると歩く様は、何とも異様な光景だ。

「お嬢様。やはり明日は直接侯爵様とお会いになったほうがいいのでは――」

 そんなに悩むくらいなら自分で会ったほうがいいと、素直に思ったことを言っただけなのだが、オリビアは怒りを露わにしてサラに詰め寄った。

「お父様のことを知らないから、そんなことが言えるのよ!」

 あまりの剣幕に、サラは思わず息を呑んでしまう。ここまで怯えているオリビアを見るのは初めてだった。

「サラ。明日はあまりしゃべっては駄目よ。私はお父様と会話らしい会話なんてしたことなかったから、黙っていれば絶対にばれるはずがないわ。それから、王都へ上がる話が出たら、病弱なお母様を一人残しては行けないとか、適当なことを言うのよ。それから、それから―」

 一年に一度会えるか会えないか、遠い存在であるはずの父親の影に、あのオリビアが異常なまでに怯えている。
 そんなオリビアが眠くなるまで、サラは執拗に話を聞かされる羽目になってしまったのだった。


※  ※  ※


 遅くまでオリビアに付き合わされたせいで、サラは朝から少しぼんやりとしていた。朝食後、眠気覚ましも兼ねて今日も屋敷の庭を散歩している。
 昨日よりも晴れた天気のおかげで、庭の美しさを十分に堪能できるので、眠気よりも心は弾んでいた。

 心地いい風が日傘の中を駆け抜けていくと、サラは歩みを止めて、目を閉じて、体を包む静寂を密かに楽しんでいた。ギルバートがすぐ後ろに控えているのでずっと立ち止まってもいられないが、時々そういうことを繰り返しながら広い庭を散策していた。
 自由な時間を与えられると、こういう時に考えてしまうのは、転生した人生のこれまでのことだ。

 わずか六歳で自分が転生者であることに気づけても、幼い脳細胞組織が影響しているのか、サラは時々正常な判断ができていないことがわかっていた。大人のように上手く立ち回れる時もあれば、急に我慢できずに泣き出すこともある。そんな時、怒ったオリビアから鞭のような棒で叩かれたことは何度もあった。

 かつて農場にいた頃、周りにいた子供たちがある日突然いなくなることはよくあった。里親の借金の犠牲になったに違いないが、彼らのその後を知る術はない。それを思えば、今はオリビアの感情に左右される人生ではあるけれども、言う事さえ聞いていれば高水準の教育も受けられ、綺麗な洋服も着られる。何より飢える心配がないのだから、まだ恵まれているほうなのだと、自分にそう言い聞かせながら生きてきた。しかし、この時すでに、サラはこの国の成人にあたる十七歳になったらグローリアの城を出て行こうと、密かに考え始めていた。

 庭の隅にある東屋まで辿り着くと、ギルバートが「飲み物をお持ちします」と言ってその場を離れた。東屋に残されたサラは、椅子に座って、目を閉じて耳をすませた。

 そよ風が吹く中、昨日の寝不足がたたったのか、滅多にない一人の自由な時間があまりにも心地よすぎたのか、椅子に座ったまま、サラは甘美な眠りの誘惑に落ちていった―――


※  ※  ※


(寝つきが悪かったのだろうか…)
 
ギルバートは、朝からぼーっとしている令嬢のために、葡萄ジュースか紅茶か、どちらを出すかで悩んでいた。そこへ慌ただしく駆け寄る者がいる。

「ギルバート様!」

 慌てた様子でやって来たのは、この屋敷の侍女頭エレナだ。

「おや。どうかしましたか?」
 
 この時、ギルバートは完全に油断していたに違いない。とはいえ、時間はまだ朝の九時前。何が起きたというのか。

「旦那様が!キース様と広間でお待ちです!」


 ギルバートが急いで広間に駆けつけてみると、椅子に座っているマティアス侯爵と緊張した様子のキースが、テーブルを挟んで向かいあった状態で待っていた。
 ギルバートが侯爵に対し、きちんと出迎えられなかったことを深く詫びると、侯爵が「娘はどこだ」と不機嫌そうに尋ねてきた。

「朝食を済ませて、庭を散歩されています」

「キース」

「はい」

「私はいつでも呼べるようにしておけと伝えてあったはずだが」

「…申し訳ございません。すぐに連れてこさせます」

 キースは内心舌打ちをしながら答えたが、侯爵は息子の言葉を無視して立ち上がった。

「案内しろ」

 ギルバートは侯爵の気迫に負け、無言のまま一礼すると、二人を庭の東屋へと案内した。

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