身代わり聖女は悪魔に魅入られて

唯月カイト

文字の大きさ
9 / 89
第一章 グローリア編

8、帝国と侯爵家

しおりを挟む
 サラがいるこの国は、ユスティヌス帝国という、建国後千年余りの歴史を持つ帝国である。数々の小国を制圧し帝国を築いた初代ミハエル・ユスティヌス皇帝は、聖女の力を借りて悪魔を滅ぼしたとの逸話も残している。
 制圧しきれなかった近隣諸国とは、自然の地形に沿って国境線を引き、互いに独立性を維持しつつ、地道な努力で何百年も長年の友好関係を保ち続けている。

 隣国が脅威の対象でなければ、帝国が最も気をつけるべきは国内のまつりごとである。地方政治の統制だけでなく、派閥や金の問題は、どの国どの時代においても悩みの種であることに違いはない。オリビアの父、マティアス侯爵はこの帝国の軍事トップである騎士団の総司令官を務めている。

 マティアス侯爵家は建国前から存在する由緒ある世襲貴族に分類されており、その一族は、眉目秀麗びもくしゅうれい、容姿端麗、博学多才、武芸の才能も秀でている血筋を誇りとしている。その輝かしい血筋を損なわない為に親族婚を繰り返していたが、精神的に病む者が出てきていたと密かに語り継がれている。

 ユスティヌス帝国が建国されて以降、マティアス一族は政治的に絡んだ婚姻も積極的に結ぶようになり、その地位も名誉もやがて不動のものにしていったと、ある家庭教師が言っていたことをサラは思い出していた。
 
 質問に答えず、俯いたまま黙り込んだサラにしびれを切らした侯爵は、溜息をついてコーヒーを飲み干した。

「お前が聖女であれば、婚約の話をすぐにでも陛下に打診するつもりだったが…」
  
 この時、すぐに反応を示したのはキースだった。

「聖女は教会に託されるのではないのですか?」

「最近の陛下の様子を見ていると、どうやら第一皇太子の相手にどうかと考えているようだ。教会が新興貴族と何やら動いているという情報も得ているし、余計なことに気が回ってしまうのだろうな」

 侯爵の説明にキースは納得したように頷いた。

「オリビアが聖女であれば、皇太子と婚約させることができるのですね」

「そうだ。とりあえず次期皇帝の第一候補であるロシエル皇太子を、聖女を使って取り込んでおくことに損はない。お前はエバニエル皇太子との交流を引き続き保ちなさい」

「勿論です。彼とは今日も会いますよ」

「結構。さて、オリビア。その様子ではまだ人前に出すのは無理だな。そろそろ王都で本物の令嬢としての教育を受けさせる必要がありそうだ。身分の低い母親のもとで生まれたお前は、まともな教養と品格を身につけておかなければ、格式の高い貴族を捕まえても愛人にしかなれないぞ」

 考えごとをしながら二人の会話を聞き流していたサラだったが、さすがに最後の言葉には耳を疑った。

(え!?それが娘に言う父親の言葉!?愛人って…まだ成人もしてないのに!?)

 驚いたサラは口をぽかんと開けて顔を上げた。その時すでに席から立ち上がり、その場を去ろうとしていた侯爵は、急に顔を上げた娘の反応に驚くこともなく、むしろ蔑むような目で見下ろしてきた。

「前侯爵夫人の亡き後、お前の母親は虫よけのために顔だけで選んだ女だ。他の貴族令嬢からの嫉妬に怯えて田舎に引き籠ってしまったが、は娘に貴族と結婚すれば幸せになれるとばかり吹き込んできたのだろう。その容姿だけが取り柄ならば、皇太子の愛人にでもなって、私の役に立ってみろ」

 もし今、この言葉をオリビアが聞いたなら、どんな反応をしただろうか。急に残酷なセリフを言い出す性格は似ているのに、あまりにも酷いことを平気で言われてしまったサラは、ついオリビアに同情してしまう。

 『孤独な聖女と皇子様』ではあまり登場していなかったが、この非情な父親のせいで、聖女オリビアが孤独な幼少期を送ったのだと断言できる。

「そ…それでも…、たった一人のお母様です。せめて、成人を迎えるまでお母様と過ごす時間をください」
 
 悔しさを押し殺し、拳を固く握りしめて、侯爵の顔を見ないように俯いたまま声を絞り出した。目を合わそうともしない娘に呆れながら、侯爵はある条件を出した。

「成人になる年では遅すぎる。十六になったら王都に上がりなさい」

 この条件を受け入れるしかないと悟ったサラは、他に思いつく答えなどなかった。

「――はい。ありがとうございます。お父様」

 テーブルにぶつけそうなほど、頭を深々と下げる娘を見た侯爵は、また溜息をこぼして去っていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

アリエッタ幼女、スラムからの華麗なる転身

にゃんすき
ファンタジー
冒頭からいきなり主人公のアリエッタが大きな男に攫われて、前世の記憶を思い出し、逃げる所から物語が始まります。  姉妹で力を合わせて幸せを掴み取るストーリーになる、予定です。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

処理中です...