身代わり聖女は悪魔に魅入られて

唯月カイト

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第一章 グローリア編

9、第二皇太子エバニエル

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 マティアス侯爵との面談を終えて部屋に戻ったサラは、さっそくオリビアに会話の内容を報告し始めた。
 オリビアは侯爵がすでに帰ったことに安堵しながらも、ベッドに座ったまま微妙な表情で話を聞いている。

「なに、その『聖女』って。教会は初代皇帝のおとぎ話を使って、民衆の気を引く気かしら」

「…ですが、もし聖女と認められれば、皇太子殿下の婚約者候補になれるそうです。それから……お嬢様が十六歳になったら王都に上がるようにも言われました」

 気まずそうに話すサラの予想に反して、オリビアは目を光らせ、興奮してベッドの上で体を上下に揺らした。

「そうなの!?『聖女』になれば殿下の婚約者になれるのね!あと二年しかないけど、今すぐ王都に来いと言われてもおかしくなかったから、時間をもらえたのはサラのおかげね!でも、そうね……『聖女』か。ふーん…」

 横になってくつろぎ始めたオリビアを見て、サラはここで報告を終わらせることにした。侯爵に言われた酷いことまで、敢えて今言う必要はないと思ったからだ。

「じゃあ、もう明日グローリアへ帰りましょう。執事に『オリビアはお母さまが心配で帰ります』とでも言っておけば、お兄様も誰も私達を引き留めようなんて思わないでしょう。偽物だとばれても困るしね」



 サラはその日の夜、オリビアに言われた通りに、翌日帰ることをギルバートに伝えた。すると、彼は少し寂しそうに「キース様にお伝えします」と言って、ダイニングルームから出ていった。

 しばらくして戻ってくると、キースはすでに予定があるため見送りは出来ないが、お土産をたくさん持たせてくれると話をしてくれた。
 これでキースと最後まで会う事はないはずだと、サラはほっとした。そして、仕事とはいえ、ずっと親切に接してくれた執事に対して感謝の気持ちを伝えたくなった。

「ありがとうございました。お世話になりました」

 ぺこりと頭を下げた令嬢にギルバートは驚いてしまうのだが、その気持ちは十分に伝わったようで、紳士的な微笑みで応えてくれたのだった。


※  ※  ※


 翌朝、屋敷の正門から一台の馬車が出ていく様子を書斎の窓から見届けたキースは、厄介払いができたという気持ちと、何故か心に引っかかる棘があることに気づいて、その理由がわからないことに再び不満を抱いていた。

 妹が王都に移ることを渋る理由も、予定よりも早くグローリアへ帰ると言い出した理由も、それらが本音か嘘かさえ気にしていないのだが、あの父親を前にして、肩を震わせながら義理の母のために懇願するオリビアの姿がずっと頭から離れずにいた。

(たった三日だけだったはずなのに、なんだか疲れたな…)

 そこへ、オリビア達を見送ったギルバートが報告をしに書斎へとやって来た。

「無事に出発されました」

「…あぁ。これでやっと落ち着けるな。ご苦労だった」

 それから二人は幾つかの確認事項をやり取りし、ギルバートがキースから受け取った書類を抱えて出ていこうとドアノブに手を伸ばした、まさにその時、勝手にドアノブが動いて急にドアが開いたかと思うと、予想もしていなかった来客が押しかけてきた。

「やぁ!キース!私のほうから遊びにきたぞ!」

「エバニエル様!?」
   
 笑顔でこの屋敷の書斎に乱入してきたユスティヌス帝国、第二皇太子エバニエルの背後では、皇族直属の護衛騎士達も、廊下にいる屋敷の使用人達も、申し訳なさそうに中の様子を伺っている。哀れなギルバートは、あまりに突然のことにドアの前で放心状態だ。
 
 キースもしばらく言葉を失っていたが、片手で頭を抱えながら、突然の来訪者にクレームを申し立てた。

「また…あなたという人は…!第二皇太子ともあろう御方が、このように突然来られては困ります。こちらもそれなりの準備が必要というもの。父と同じことをしないで下さい…!」

 エバニエルは笑いながら、動揺して動けなくなった執事の肩に手を置いた。

「マティアス侯爵が来ていたのか。でも私はちゃんと護衛も連れてきたし、この屋敷で警護の心配をする必要はないだろう。それに、君と私の仲じゃないか」

 屈託のない笑顔を向けられたキースだが、険しい表情で執事に飲み物を持ってくるように指示を出した。

「今日はこちらから伺う約束をしていたはずですが、突然いらっしゃるとは、どうされたのですか」

 ソファに座ったエバニエルは、キースに意味ありげな目を向ける。

「妹が来ていると聞いたよ。会わせてはくれないのか?」

 その妹のことをキースが毛嫌いしていることを知りながら、わざわざ会いに来たことがわかってしまうと、余計に腹立たしさが増してきた。

「――残念ですが、妹はまだ人前に出せるほどの十分な教養を身につけておりません。それにたった今、領地のグローリアへ出発したばかりです。申し訳ございません」

「なんだ、そうか。ちょっと楽しみだったんだけどな」

「…社交界デビューも終えていない妹に、殿下自ら会いに来たとなれば、有らぬ噂が立ちますよ」

「そのほうが君の父上も喜んでくれると思うけどね。まぁいいさ。あまり無理を言ってはいけないことくらい、わかっているよ」

 そう言いながらも、皇族の権威で無理を押し通すところがあるエバニエルのことを、本音では食えない奴だとキースは思っていた。普段からその言動を受け流すことに慣れているはずなのだが、今日に限っては何故かそれに対する苛立ちが収まらない。

 キースの心の内を知ってか知らずか、クスクスと笑いながら、エバニエルは出された紅茶を口にした。

「あぁ、久しぶりに君の執事が淹れた紅茶を飲むとやっぱり落ち着くな。これを飲めただけでも、城を抜け出して来た甲斐がある」

「――恐れ入ります」

 この後、二人はいつものように国内外の政情について語り合うのだが、キースは妹がこの屋敷にいなくてよかったと心底思っていた。そして冷静さを取り戻し、エバニエルとの政治談議に熱を上げていったのだった。
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