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第二章
25、信じられる人
しおりを挟む皇帝との謁見を終えた後、マティアス侯爵の後をついて来るように言われたサラは、今もまだ迷宮のような城の中をひたすら歩かされ続けている。
(どこまで行くのかしら…。来た時は階段がきつくて大変だったけど、さっきからグルグルと王宮内を歩いているだけで、何となく目が回りそう…)
キースに支えられてはいるが、ドレスを身にまとい、ハイヒールで歩き続けているせいで、疲れと緊張が高まっていくなか、やがて三人は別の建物へ通じる回廊へと辿り着いた。
これから特別な場所へ連れて行かれるのだろうかと不安が増した時、キースが歩みを緩めて、回廊の先にある建物の正体をさり気なく教えてくれた。
「ここを渡れば『オーベルジュ(騎士館)』だ 」
サラは「オーベルジュ」が騎士団の本部がある建物のことだとは知っていたが、その騎士館と王宮がつながっていたとは知らず、驚きながら、侯爵に続いてキースと共に回廊を渡り始めた。
その回廊は高く積み上げられた石垣の上に作られていて、風が吹き抜ける柱の合間から見える風景は王都の街並みが広がっていた。ここが普通の高さではないことがわかってしまったサラは、無意識にキースの腕にからめていた手にも余計な力が入ってしまう。
反対側に目を向けると、王都の街並みとは対照的に、大小の山々が連なる景色が一望できる。歩きながら、柱の合間から断続的に見える青い空と深緑が織りなす景色は、サラの緊張を解きほぐし、涼しい風と自然の景色を味わおうと、気持ちを切り替えようとした。
そんな中、一つの山を剣で切り裂いたような一筋の峡谷がサラの注意を引き付けた。
(――すごいわ。ここからでもはっきりと目に留まるんだから、近くで見ればもっと深い谷なのかもしれない。そういえば…山と言えば、何か大事なことを忘れている気がする…)
そんな事を考えていると、峡谷を挟んだ山の片側に浮き上がった白い影が、突然サラの目に飛び込んできた。何故かビクッと反応してしまい、思わずキースの体に隠れるように立ち止まってしまった。
キースは回廊を渡り始めた時から、自分の腕に回したサラの手に力が入ったり緩んだりしていたので、何となく気になってはいたのだが、急にその力が一気に強くなって体ごと引き寄せられてしまったせいで、その場で一緒に立ち止まってしまった。
キースには何が起こったのか訳がわからず、見てはいけないものを見てしまったような顔をしているサラに声をかけた。
「どうした?行くぞ」
その声で我に返ったサラは、とにかく今は、お化けよりも怖いはずの侯爵についていくはずだったことに気づいて慌てて歩き出すが、白い影の正体が気になって仕方がない。それでも、もう一度同じ方角を見る気にはなれず、キースに小声で尋ねた。
「あの…、山の中に白い影が見えた気がするのですが、何かわかりますか?」
「白い影?」
キースは少し考えて、何かわかったように答えた。
「もしかしたら、神殿の遺跡の事かもしれないな。一度見たことがあるが、外壁も中も全て白い建物だった。初代皇帝が建造したものだが、山奥にあって建物も老朽化しているから、今は遺跡として教会が管理している。それのことだろう」
キースの説明を聞いたサラは、一瞬でもお化けだと勘違いした自分が恥ずかしくなって、それを口に出さなくてよかったと、ほっとしていた。
しかしそれと同時に、小説『孤独な聖女と皇子様』の中で突如として現れた魔物達がこの世界のどこかにいる事を思い出し、違う恐怖と小さな葛藤を抱いた。
(小説では悪魔が解き放った魔物達は深い山の奥からやって来たとしか書かれていなかったわ。どの山から来るのか予測するのは難しいけど、何か出来ることはないのかしら…)
十数年もサラという人生を過ごしていると、ずっとその時その時を生きるのに必死でやってきたので、ついこの世界の未来に起こる出来事はまだ先のことのように捉えていた。
もしこの世界の未来が小説通りであるならば、聖女が十七歳で覚醒した数年後に魔物達は現れる。もうすぐ十六になるオリビアの年齢で考えれば、あと数年と経たずにその日はやって来るはずだ。この話を誰に相談していいのかわからないまま、焦る気持ちをぐっと抑えた。
(だけど今の私には無理よね…。この現状を変える力さえ持ち合わせていないんだもの。力になってくれる人がいれば別だけど…)
この時、ふと頭の中で護衛騎士のリックの顔が思い浮かび、一瞬だけ気持ちが明るくなったのだが、その考えはすぐに捨てることにした。
(ダメよ…。彼はマティアス侯爵の部下だし、よく知りもしないうちに直感だけで信用し過ぎるのは危険だわ。悪い人ではないとしても、侯爵にどう利用されているかわからないもの)
軽率な行動を取らないように慎重になるべきだと自分を戒めて、改めて小説から何かヒントが得られないかと考えを巡らせる。
小説に登場したヒロインの兄と、隣にいる実際のキースを比べてみると、侯爵とは別々に暮らしてはいるが厳しく育てられた部分は同じだった。小説では、魔物から妹を命がけで守ったことで兄と妹のわだかまりが解けて、ヒロインの心強い存在になったと書かれていた。
キースは第一騎士団の団長補佐という役職に就いているが、十九歳という年齢でこの肩書を得られたのは、本人の努力による結果だと執事のギルバートから聞いた時は、お世辞で言ったのではなく、本当にそうなのだろうと感じていた。
そんな彼がマティアス侯爵を目標にしているのは明白だが、騎士団の総司令官でもある父親を尊敬する一方で、冷酷無情な人である事も認めている。父親とは違う在り方で帝国に尽くす存在になりたいと言っていたキースだが、侯爵家の跡継ぎとしても権力を求めるのは理解できないことではない。
その手段の一つとして、妹オリビアが担うはずだった「聖女」という役目を奪ってしまったサラが、侯爵家の権威を高める為に協力するならば、冷酷な侯爵からも守ってくれると言ってくれたキースの言葉を、サラは思い出していた。
(私は彼の実の妹ではないし、私だってオリビア様が目覚めたらいなくなるつもりだけど、あの時私の事を守ると言ってくれたこの人を、そのまま信じてもいいのかな…。そうしたら、魔物のことだって相談できるかもしれない…)
サラはキースの横顔を見て、またすぐに前を向いた。一瞬でもその視線を感じたキースがサラに目を向けた時には、サラはすでに先を行く侯爵の背中を目で追っている。
(ーーー俺はいつも、答えの出ないものを追い求めてばかりだな…)
キースは息苦しさを感じて、回廊を吹き抜ける風を深く吸い込みながら、サラの手が離れないように意識を集中させた。
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