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第二章
27、訓練場での試練(二)
しおりを挟む訓練場の一角で、いつの間にか真剣を使った模擬戦が始まっていた。二人の激しい攻防戦はすぐに他の騎士達の注目の的となり、誰もが両者の技を見極めようと集中して見守っている。
リックの予想通り、ルアンの攻撃は急所ばかりを狙ってくるうえに、パワーもスピードも容赦ない為、こんな相手に手加減をするなど、とんでもない話だった。ルアンの迷いのない攻撃は、自己防衛反応を引き出され、この状況を変える隙さえ与えてくれようとはしない。
遊ばれているのか、それとも意図的な時間稼ぎのつもりなのか、いずれにしても剣を交えながらの状況では、ルアンの考えている事などわかるはずもなかった。
リックが仕掛けた下段からの攻撃は、ルアンの完璧な防御によって上から完全に抑え込まれた。剣が擦り合い、金属音をかぎ鳴らしながら、互いに一歩も引かない強さで押し合っている。
リックが次に備えてわずかに足を動かそうとした、その時―――、力の流れが大きく変わり、ルアンの手にしっかりと握られていたはずの剣は簡単に押し上げられて、一気に上空へと弾かれた。
それまで抑え込まれていたはずの力がいきなり解放されてしまったせいで、バランスを崩したリックは、押していた攻撃の流れを止めることが出来ない。とっさの判断で手の力を緩めても間に合わず、鋭い刃は無防備となってしまったルアンの腕を切り裂いた。
この予想外の展開に、見物をしていた騎士達からは動揺の声が沸き立った。
ずっと怯えながら見ていたサラも、青ざめた顔のまま椅子から立ち上がり愕然としている。
渦中の二人はというと、ざわつく周囲には気にも留めず、息を切らしながら睨み合っていた。
だらりと垂らしているルアンの腕には深い傷が刻まれていて、指先を伝って赤い血が地面に滴り落ちていく。それでも、ルアンの表情には模擬戦を始める前と変わらない余裕が残っていて、怒りに震えるリックは唸るような声を上げた。
「…ルアン、わざと力を抜いたな。何の真似だ」
「まぁ、これから見せてもらおうじゃないか。彼女の力を」
大したことでもないように答えるルアンだが、痛みはしっかりと感じているようで、よく見るとその額には冷や汗が滲んでいる。
見学席にいたサラは、こうなる事を期待していたであろうマティアス侯爵が憎くて仕方がなかった。その顔を直視できない自分の情けなさをぐっと飲み込んで、覚悟を決めたサラは、ハイヒールを脱ぎ捨てて訓練場にいる二人の元へと走り出した。
訓練場にいた全員が、決闘じみた模擬戦の結末に目を奪われていると、そこへ突如現れた場違いすぎる貴族令嬢に、誰もが度肝を抜いて唖然としていた。今度は一体何が起こるのか、といった様子だ。
「はぁ、はぁッ」
サラは着ているドレスの重さと、鍛えられていない体のせいで、三十メートルもしない距離を走っただけでかなり息切れをしている。なんとか息を整えながら顔を上げると、怪我をしているルアンに向けて、一言目から怒りを露わにした。
「わざと、ですよね…!」
開口一番で怒られている事に気付いたルアンは、一瞬だけその表情を硬くして、すぐに丁寧な口調で返した。
「……気づかれていましたか。さすがですね。そこで申し訳ないのですが、この腕を治していただけませんか?」
そう言われても納得のいかないサラがリックに目を向けると、黙ったまま怒りに堪えていることが伝わってきて、少し冷静になって再びルアンに向き直った。
「またこんな真似をしたら、二度と治しませんから!」
「…わかりました。もう危ない真似はしません。申し訳ございません。ですが、このままでは不味い事になりそうです。治療をお願いできますか」
素直に謝るルアンをこれ以上無視することは出来ない。さっと両手を伸ばし、ルアンの腕をそっと持ち上げて傷の具合を見てみると、ばっくりと切れている痛々しい傷にうっと息を呑んだ。
とりあえず「治りますように」と願ってみるが、目の前にある傷に怖気づいてしまったのか、それとも怒りのせいなのか、聖女の力はなかなか発動しない。
ふぅ、と一呼吸を置いて、仕方なく、久しぶりにあの呪文を唱えてみることにした。
「『治療』」
言霊が宿るように、サラの体内で温かい熱が帯びてくるのと同時に、優しい光が深い傷を覆い隠し、やがて腕全体を包み込んでいった。その次に、光がゆっくりと薄れていく中で現れたルアンの腕は、何事もなかったかのようにきれいに治っていて、それは訓練場にいた誰の目で見ても明らかだった。
「おおっ!傷が治ってるぞ!」
「何だ、今の光は!?」
周囲が動揺と感嘆の声で埋め尽くされる中、サラは上手くいった事にほっと安堵していた。
怪我を治してもらったルアンは、気が抜け落ちた様子のサラの右手を取り、手の甲に唇を近づけ、キスをしない儀礼的な仕草でお礼をする。
「ありがとうございます。これでリックに殴られずに済みます。それに―――」
掴まれた右手をぐっと引っ張られたサラは、ルアンに引き寄せられ、気づいた時にはルアンの唇が耳に触れる寸前まで近づいていた。
「またお会い出来て光栄です。聖女様」
「―――!?」
バランスを崩したサラの体を、ルアンが支えるように受け止めた。サラは目を丸く見開いたまま、相手の胸の中にすっぽりと埋まってしまった。
リックは目の前で何が起きたのかわかると、慌てて友人に戒めの言葉をかけようとした時、その場に駆けつけたキースの声がそれを遮った。
「オリビア!」
キースはサラの肩を掴んで、ルアンから引き剥がすように体を引き寄せると、威嚇する目で睨みつけた。
「貴様、無礼だぞ!」
怒鳴られたルアンは、笑顔で両手を挙げて「降参」のポーズを示している。
「すみません。出血が多くて、ふらついてご令嬢の手を掴んでしまいました。ですが、我々は総司令官の指示に従っただけです。そんなに怖い顔をなさらないでください」
この思いがけない展開に、その場にいたルアン以外の者達は、どうしてこうなったのか、それぞれが異なる視点で困惑と苛立ちを抱えていた。
この状況にそれなりの満足感を得たマティアス侯爵は、サラをキースに預けたまま、見学席から立ち去ろうとしている。それに気づいたサラは、どうしようもない憤りを感じたまま、遠くからその姿を見つめることしかできずにいた。
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