身代わり聖女は悪魔に魅入られて

唯月カイト

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第二章

28、ルアンという男

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「―――ビア、オリビア!」

 別の名前で呼ばれていることに気づかなかったサラは、はっとして、後ろから肩を支えているキースを見上げた。

「大丈夫か。何もされていないな」

「は、はい」

「ここにもう用はない。行こう」

「え、でも、……お兄様、は、騎士団の任務はよろしいのですか?」

 今頃になって人々の視線が自分に向けられていることに戸惑いながら、初めて大勢の人前で「お兄様」と呼ぶ気恥ずかしさがある。キースも一瞬だけ顔をこわばらせたが、軽く咳払いをした。

「今日は非番だ。…歩けるか」

 足元はドレスで隠れて見えないはずなのに、キースはサラが裸足でここにいることを知っている。その訳は、見学席で脱ぎ捨てたハイヒールを見られたのだとわかって、サラは慌てはじめた。

「だいじょうぶです!歩けます!」

 人々が見守る中、奇妙な雰囲気をかもし出した二人だった。そこへ複雑な表情をした第一騎士団の団長がやってきたので、キースは訓練場に乱入したことを謝罪し、サラを連れて、注目を浴びながらその場を後にした。




「あれが噂の聖女様か!魔法が使えるなんて嘘だと思っていたけど、本当だったんだな!」
「さすがマティアス家の血を引くご令嬢だ。可愛すぎて、いつもは無愛想な団長補佐が必死になって妹を守っていたぞ」
「あれで成人前ってマジかよ。一度でいいからデートにお誘いしたいくらいだな」
「ばか、総司令官の娘だぞ!下手なこと言うと首を斬られるぞ!」

 リックとルアンは、二人がいなくなった後も騒がしい訓練場を抜け出して、先に休憩室へと戻って来た。ここへ来る間も、リックは終始無言のまま、後ろからついて来るルアンに振り向きもしなかった。

「おい、リック。まだ怒っているのか?」

 休憩室に入ってからも何も言わないリックに対して、堪らずルアンが声をかける。するとリックは、部屋に誰もいないことを確認してドアの鍵を閉めると、やっとルアンに向き直った。

「一体何を考えてるんだ!あそこに『聖女』がいるとわかっていて、わざとやったんだろう?今日初めて会うはずのお前が、どうしてあの方のことを知っていたんだ?俺はお前の腕を切り落とすところだったんだぞ!正直に話せ!」

 それでもルアンはしばらく黙っていたが、親友の真剣な眼差しに観念して、その理由を話し始めた。

「わかった。お前を信用しているとは言え、確かにやり過ぎたな。俺が悪かった。…じつは『聖女』の噂の真相を確かめたくて、こっそりグローリアに通っていたんだ。極秘扱いの情報もダダ漏れ過ぎて、これは何かあると思って探ってたんだ。そしたら案の定、怪しい奴らが『聖女』のことを探していて、尾行していた事がばれて襲撃されたんだ」

 まずは話を聞こうと構えていたリックだったが、襲われたと聞いた途端、再び怒りだした。

「お前はどうしてそんな無茶をするんだ!」

「いや、待て!話を最後まで聞けって!まさか俺だって、いきなり襲ってくるほど危険な奴らだとは思っていなかったんだ。そしてその時に右手を負傷したんだよ」

「右手?」

 リックはそう言われてルアンの右腕を見たが、何の傷跡も後遺症も見当たらない。

「こう見えても、あの時は右腕が使いものにならなくて危なかったんだ。何とか逃げ切った後も、襲われないように人がいる場所を選んで移動していたら、街中でさっきの女神様とばったり会って、治してもらったってわけだ」

 サラに初めて会った時のいきさつを笑顔で語っているルアンだが、リックは呆れてしまうばかりだ。

「お前にそんな怪我を負わせられるのは、騎士団でも限られているぞ」

「そうなんだよ。複数で息の合った攻撃をいきなり仕掛けられて、あれには驚いたな。相当の訓練を受けてるとみた。だから噂に聞く『暗部あんぶ』の奴らじゃないかと思うんだが」

 ルアンの言う「暗部あんぶ」とは、国内で密かに活動していると噂の暗殺部隊の俗称だ。帝国の敵ばかりを狙って暗躍する組織が存在しているのは確かだが、正式名称も不明で、誰がその指揮を執っているのかは全くわかっていないとされている。

「そいつらに顔を見られたのか!?」

「どうだろう。フードを被っていたから、ばれていないと思う」

 ルアンが肩をすくめると、リックは「はぁ」と深い溜息をこぼし、危機的な状況だったことを平然と語る友人に苦言した。

「どうして今まで黙っていたんだ」

「リックは最近、総司令官に目をつけられて毎日忙しかっただろう。俺もパウロ公爵の命令を受けていろいろとやることがあったんだ。あの人は多額の寄付金を騎士団に納めているから、ここでは誰もパウロ公爵に文句を言えないんだよ。それにこれ以上の事は、俺個人の問題だと思ったから言わなかっただけだ」

「…パウロ公爵は戸籍省の長官だろう。個人的な興味ではなくて、頼まれて聖女を探しに行ったのか?」

 友人をこれ以上怒らせないために補足した最後の説明で、失言した事に気づいたルアンは、無言で「そうだ」とも「違う」とも取れる表情を示した。

 いきなり秘密主義になるルアンに苛立ちながら、結局この男にこんな事を言っても仕方がないとわかっていても、リックは敢えて言うべきことを言った。

「次からは一人で動くなよ。実力を隠しながら危険をかえりみない行動を取るのは、お前の悪い癖だ」

 ルアンは無言でリックを見返し、少し時間をおいて、照れ隠しで髪をかき上げながら反省の言葉を口にした。

「わかった、わかった。気を付けるよ」

 ルアンは鍵を開けて先に休憩室から出ていった。リックはゆっくりと締まりかけたドアを体で押さえて、ルアンが廊下の角を曲がるまで見届けていた。



 やっと一人になれたリックは、緊張が解けて、訓練場で見かけた少女サラのことを思い浮かべていた。

 友人の無謀な悪ふざけに、自ら駆け寄ってきた時の彼女は、泣きたいのか怒りたいのかわからない赤い顔で、必死になってルアンに注意をしていた。その時の事を思い出し、リックは困った顔でドアに頭をこつんと当てた。

(怒った顔も可愛かったな…)




 ※   ※   ※




 執務室に戻ってきたマティアス侯爵は、先ほど訓練場で起こった出来事を回想して、一つ気がかりな点を見つけると、隣室にいた副司令官のベンダルを呼び出した。

「アイゼン隊長と一緒にいる男は相当な腕の持ち主だ。あれだけの腕前に今まで気づけなかったことが何故か気になる。今日の訓練場で騒ぎの的になった男だ。調べてくれ」

「リック・アイゼンとよく一緒にいる男ですか…。それなら、たしか、ルアン・カールセインという男です。パウロ公爵が保証人となっている平民出身の男で、時々、戸籍省からの要請を請けて派遣もしています」

「そうか…。戸籍省の密偵スパイではないだろうな」

「ではないとみております。貴族の推薦を受けている者は普段から動向を見張っておりますが、その男はアイゼン卿以外の騎士とは交流を持たず、騎士団の内情に探りを入れている様子もありません。パウロ公爵も簡単な任務ばかり押し付けているようです」

「あの人の便利屋というところか。気軽に任務を押し付けるとは、困ったものだ」

「ですが、そう言われますと、気になることは一つあります。ご令嬢が誘拐事件に巻き込まれた同じ時期、数日間戸籍省に派遣しました。その時もパウロ公爵からの要請で、出張先への旅の護衛にその男を指名してきました。これまでも何度かありましたし、不審な点はないと判断していたのですが…」

「その出張先はどこだ」

「グローリアとは反対のガーレン地方です」

「そうか。グローリアで一人逃がしたと聞いたが、あの男かもしれないな。パウロ公爵も聖女の件で探りを入れていたのか…。その程度なら今のところ問題はない。だがこれからは抜き打ちで見張りをつけよう」

「承知しました」

「明らかな問題行動が発覚しても手を出すな。泳がせて、何が起こったのか報告させろ」

「御意」

 侯爵は、ルアンがリックの剣を正確に受け、正確に急所ばかりを狙って打ち込み、最後にわざと力を抜いた瞬間までを見切っていた。

 そして「ルアン・カールセイン」という男が、この先、抱えている野望の障壁とならないよう注視することを心に留めて、執務室からベンダルを下がらせた。


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