身代わり聖女は悪魔に魅入られて

唯月カイト

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第二章

33、二兎を追う者

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 応接室に入ったキースは、紅茶を飲みながら寛いでいるエバニエルと、その後ろに立っている男の姿を確認すると、苛立つ感情を抑えて仮面をつけた気持ちで向き合った。

「帝国第二の星に、キース・マティアスよりご挨拶申し上げます。本日はお越しいただき、ありがとうございます。密使の方もようこそ。しかしながら、何故殿下もご一緒なのでしょうか。前にもお伝えしたように、警備を万全にしてお迎えすべきなのですが、急に来られては正直対応に困ります」

「私も密使として来ているのだから、事前に通知できなくても仕方ないじゃないか。それに『聖女』の護衛の為に騎士団も派遣されているのだから、すでにここの警備は万全のはずだよ」
 
 エバニエルは笑みを浮かべて、ティーカップをソーサーの上に戻すと、体の横に置いていた細長い箱を持って見せた。

「陛下から預かってきた書簡は二通ある。一つはマティアス侯爵にだけど、それはさっき渡すことが出来た。もう一つはオリビア嬢へのものだけど、ここへは呼んでくれたのかな」

「事情はわかりました。しかし、オリビアは体調を崩して休ませていますので、私が代理で受け取らせて頂きます」

「それは駄目だよ、キース。陛下からは、多忙なマティアス侯爵は仕方ないとしても、オリビア嬢への書簡は必ず本人に渡すように言われているんだ。体調が悪いなら、お見舞いも兼ねて部屋まで届けるとしよう」

 キースが何を言っても、にこにこと会話を続けるエバニエルに対して、その笑顔の裏に別の顔がある事を改めて思い出したキースは、ゾクッと背筋を凍らせた。

「…オリビアの風邪が殿下にうつってしまう可能性もあります。密使の方に預けて、彼が戻るまで殿下はここで私とお待ち頂くというのはどうでしょう」

「それだと本人に渡したのか確認ができないじゃないか。そうなると、この書簡は持って帰らないといけないな。次はいつ来られるか未定だけど、その時君がいなくても、きっとオリビア嬢はいるだろう。とにかくこれは預かっておくから、直接私の所に本人が取りに来るか、また私がいつか来る事を伝えておいてくれるかな」

 キースにとって今一番の問題は、エバニエルの言っている事が本当かどうかではなく、ここで帰られてしまうと、せっかく得られた好機を先延ばしにされかねないことだった。エバニエルはそれを承知で、キースがどう出るか見ている事もわかっていた。

(相変わらず悪趣味な皇子だ。人をからかって、その反応を見て楽しんでいるな…)

 本来であれば、皇子からの要望には余程の理由がない限り誰もそれを断る事はできない。しかし、キースはエバニエルに対する抵抗感が強く、どうしても書簡だけを受け取ってお引き取り願いたいと思うだけだ。

 その時、応接室のドアをノックする音が響き、執事のギルバートがドアを少し開けて隙間から外を確認すると、不自然に動きが止まった。そして一度応接室を出て再び戻ってくると、キースの背後から小声で何かを囁いた。キースはすぐに厳しい口調で返した。

「――ダメだ。待つように言ってくれ」

 キースの冷めた言い方で鋭く何かを察したエバニエルは、書簡を持って立ち上がり勝手に扉の前まで行くと、内側に開く大きな両扉の片側を勢いよく開けた。そして、廊下でひと際目立つ容姿のサラを見つけて、嬉しそうにその名を呼んだ。

「やぁ、レディ・オリビア!またお会い出来て光栄だよ!」

「え!?ええっと?」

 いきなり扉が大きく開いたかと思えば、すぐそこに第二皇子のエバニエルが立っていたので、サラだけでなく、リックとエレナも驚き目を見張っている。

「よ、ようこそお越し下さいました、殿下。じつは体調が悪く、準備に手間取りました。何か私にお渡し頂けるものがあると聞いて参ったのですが、お兄様は中に――」

 「中にいらっしゃいますよね」と言いかけて、ちらりと部屋の中を覗くと、立ったまま怒りとも戸惑いとも取れる複雑な表情をしたキースの顔が視界に入ってきた。

(キース様を怒らせてしまったかも…。でももうここまで来てしまったし、後には引けない)

「…お邪魔でしたでしょうか」

「とんでもない。ちょうどよかった。中へどうぞ」

 エバニエルが中に招き入れようとしたので、サラは慌てて数歩下がった。

「殿下、お気遣いに感謝いたします。ですが、私にあまり近寄ってはいけません。入り口でご挨拶だけをして去るつもりでしたが、まさか、殿下自らドアを開けて下さるとは思ってもいませんでした。やっぱりお兄様に言われた通り、すぐに私は部屋に戻りますので、どうぞ、久しぶりにお兄様とゆっくりお話なさって下さい」

 赤く腫れた目と、赤みを帯びた顔色でそう言われたエバニエルは、サラの髪がまとめられてもいないことに気づくと、少し考えてこう言った。

「どうやら私が君に無理をさせてしまったようだね。さぁ、これが陛下から預かってきた書簡だ。中に書かれているのは、君を皇帝陛下の命令で教会へ派遣するという文書だよ。陛下の名に傷がつかないように、よろしく頼んだよ」

「はい。謹んでお受けいたします」

 うやうやしく書簡を受け取ったサラは、そこで一礼すると、リックとエレナと共にその場を離れて行く。その後ろ姿を見送って満足したエバニエルは、応接室の真ん中で呆然としている一同の所まで戻ると、密使に持たせていたコートを取り上げた。

「さて、私の役目は果たせたし、これで帰るとしよう。また次の夜会で会えるのを楽しみにしてるよ、キース」

 キースはエバニエルと密使が部屋から出て行った後、その後を追おうとしたギルバートを呼び止めた。

「あの二人が敷地の外に出たら執務室に来てくれ。全ての警備態勢を見直す」

「承知いたしました。お見送りしてまいります」

 キースはこの後、客人が出て行く玄関先ではなく、自分の執務室でもなく、ここまで来ていたサラの後を追って、彼女の部屋がある方向へと廊下を突き進んで行った。そして曲がるべき角を曲がったところで突然目の前にリック・アイゼンが現れて、キースの行く手を阻んだ。

「落ち着いて下さい。お嬢様は私の後ろにいます」

「そこを退いてくれ。彼女に聞きたいことがある」

「あ、あの、アイゼン様、私からちゃんと話しますから」

 リックの背後に完全に隠れているサラの声だけが聞こえてきた。リックはキースに退くように言われても、サラが説得しても何故か動こうとはしない。キースは舌打ちをして、姿が見えないサラに疑問だけをぶつけた。

「どうして出てきたんだ。私は部屋にいろと言ったはずだ」

「でも、私がこの屋敷にずっと籠っていることは殿下もご承知のはずです。先日の謁見で体調を崩していると言われていた私が、その後、訓練場で力を使ってしまいました。これ以上もったいぶって隠していても、悪い方向に相手を刺激することもあります。どうぞ、この書簡はキース様が保管しておいてください。これはマティアス家にとっても大事なものです」

 サラが書簡を差し出しているタイミングで、リックが配慮してやっと体を移動させた。キースは怯えるサラがそこいることを想像していたのだが、姿を見せたサラはただ心配そうな眼差しでキースを見つめていた。

 その顔を見たキースは、一刻も早く、サラを部屋に戻すべきだと考え直した。

「エレナ、書簡を執務室へ持ってきてくれ。アイゼン卿、父の前で今回と同じことはするな。あの人は容赦しない、たとえ相手が私でもだ」

「…心得ておきます」

「それからオリビアをしばらく部屋から出さないでくれ。今度こそだ。私も同じ事を何度も言わされるのは好きじゃない」

「はい」

 三人の横を通り抜けて先に執務室へと戻っていくキースの背中を目で追いながら、サラはそっと書簡をエレナに手渡し、「よろしくね」とだけ言った。



※   ※   ※



 皇城へ戻る馬車の中で、密使として派遣された男が、向かいの席に座って外の景色を楽しそうに眺めているエバニエルに恐る恐る尋ねた。

「殿下、大事な会議があったはずなのに、なぜ予定を変更してまで一緒にいらしたのですか。書簡を渡すだけなら公子様でもいいと言われていましたのに。もしかして、聖女様にお会いする為ですか」

 密使の男の役目を奪ってしまったエバニエルは、上機嫌でその質問に答えてやることにした。

「それだけじゃないよ。私もキース公子と久しぶりに会いたかったからね。彼は本当は私の右腕にしたいほど優秀な男なんだ。それなのに陛下が勝手に騎士団に入る事を容認してしまったから一度は諦めたんだよ。本人は隠しているつもりでも、妹をとても大事にしているようだったな。長年彼を見てきた私にはわかってしまうんだ。私が皇帝になって、オリビアを皇后に迎えれば、キースも妹を心配してついてくるだろう」

「は、はぁ。左様でございますか」

「皇子である私を利用したくて近づいて来たくせに、自分の都合で勝手に離れていくなんて、虫が良すぎると思わないか?利用するつもりで近づいたなら、利用されることも覚悟しておくべきだよ。私は気に入ったモノを簡単に手放す気はないからね」

 エバニエルは視線を外に戻すと、今後の「聖女」の動向に期待を膨らませ、静かに微笑んだ。


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