身代わり聖女は悪魔に魅入られて

唯月カイト

文字の大きさ
37 / 89
特別編

特別編(一)「初代皇帝ミハエル・ユスティヌス」

しおりを挟む



 豊かな自然環境に恵まれた小国の王子としてこの世に生を受けたミハエル・ユスティヌスは、剣を握るよりも動物と遊ぶことが好きな純朴な少年として、国民から広く親しまれていた。

 いつからか周辺各国で内戦や戦争が勃発し不穏な空気が漂い始めていた矢先、弱小国ばかりを狙う蛮族がついにミハエルのいる王国にも襲来した。

 王国の豊かな天然資源に目をつけて、国の乗っ取りを目論んだ蛮族によって王宮を襲撃されると、子供達を人質に取られた国王と王妃は広場に連れて行かれ、国民の目の前で処刑されてしまった。

 これまで平和だったはずのユスティヌス王国は、最後まで戦おうとする人々と、抵抗する者は容赦なく切り捨てる蛮族との戦いで、一夜にして炎と血と、人々の悲鳴で埋め尽くされていった。

 王宮が襲撃されていた時刻、近くの牧場にいて難を逃れたミハエルは、両親だけでなく兄弟達も殺されてしまった事実を知って怒りと恐怖で頭がいっぱいになった。そして王族の血筋を根絶やしにしようとする追手から逃れるうちに、気づけば一人きりになっていた。



 二人組の男達に追われていたミハエルが何かに導かれるように夜の山奥へ逃げ込むと、山の天気は一転して強い雨が降り出した。ミハエルは暗闇に紛れて岩場に身を隠し、寒さと恐怖に震えながら、誰に言うともなく問いかけばかりを繰り返した。

(どうして…どうしてこんな酷いことをするんだ…!どうして、僕は何もすることができないんだ!!)

『力が欲しいか?』

 絶望の淵でその声を聞いたミハエルは、自分の居場所がばれた事に怯えて身構えた。

(――だ、誰ッ!?)

 二人組の追手がまだ岩場より向こう側の林の中にいることを確認すると、今しがた聞こえた声の主を探して周りを見回す。

(誰?誰かいるの…?)

 口に出して言ってもいないのに、どこからともなく聞こえたあの声は、ミハエルの心の声に再び応じた。

『私が何者かは関係ない。敵を打ち倒す力が欲しいなら与えてやろう。その代わり、お前の体を使わせてもらうが、どうする?』

(力?…どんな力をくれるの?)

 ミハエルは今すぐにでもすがりつきたい気持ちを抑えて質問で返したつもりだったが、暗闇からの「声」は全てを見透かしたように、心地よく響く波長へと変わっていった。

『この世界の頂点に君臨する王となって、お前が望む世界を与えてやろう』

(望む世界…?僕はただ愛する両親や兄弟達と、笑顔で接してくれる国民と共に、ただ平穏に生きていたかっただけだ……。それの何がいけなかったの?どうしてこうなってしまったの?)

 自分自身にその理由を問いかけ、彼は一つの残酷な答えを自ら導き出した。

(――僕に、力がなかったから…?)

 ジャリッと足音がして、ミハエルはすぐそこに危険が迫っていることを感知した。岩陰に隠れて縮こまっていると、またあの「声」が聞こえてくる。

『目の前の石を取って岩の上に登ったら、一番近くにいる男に気づかれる前にその石を頭にぶつけるんだ。男が持っていた剣を落としたら、それをすぐに拾い上げて、もう一人の脚の脛を狙って剣を振れ』

 顔を上げたミハエルの目に飛び込んできたものは、拳よりも大きな石だった。それを拾えと言われているようで、どうしてもその石から目が離せない。

(で、できないよっ、そんなこと…!)

『大丈夫だ。力を与えてやると言っただろう。やらなければ殺されてしまうぞ。全ては私の言った通りになる。お前の動きは雨音で気づかれることはない。―――さぁ、今だ!!』

 「声」の合図で少年の体は勝手に動いていた。石を手に取り岩の上に登ると、岩群いわむらの合間を彷徨い歩く二人の敵の姿が眼下にある。

 手前にいた男の頭上に飛び掛かり力の限り石をぶつけると、男は「うぐ」っと唸って持っていた剣を落とし、両手で頭を抱えてよろめいている。

 男が落とした剣を素早く拾い上げた少年は、驚いて振り向いたもう一人の男の脛に剣を当てた。予想以上に剣の切れ味は鋭く、スパッと切れたかと思うと、その男は苦悶の表情で尻もちをついて倒れた。

 頭を石で殴られた男は朦朧とする意識の中で、落としてしまった剣を見つけられずに焦ったのか、息を切らして立ち尽くしている少年に気づいて殴りかかった。しかし少年が持っていた剣で呆気なく倒されてしまうと、目の前で相棒が殺されるのを見ていたもう一人の男は「ひっ」と叫んだ。切られた脚を引きずって逃げようとするが上手くいかず、男の瞳には暗闇の中に佇む少年の姿が悪魔のように映っている。

「『た、助けてくれ…』」

 男は通じるはずもない自国の言葉で情けを乞うが、ミハエルはその意味が何となくわかった気がしても、この時脳裏に浮かんだのは広場で無残に処刑された両親の最期の姿だった。そして少年は迷いなく男の心臓に剣を突き刺した。

 降り止まない雨と不気味な静寂が漂う中、しばらくしてミハエルは暗闇に向かって話しかけた。

「…今のが、君の力?」

『そうだ。お前はまだ契約前だから完璧ではない。だから拾わせた剣をこの世にない物に変えてやった。それがなければ今頃返り討ちにあって死んでいたはずだ。その剣の切れ味は最高であっただろう?』

 宣言通りに自分を助けてくれたはずのその「声」が自分を嘲笑っているような気がして、ミハエルはゾッと体を震わせた。それでもその「声」が与えてくれる力の可能性に期待してしまう自分を偽れず、ミハエルは緊張で声を震わせながらその「声」に応えてしまった。

「……わかった。僕の体を使ってもいいよ。でも約束だ。僕に君の力を分けてくれ」

『もちろんだ。契約成立だ』

「うっ、うわっ!何だ!?」

 言葉だけの契約が取り交わされた直後、少年の周りに円形の光が浮かび上がり、中から黒い霧状の冷気が噴き出てきた。驚いたミハエルはそれを避けようとするが、何故か足を動かせない。

『恐れるな。恐怖を受け入れろ。そうすればこの力はお前のものだ』

 ミハエルは黒い霧に包まれると、底無しの暗闇に落ちていく感覚に捕らわれた。絶望と恐怖を同時に味わいながら、その体は深淵に飲み込まれ落ちていった。



 ※   ※   ※



 ユスティヌス国の若き国王が野蛮な侵略者達を制圧した十数年後、内乱や戦争が続いていた各国を凄まじい勢いで征服し、一代で帝国を築き上げた若き覇王が初代皇帝として名乗りを上げた。

「ミハエル・ユスティヌス皇帝陛下!万歳!」

 暗闇から生き返り不思議な力を得たミハエルは、その圧倒的な強さで敵を一掃し、新世界を夢見る者達を魅了し多くの味方をつけていった。その勢いに乗った彼は無益な争いで弱体化していた周辺各国を次々と征服し、ユスティヌス帝国の樹立を宣言したのだった。

 そんなミハエルが一度ひとたび前に出れば、どんな権力者や貴族達もただひれ伏す事しか出来ず、彼らの傲慢で身勝手な争いに巻き込まれ疲弊していた人々は、自分達の国が滅びようとも、長きに渡る戦を終結へと導いた新しい主君の誕生を心から祝福していた。
 
「手に入れた…やっと、平穏を…」

 長かったような、短かったような、そんな過去を振り返りながら、ミハエルは横にいた一人の女性の手を取り握りしめた。

「ソフィア、君のおかげで延々と続く戦火の中、人間の憎悪と欲望によって生まれた悪魔との戦いにも勝つ事ができた。この事を知っているのはほんの一部の者達だけだが、君がいなければどんな戦に勝とうとも、本当の意味での勝利は得られなかっただろう。これからは『聖女』としてだけではなく、私の永遠の伴侶として、帝国の安寧あんねいのためにも私の側にいてほしい」

「ミハエル、私は神託を受けて世界を混乱へと陥れる悪魔を封じることができました。これからはあなたと共に、あなたが築き上げた帝国のために生涯をかけて尽くす事を誓います」

 ユスティヌス帝国の樹立を祝うために広場に集まった帝国民は、熱い視線を交わす二人の救世主に向けて称賛の声を浴びせるように沸いた。だがこの時のミハエルとソフィアは、今まで戦いにばかり身を投じてきたせいか、愛を語り合う余裕もなく、お互いに明かせない秘密もそれぞれ抱えていた。

 ミハエルは悪魔から与えられた力を持っている事を隠し続け、完全にその力を制御できていると信じていた。そして聖女ソフィアが悪魔を封じたことで、自分自身も悪魔との謎めいた契約から解放されたと思い込み安心しきっていた。

 一方のソフィアは、各地で起こった混乱に乗じて復活した悪魔を封じる事は出来たものの、決してこの世から消え去る存在ではない事を知っていた。それでも「聖女」としてミハエルと出会い、「鮮血の皇帝」との異名を持つミハエルの優しい心根に触れて恋に落ちてしまったソフィアは、好きな男に幻滅されることを恐れ、再び悪魔が復活する日が来るとしてもそれはずっとずっと遠い未来に起こる事だと言い訳をつけて、ミハエルに真実を打ち明けることができなかった。

 些細な事だと思っていた秘密が、まさか二人の今後を大きく左右する事になろうとは、この時、帝国の未来は明るいと信じている二人は知る由もなかった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

アリエッタ幼女、スラムからの華麗なる転身

にゃんすき
ファンタジー
冒頭からいきなり主人公のアリエッタが大きな男に攫われて、前世の記憶を思い出し、逃げる所から物語が始まります。  姉妹で力を合わせて幸せを掴み取るストーリーになる、予定です。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

処理中です...