身代わり聖女は悪魔に魅入られて

唯月カイト

文字の大きさ
64 / 89
第三章

63、デビュタント(四・波乱の幕開け)

しおりを挟む
 突然皇帝陛下の入場を告げる声が響き渡り、着席していた人々も立ち上がって会場内に緊張感が走る。

「ユスティヌス皇帝陛下、御入来! ロシエル・ユスティヌス皇子殿下、エバニエル・ユスティヌス皇子殿下、御入来!」

 皇帝の後に続いて、病弱で滅多に人前に出てこない第一皇子ロシエルと、次期皇帝と言われている第二皇子エバニエルが二人揃って登場したせいで、会場内は騒然となっている。

 玉座の前で立ち止まった皇帝が睨みを利かせると、ざわめきは収まり来場者達は一斉に頭を垂れて皇族に敬意を表した。皆口を閉ざしてはいるが、内心ではデビュタントに二人の皇子が現れた意味を探りながら、困惑と動揺を顔色に出している者ばかりだ。

「この日、正式に社交界の一員として認められた令嬢達とその一族に、私から祝いの言葉を授けよう。皇子二人もこの場に連れて来ているが、今夜の宴は令嬢達の為に用意したものだ。気にせず最後まで宴を楽しんでくれ」

 皇帝の祝辞の後で宮廷楽団による生演奏が始まると、優雅な曲調に乗って会場内は温和なムードを取り戻していく。そんな中、皇帝の従者がマティアス侯爵に近づき小声で話しかけると、侯爵は軽く頷き、夫人とキース、そしてサラにも一瞥し合図を送った。

「陛下がお呼びだ。行くぞ」

 侯爵は夫人を、キースはサラをエスコートして、皇帝と二人の皇子が待つ檀上へと向かう。

(旦那様は陛下の前でロシエル殿下の話をしてはいけないと仰ったけれど、私はこの後どうやって殿下と接触を図ればいいのかしら。こちらの意向は伝えてあるらしいけれど、ロシエル様からどんな返事を頂いているのかはまだ聞いてないわ)

 皇帝の前にマティアス一家が横一列に立ち並び、侯爵が挨拶を述べる所から、誰もが予想していなかった駆け引きの幕が切って落とされた。





  ※    ※    ※





「侯爵家当主キリアス・マティアスより、帝国の太陽にご挨拶を申し上げます」

「結構。今回のデビュタントにはそなたの娘のオリビアも来ると聞いて楽しみにしていたぞ」

「恐れ入ります」

 サラが皇帝に会うのはこれで二度目となる。前回はマティアス侯爵の前で失敗をしない事ばかり気にしていたので、皇帝の印象や顔立ちをまともに覚えてはいなかった。どちらかと言えば、ある日いきなり屋敷に押しかけてきた第二皇子エバニエルの方が悪い意味で印象に残っている。

(エバニエル様は笑顔の裏で何を企んでいるのかわからない人だわ。関わる予定はないけど用心しなくちゃ。皇帝陛下は穏和な性格だと聞くけど、さっきの威圧感は尋常じゃなかったし、実際のところわからないものよね。ロシエル殿下はどんな感じの人なのかしら…)

 二人の皇子は玉座を挟んで両サイドに置かれた椅子に着席している。マティアス一族に引けを取らない優れた容姿と、金髪に金の瞳、その神々しい外見的な特徴が皇族の証であるとされているはずなのに、三人の中でロシエルだけが艶のない金髪に、影のある虚ろな目をしていている。

 ロシエルがどんな病を抱えているのかは秘密とされているが、憂い顔で椅子に座っているロシエルを観察していると、貧弱に見えるはずの青年の姿が何故か少しずつ品格を伴なった凛々しい印象へと変わっていく。微妙な変化に惹きつけられたサラは、ロシエルから目が離せない。

(まるで、傷だらけになった孤高の戦士のようだわ…)

「レディ・オリビア、前に出よ」

 ロシエルに気を取られていたサラは、急に自分が呼ばれた事に驚いて正面にいる皇帝を直視してしまった。皇帝は微笑んでくれているが、サラは失態を自覚しつつ平常心を装って前に歩み出た。

「マティアス家長女オリビアよりご挨拶を申し上げます。帝国の―――」

「堅苦しい挨拶は結構だ。それよりも、そなたの顔をよく見せてくれ」

 サラは命令に従い、顔を上げて目線は皇帝の足元に向けているが、二人の皇子の視線をちくちくと感じて落ち着く事が出来ない。

「ようやく教会がそなたを聖女と認めた訳だが、その時も体調を崩したと聞いて心配していたぞ」

「…陛下のお心を煩わせてしまい申し訳ございません。おかげさまで体調は良くなり、今は週三日ほど教会に通わせて頂いております」

 「ふむふむ」と皇帝は微笑みながら、顎髭に手を当てて話題を変えてくる。

「この後デビューダンスがあるな。そなたのパートナーは兄のキース公子か?」

「はい」

(普通は婚約者か歳の近い親族と踊るのが一般的で、じつは最初の曲で誰と踊るかが貴族にとっては重要な事らしいけれど、今の私には関係ない話だわ。キースと踊れるのは楽しみだけど…)

「そうか。それなら、ここにいるロシエルにそなたのダンスの相手をさせようと思うが、どうだろうか?」

「…え?」

 会場では静かなピアノ演奏が奏でられているが、皇帝とマティアス一家の会話を遠くから盗み聞ぎしている他の貴族達の間でも小さなざわめきが起きている。

(どうだろうかって…、陛下の提案を断れる訳がないじゃない。もしかして陛下と旦那様との間で先に約束でもしていたの?それならそうと先に言ってくれれば、変な期待を持たなくて済んだのに。キースと踊れなくなってしまうのは残念だけど、これでロシエル様に近づける口実が出来たわ)

「マティアス侯爵はどう思う?」

「…光栄な事ですが、よろしいのですか?」

「問題ない。神に選ばれた聖女へ敬意を表し、第一皇子に聖女のパートナー役を務めさせよう。だがロシエル、考えてみればお前がこのような宴の席に出るのは久しぶりだな。体調も良さそうにない。お前が無理だと言うのなら、エバニエルに代わりをさせよう」

(―――は?ちょっ、ちょっと待って!ロシエル様をパートナーにしようと言い出したのは陛下の気まぐれだったの?それにどうしてロシエル様は黙ったままなの?私はあなたに用があってここにいるのよ?)

 サラの困惑を他所に、二人の皇子は互いの顔を見合わせようともしない。ロシエルに至っては肘掛けを使って頬杖をついて目を閉じてしまっている。気まずい雰囲気の中で様子を伺っていると、じっと見つめてくるエバニエルと目が合って微笑まれてしまった。

「兄は体調が良くないそうだ。代わりに私がパートナー役を務めますよ、レディ・オリビア」

(か…っ、代わりなんて必要ないわ!エバニエル様は公爵家の令嬢と婚約してるでしょう?変な噂が立ったらどうするの!それにキースの親友の命を奪った人と踊らないといけないなんて、すごく、すっごく嫌だわ…!)

 だがロシエルが前に出てこない限り、サラがこの申し出を断る権限などあるはずがない。

「お願いします……」

 断れない悔しさを胸の内に隠して、サラはエバニエルにエスコートされながら会場の中央へとやって来た。すると他の令嬢達もパートナーと共に歩み出てきて、二人の周囲を円で取り囲むようにスタンバイを始める。

(まさかエバニエル様と踊る事になるなんて。もしかして今でもキースを側近にする事を諦めていないのかしら…)
     
 どこかでキースが見守ってくれているとわかっていても、エバニエルを彼に近づかせたくないと考えたサラは、あえて今はキースの姿を探さないと心に決めた。




 会場の中心にいる二人が一曲目の音楽に合わせて動き出すと、他の組も動き出し、カラフルなドレスがくるくると会場全体を華やかに彩っていく。サラがエバニエルのリードに合わせて踊っていると、エバニエルの方から必要以上に近い距離で囁き声で話しかけきた。

「初めて見た時よりも、一段と美しくなったね。レディ・オリビア」

「もったいないお言葉です」

「最後に会ったのは僕が陛下の勅令を持ってキースの屋敷に行った時だったね」

「はい」

「あの時も体調が悪そうだったけれど、君の体が弱いのは誘拐犯につけられた背中の酷い傷が原因なのかな?」

「…!?」

 サラは一瞬聞き間違いかと思ったが、エバニエルの微笑んだ顔を見て間違いなく意図した発言だったとわかると、眉をしかめて唇を噛み締めた。

「君の秘密を知っていたから驚かせてしまったかな?でも僕は外交で忙しくて、会いに行きたくてもいけなくて、ずっと君の事を心配していたんだよ」

 踊りながらエバニエルがぐっとサラの腰を引き寄せ、もっと耳元の近くで囁いてくる。

「傷物になった令嬢はどこにも嫁ぐことはできない。でも幸いな事に君は聖女だ。私が皇帝に即位したら君を皇后にしてあげる。それまで誰にもその傷を見せず、キースの言う事を聞いて大人しくしているんだよ」

 こみ上げてくる嫌悪感に耐え切れず、サラは反射的にエバニエルを突き離そうとしたが、体が離れる前に腰のくびれ部分をがっちりと両手で掴まれて持ち上げられてしまった。ドレスの下に着けているコルセットのせいで息が詰まりそうになり、サラの鼻先がエバニエルの鼻先にかすめるほど顔が近づいてしまう。

 足が数センチ宙に浮くだけで体の自由を奪われる恐怖を感じたサラは、エバニエルの腕を掴んでこれ以上近づかないようにと力を込めた。そして再び床に足が着いた時に一曲目の演奏がちょうど終わりを告げていた。

 全ては一瞬の出来事だったが、呼吸が乱れ、いろいろな意味でへとへとになってしまったサラは、すぐにエバニエルから離れたくても、痛いほどに強く握られた手を振り払えず、再び引き寄せられてしまう。

「転ばなくて良かった。掴み上げてしまって申し訳ない」

(なッ、なんて…、なんて人なの…!人前で堂々とこんなセクハラをしておきながら人のせいにするなんて、一発殴ってやりたいのに、何よこの馬鹿力は!それにこのままだと間奏曲の演奏も終わって、二曲目も一緒に踊る羽目になってしまうわ。そんなの嫌よ!)

「手を離して下さい…!」

「まだあと二曲残っているじゃないか。最後まで君のパートナー役を務めさせてもらうよ」

 サラはここで目立つ事など望んではいなかった。それに声を上げて大事になれば、このままロシエルと接触する機会さえ奪われかねない。

 何とかしてエバニエルから離れようとするが、目の前の男はサラの手を離す気配さえない。サラは悔しさを滲ませた声を発した。

「殿下は何か勘違いされています…!私の秘密を知ったつもりかもしれませんが、そんなのでまかせですから!」

 怒りを込めた眼差しを向けられたエバニエルは、一瞬真顔になり、口角を上げて笑みを浮かべた。

「そっか…、僕が得た情報は嘘だったのか。そうなると偽の情報を教えた奴を処分しなくてはいけない。でもその前にどうやって君の言葉を信じたらいいのかな。証拠を見せてくれないと証明できないよね。だがこのドレスはキースが選んだものだろう?彼も妹の秘密を知っているのかな」

(ドレスを脱いで証明してみせろと言っているの!?この人完全にイカれてるわ!早く離れなきゃ、オリビア様の偽物だと知られたらどうなるかわからない!キースの足手まといになるのだけはごめんだわ!)

「気分が優れないので、席に戻ってお父様に報告します…!」

「それなら専属の医師がいる奥の部屋に案内しよう。そこでもし君が事実を証明できなければ、君は皇族に嘘をついたも同然だ。侮辱罪に問われかねないね」

(どっちが人を侮辱してるのよ!私を傷物呼ばわりしたくせに!私の背中に傷があるのを知ってて、弱みに付け込もうとしているだけじゃない!)

「あぁ、大丈夫。そんなに怖い顔をしなくても秘密は守るよ。それにどんな傷にも効く薬を出してあげる」

 しつこいエバニエルにサラの堪忍袋の緒が切れて、ヒールの踵をエバニエルの靴先に落とそうと決意した時、

「エバニエル」

サラが踵を落とし損ねた男の名前を馴れ馴れしく呼ぶ人物が、二人の側に立っていた。エバニエルはその人物を睨みつけて、ここへやって来た理由を尋ねる。

「何でしょう、兄上」

「せっかくだから私も侯爵令嬢に一曲願おうと思ってね。それに…お前の婚約者はここにいなくても、その父親である宰相はこの会場内にいるんだ。お前が聖女に構い過ぎると、宰相だけじゃなく陛下の機嫌も悪くなるぞ」

「はぁ、小さな事を…わかっていますよ。それじゃ、レディ・オリビア。私が言った事を忘れないでくれ。約束だよ」

(や、約束ですって?私を傷物呼ばわりした挙句、どこかに連れ込もうとした男と何を約束するって言うのよ!)

 解放された手にはまだエバニエルに強く握られていた感触が残っている。サラは怒りと同時に湧き上がってくる悔しさに堪えて手を震わせていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

アリエッタ幼女、スラムからの華麗なる転身

にゃんすき
ファンタジー
冒頭からいきなり主人公のアリエッタが大きな男に攫われて、前世の記憶を思い出し、逃げる所から物語が始まります。  姉妹で力を合わせて幸せを掴み取るストーリーになる、予定です。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

処理中です...