身代わり聖女は悪魔に魅入られて

唯月カイト

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第三章

65、デビュタント(六、波乱の終幕)

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 デビュタント会場にいるキースと侯爵夫人は、踊る令嬢達とそれを見守る人々の後ろ姿をテーブル席で眺めながら、侯爵とサラが戻ってくるのを待っている。 

 ずっと会話のない二人だったが、夫人が周囲に誰もいない事を確認して、扇で口元を隠しながらキースに話しかけてきた。

は旦那様の言う事を聞いて、上手くやっているようね」

「……そうですね」

「キース様も気をつけた方がいいわ。清純な振りをして何を企んでいるかわからないもの。だって偶然にしては全てが出来過ぎだと思いません?…娘が誘拐された事も、階段から落ちて一人だけ助かった事も、全て仕組まれていた事だとしたら―――」

「夫人…!あなたの考えなど私には関係ない。だがこの場でその話題に触れるのはどうかしている!」

 キースから冷たい眼差しと低い声で咎められた侯爵夫人は、たじろいで慌てて言い直す。

「わっ、私はただ、気を付けた方がいいと言っただけです!だけど確かにあなたにはもう関係のない話だったわね。明日からあの娘の世話は私がするのだから」

「…何?」

「あら、すでにご存知だと思ってましたわ。あの娘はこれから旦那様の屋敷に移り住むのでしょう?だから旦那様は私を王都に残す事にしたのです。今後の事はこの私に任せて下さい」

 侯爵夫人は強気な口調でキースの威圧感に対抗しているが、彼はすでに夫人を無視して誰もいない空間を睨みつけている。

(あの…クソ親父!俺に黙って今夜サラを連れて行く気だったのか!?しかもよりによってこの女を監視につけるだと!本気でサラを一生利用するつもりなのか!?)

 キースが心の中で毒づいている間、ある人物がこの会場を静かに抜け出した事に、彼はこの時気付けなかった。




 ※   ※   ※





「ロシエル殿下は…私の為に秘密を打ち明けて下さったのですか?」

「そう。例えば、対人恐怖症だとか、極度の潔癖症だとか色々と考えてみたんだが、どんな理由もあなたに会わない口実としてはくだらな過ぎて、病気だという嘘もつき通せないのなら、いっそのこと本当の事を言ってしまおうと思ったんだ」

 サラからの質問にロシエルはそう答えながら、照れ隠しなのか困った表情をみせている。

(ついさっきまで旦那様と重要な話をしていたくせに、ここでわざわざ私の名前を出さなくてもよかったのに!急に不機嫌になってしまったの隣にいる私の身にもなってほしいわ!どんな理由で謁見を断られていたとしても、エバニエル殿下に比べたら全然まともな人に見えるんだから、私の事なんて気にしなくていいのに!)

「ゴホン…。とにかく、私はこれを機に令嬢と信頼関係を築いていきたいと思っている。全ては帝国の未来の為、あなたとマティアス一族の協力が必要だと考えているからだ」

(んん…うまく話をすり替えてきたわね…。でもこのまま黙っていると、私を巻き込んで話がもっとややこしくなっていく気がする。なるべく穏便に終わらせてくれるといいけど…)

「こんな私でも、殿下のお役に立てるのなら光栄です」

「そうか。令嬢はそう言ってくれているが、侯爵はどうだ?」

「…はからずも娘は先ほどエバニエル殿下と一曲目を踊ってしまいました。陛下のご命令だったとは言え、皇太子妃の地位争いに巻き込まれる事を望んでおりません」

「それに関しても申し訳なかった。まさか陛下が私の代わりに弟を前に出すとは思わなかったんだ…。だが弟には予定通りロクサーヌ家の令嬢と結婚してもらう。それは陛下も同意見のはずだ。破談になって貴族派の大半を敵に回す事は避けたい。正直言うと、謀反が起きたとしても皇帝の権威が揺らぐ事はないのだが、私も無駄な血を流したくはないんだ、マティアス侯爵」

 「無駄な血」というロシエルの発言に反応した侯爵が目を細め、その鋭い視線を正面から受け止めたロシエルは、またすんなりと話題を変えてしまう。

「さて、長話をしたせいで令嬢は三曲目も逃してしまったかもしれないな。オリビア嬢、今回の件についてだが、『第一皇子の病は精神的なもので、聖女の力を以てしても治療は出来なかった』という事にしておいてくれないか」

「でも…その理由では、殿下の御名前に傷がついてしまいます」

「私にどんな不名誉な噂が立とうとも不利益を被る者はいないし、私にとってもその方が都合がいいんだ。それにしても今夜はデビュタントだと言うのに、このまま帰すのは本当に申し訳ない。オリビア嬢、何か欲しい物など望みはないか?」

「望み?」

 ロシエルは何でも言ってみろと言わんばかりに微笑んでいる。少し強引な所はエバニエルと似ているかもしれないと、サラは身構えながら覚悟した。

「…それなら一つ、お願いがございます。キースお兄様自身が、これからもロシエル殿下と間違われて襲われる可能性がある事を知る権利をお与え下さい。お許し下さるのなら私から兄に説明いたします。もし…またいつか彼が何も知らないまま傷つく事になれば、きっと…」

 サラは最後に一言、息を飲んで言葉を締めくくる。

「きっと、私は殿下の事を恨んでしまいます」





 ロシエルとの謁見を終えて、マティアス侯爵と共に部屋から出てきたサラは、魂が抜け落ちたように疲れ切っていた。

(―――最後のアレは…さすがに言い過ぎだったんじゃないの!?私ったら、本物のオリビア様でもないくせに、ロシエル殿下に対して『恨みます』だなんて、よく言えたものだわ!殿下は笑って許してくれたけど、旦那様に一瞬怒られるんじゃないかとハラハラしすぎて、疲れ過ぎて、もう何も考えられない…)

 サラは前を歩いている侯爵の殺伐とした雰囲気を感じながら、黙ってついて歩いている。

(ロシエル殿下が病気じゃなかったのはいい事だけど、結果的に私は旦那様との賭けに負けた事になるのね…。ひょっとして、旦那様は殿下の秘密を知っていたのかもしれない。……私はキースの屋敷をいつ出る事になるんだろう。聞きたくても、とてもそんな雰囲気じゃ…)

 デビュタント会場の大きな扉が見えた時、侯爵が急に立ち止まり、後ろを歩いていたサラも爪先でブレーキをかけて立ち止まった。侯爵の向こう側に人の気配がして横から覗き見ると、第二皇子のエバニエルと目が合ってしまい、サラは思わず侯爵の背後に隠れるように身を隠した。

「マティアス侯爵」

「エバニエル殿下が一人でこのような場所にいらっしゃるとは…何か問題でも?」

「レディ・オリビアが怪我をしたと聞いて様子を見にきたんだ。ところで兄上の姿も見えないんだが、何処かで見かけなかったか?」

「控えの間に宮廷医を連れて来られた後、会場に戻られたはずです。じつはオリビアがまた体調を崩したようなので、我々は先に失礼いたします」

「宴は遅くまで続くのだから、もう少し様子を見てはどうかな?キースや令嬢にも良い見合い話が舞い込むかもしれない。それでも帰ってしまうのかい?」

「そのつもりです。殿下、立ち話で恐縮ですが、少しお時間を頂けますでしょうか」

「あぁ、勿論だよ」

「ありがとうございます。オリビア」

「は、はいッ」

「イザベラとキースを呼んできてくれ。それくらい大丈夫だな?」

 サラは侯爵に促され、エバニエルに一礼をして会場内へと逃げるように足早に駆けて行った。サラの後ろ姿を見送ったエバニエルが再び侯爵に視線を戻すと、冷たい眼差しを向けられている事に気付き、思わず後ずさりしてしまう。

「エバニエル殿下、娘の背中に傷跡がある事をご存じのようですね」

「あ、あぁ、その事か。どうやって突き止めたか、知りたいのか?」

「いいえ。それよりも殿下は何か誤解されているようなので、訂正させて頂きます。あれは誘拐犯につけられたものではなく、私が下した制裁の跡です」

「―――は…?侯爵、いきなり何を言い出すんだ?」

「娘の背中の傷跡は私が残したものだと申し上げました。娘は私を恐れて黙っていたようですが、これが事実です」

「な…、何だと…!?酷い傷跡だったと聞いているぞ!そんな傷跡を残してしまうほど、どれほどの大罪を彼女が犯したと言うんだ!彼女は貴殿の娘であり、聖女なんだぞ!この事を周囲が知ればどう思われるのか、わかっているのか!?」

「娘は聖女である事を隠し続け、その責任から逃れようとしていました。その心の隙をつかれて村のならず者達に簡単に騙されて誘拐され、その結果、王都から騎士団の一分隊を出動させる羽目になったのです。娘が取った行動は帝国に対する反逆罪に等しい。マティアス家の長女として、そして聖女としての自覚を持たせる為、必要な罰を与えました」

「……それにしても、やり過ぎではないのか!?」

「口外されても構いません。マティアス家当主としての名声よりも、冷酷な騎士団総司令官の長として名を知らしめる事が出来るのなら、願ってもない事です」

「…ハッ、正気とは思えないな!」

 侯爵はエバニエルに向けて、

「殿下、私は罪を犯した者に容赦はしません。それが例え誰であろうとも」

そうはっきりと言い切った。


 ※   ※   ※



 サラが会場内の人混みを避けて端を歩きながらテーブル席に急いで向かっていると、キースが柱の影から姿を現し、その柱の後ろへとサラの体を引き寄せた。

「よかった…。無事だったか」

「はい。でも色々あって…。結局、駄目でした」

「……そうか」

 具体的な事は言わずともキースへの説明はそれだけで十分だった。キースは何かを言いかけるが、近づいてくる侯爵夫人の気配を悟り口を閉ざす。

「オリビア、旦那様はご一緒じゃないの?」

「あ、あの…廊下で…エバニエル殿下とお話をされています」

「父上はエバニエル殿下と一緒なのか?」

「はい。それで…帰る事になりましたので、侯爵様の命令でお二人を呼びに参りました」

「あら、そうなの。まだ挨拶が済んでいない方々もいらっしゃるけれど、旦那様がそう仰るなら仕方ないわね。行きましょう」

 侯爵夫人はどこかわざとらしく微笑みを見せた後、先に出口へと向かって行ってしまった。キースと二人になった途端、サラの脚に力が入らなくなり、キースの腕を掴んだままサラは落ちかけてしまう。

「ご、ごめんなさい!力が抜けてしまって…」

「父上の交渉の場に同席させられたんだ、無理もない。もう少しの辛抱だ。さぁ、行こう」

 二人が廊下に出てみると、まだマティアス侯爵とエバニエルはさっきと同じ立ち位置のままで、その不穏な空気を無視した侯爵夫人が挨拶をしている所だった。

「帝国第二の星、エバニエル殿下にご挨拶を申し上げます。今夜は娘のオリビアと踊って頂き、ありがとうございました」

 侯爵夫人がお礼を述べても何故かエバニエルが無言のままなので、少し経って侯爵が切り出した。

「つまらない話を聞かせて申し訳ございませんでした。それでは、先に失礼します」

「……」

 最後までエバニエルの返事はなく、侯爵は夫人を連れて歩き出した。サラがそっとエバニエルの顔色を伺うと青ざめているように見えて、エバニエルが言った内容を侯爵に告げ口した事を思い出したサラは体を震わせた。

(きっと旦那様に何か言われたんだわ。どんな手を使ったのか知らないけれど、何を言われたのか聞くのも怖い…!)

 サラは目線を逸らして軽く会釈だけをした。キースも「失礼します」と無愛想に述べただけで、エバニエルはマティアス家四人の後ろ姿を見届けながら、悔し気な表情を浮かべている。

(あの男…、あいつはやはり帝国の狂犬、いや、悪魔そのものだな。この僕に忠告したつもりだろうが、所詮は口だけ。あいつは本物の悪魔じゃないんだから、恐れる必要などあるはずがない…!)

 踵を返し、エバニエルは華やかなデビュタント会場へと戻って行った。


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