偏食家のバクと夢見の悪い騎士「改稿版」

大鳥 俊

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第一章:アルフレアの女神編

9.君の名前は

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 『名前を教えて下さい』
 ――唐突すぎる。

 『俺はエックハルト、君は?』
 ――今更? 大体、自分はすでに名乗っている。

 『今日はいい天気ですね。そういえば、お名前はなんでしたっけ?』
 ……そういえばって、なんだよ。


 アルフレア花壇通り、奥のベンチにて。
 エックハルトは眉間にシワを増やしながら考え込んでいた。

 くだんの女性は待ち合わせをしたわけでもないのに、いつものように話を聞いてくれる。
 その事実に喜びを感じつつも、隣に座る彼女を盗み見て。また、声をかけられず正面を見ることを繰り返す。

 ――もちろん。高難易度任務は絶賛実行中である。

「――もう、領地に戻られるのですね」
「ええ。元々長く居るつもりはなかったので」

 王都に来て十五日余り。
 滞在期間を『長くても一週間』と考えていたエックハルトは、予期せぬ事件があったとはいえ、随分長く居たものだと思った。

 この予期せぬ事件については、彼女に話してはいない。
 機密ではないが、この手の話は口外しないというのが暗黙のルールなのだ。


 お互い無言のまま、行き交う人を眺める。
 以前は避けるように割れていた人波もそのままで、自分が腰かけているベンチの傍にも人が通り過ぎてゆく。

 この、何でもないような景色がエックハルトにとっては新鮮だった。
 いつも機嫌が悪そうだと、人から避けられ始めたのはいつだったか。それがもう思い出せないぐらい前の事で、自分は人と関わるのは難しいと思っていたのに。

 ちらりと彼女へと視線を向けると、偶然目が合って。
 エックハルトは慌てて視線をそらす。

 そんな失礼な事をする野郎なのに、彼女は気にするでもなく話を続けている。
 人の愚痴を聞くほど辛抱強く、心は広く、本当に女神のようだ。

 もういっそ、このまま『アルフレアの女神様』と呼ぼうかと真剣に考える。
 自分的にはありだが、彼女が周囲から受けるであろう痛い視線を考えると、やはりそういうわけにもいかないと、心の中で頭を振った。ただ名前を聞きたいだけなのに、それが出来ない自分が歯がゆい。


「――なら、もう一つだけ。お伝えした方が良い事があります」

 苦手な人ごみも、気にしていたシワも。
 王都に来る前と比べたら、ずいぶん好ましい状態になった。

 お節介なアルバティスのおかげ。そして、目の前の彼女のおかげでもある。
 
 『とても感謝している。
 だから、おしえて。――君の名前を』

 そうささやく自分を想像し。
 一人、震えた。


 ――無理すぎる。人格崩壊を招きかねない。


 今までの自分が彼女にどう映っているかは分からないが、きっとこういうキャラではない筈だ。

 エックハルトは自分の意気地の無さにがっかりしながら、「……なんだい?」と、彼女に先をうながす。脳内は名前を聞く方法ばかりで満たされているけれど、それではいけないと軽く頭を振った。

 彼女はベンチから腰を浮かし、こちらの方に身体の向きを変える。

「今からお話しするのは、人の夢と、心根の話です」

 思わぬ真面目そうな話に目を瞬いたエックハルトに「夢に影響を及ぼす事が出来るのは、心ですから」と、彼女が続けた。

「……ひょっとして、根性論になる?」
「根性論?」
「いや、ごめん。続けて」

 脳裏に浮かんだ教官を振り払う。
 悪夢を見る回数が多かったエックハルトは、この教官を思い出す事も多いのであった。

 彼女が話を続ける。
 人の様々な感情はすぐ心の隣にあって、何処よりも早く、己の想いを察知してくれる事。
 その想いが強ければ強いほど感情は大きくなり、遂には心にあとをつけるのだとか。

「――楽しい想いも、辛い想いも、内容は一切問わず、です」

 心に深く刻まれたもの――それを、心痕しんこんと言うらしい。

「夢は心痕しんこんを栄養に構築される――……楽しい想いが刻まれているなら、幸福に充ち溢れた楽しい夢になりやすい。それは根底にあるあとが、幸せである事をずっと覚えているから。逆に、辛い思いが刻まれているなら、背筋の冷える恐怖、痛みを伴う悲劇、そんな夢になりやすい。でも、悪い夢は体力も気力も使うから、それを見続ける事は難しい……」

 エックハルトは嫌な予感がした。
 解放的になりかけていた心に寒々しい風が吹き始め、慌てて身を隠す場所を探し始める。

 彼女は他愛もない話を聞いてくれた女神。
 まるで、自分の心を見透かしたような言動も少なからずあった。

 その彼女が、一歩踏み込んで来る。

 エックハルトが一番触れて欲しくない、その場所に。


「貴方はどうして悪夢を望んでいる・・・・・のですか?」


 
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