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第二章:ハンセル帰郷編
5.爽やかな朝は何かが物足りない
しおりを挟む翌朝、エックハルトはゆっくりと目をあけた。
窓から差し込む陽の光。目覚めたばかりの瞳には少し眩しいけれど、カーテンと窓を開ける。
眼前には緑豊かなハンセルの朝。澄んだ空気を胸いっぱい吸い込むと、気分はとてもスッキリとした。
今日は滞在最終日。
天気も良いし、旅立つには丁度いい。
エックハルトは身支度を整えて、朝食の事を考える。
昨日は市場を中心に食べ歩いたから、今日はのんびり宿で食べるのもいいだろう。
まあ、いずれにしろ、フレアが気に入るところを選ぼうと思う。
彼女にだって楽しかったと思っていて欲しいから。
近づく旅の終わりに、少し感傷的になる。
この先フレアを王都に送り届けたら、自分はアスカムに帰る。元々、長期間屋敷を空けるつもりがなかったので、留守を任せたロクスもそろそろ困っているはずだ。
慇懃な従者兼執事の弱り切った顔を思い浮かべれば、多少の罪悪感も湧く。
あれでいて、ロクスは良くやってくれている。主の顔面が怖いという理由で、新しく雇った使用人は長続きしないから、苦労させている自覚もある。これ以上、負担を強いるのは気の毒だろう。……それでもまあ。失礼なヤツであることは間違いないのだが。
長々考えても、やはり答えはひとつ。
自分が王都に残るという選択は最初からない。
彼女と別行動になるのは、確実だろう。
エックハルトは、ぶるぶると頭を振った。
これ以上考えると、じめじめオーラが出る。そしてその結果はフレアにうっとおしがられる一択だ。
彼女のカラッとした性格と、アルバティスの豪胆な性格。
この二つを少しずつもらえたら、なんて思うけれど。それは最早自分ではないと、この先見ぬ進化した自分を放り投げた。二人は空気を読むという事を失い過ぎている。
「とにかく、朝食にしよう」
キリッと、自分の居住まいを姿見で確認して扉へと向かう。
フレアはもう起きているだろうか。昨日、はしゃいでいたから、まだ疲れて眠りこけているかもしれない。ここはノックをして、反応を――……
――そう、いつものように考え事をしながらドアノブに手を伸ばして。
ゴンっつ!!
と、聞いてはいけない音を脳天から浴びたエックハルト。
その後はもう、床に崩れ落ちるしかなかった。
◇◆◇
「――騎士の癖にどんくさ。よくそれで今まで生きてたわね」
鮮烈に響く、容赦のない声。
聞いた事があるような、ないような。
おぼろげな意識では正解を捕まえる事は出来なくて、ただただ、呆れた雰囲気を醸し出す誰かをエックハルトはぼんやりと眺めていた。
視界は白く、その誰かの姿は見えない。
それでも何か懐かしいような、久しぶりと言いたいような。そんな思いが何故か湧き起こる。
全く以て意味が分からない。自分の事なのにさっぱりだ。
――ただ。
分からないからこそ、分かった事もある。これは、夢だ。
エックハルトは心のまま言い返した。
「余計な御世話だ。運は良い方なんでね」
「まあ、確かに? 重要なところでは、ヘマがないみたいだからね」
「でなけりゃ、領地を任されることもないだろ?」
「そうねー。アスカムの領主さまだもんねー」
「なんか投げやりだな」
「そりゃそうでしょ。まさかの再会がこんなオチだなんて、世の乙女なら幻滅ものよ」
「そうかやっぱり。俺達は会ったことあるんだ」
「ある。と言っても、アナタは覚えていないでしょ?」
言い切った彼女に、エックハルトはぐうの音もでない。
やっぱり彼女には勝てそうになかった。
……って、『やっぱり』ってなんだ。
自然と浮かんでくる記憶にない感想。
しかも『彼女』だって? 姿も見えないのに、何故そう思う?
深く考えても意味がない。これは夢なのだから。
そう思う傍らで、本当にそれでいいのかと心が叫ぶ。
忘れて、なかった事にして、なにも気付かず生きてゆく事が望みなのかと自分自身に問う。
気分が悪くなりそうだった。わからない、知らないという事を知って、その答えを持たない自分に嫌気がさす。
「……真面目すぎるのよ、アナタは」
先程までとは違う、心配を含んだ声色。
心地が良い。くすぐったくて、自然と笑みが出る。
「……うん。そういうとこ、昔と変わらない」
寂しげに呟かれるその言葉に、胸が苦しくなる。
どうして俺は彼女を覚えていない? こんなに、寂しい想いをさせているのに。
「それはアナタが悪いんじゃない」
強い口調の彼女に首を振った。
「記憶力には自信があるんだ。少しでもヒントをもらえればきっと」
「ヒントって、クイズしてるつもりはないのだけど」
「でも君は答えをくれないだろう?」
「だって、答えても……」
覚えていないから。
続いた言葉にエックハルトは再び首を振った。
「絶対に思い出してみせるから」
「…………」
どうしてここまで固執するのか、自分でもわからなかった。
記憶にない、想いだけがある今。ふとした時に浮かんでは、消えるこの気持ちを失いたくない。
この不確かな夢の中でも、譲りたくないと思っている事だけは確実だった。
「腹が据わると、途端に強引になるところも変わらない」
「普段は優柔不断って言いたい?」
「まあ、空気を読んでる? って、いうのかしら?」
「君にしては、遠まわしな表現」
「あら? 私の事思い出したの?」
「いや。何となくそう思っただけ」
掴みかけた彼女の片鱗を胸に閉じ込める。
少しだけ、心が温かくなった気がする。失っていた記憶を、ほんの少しだけ取り戻した気がした。
この調子でいけば、きっと思い出せる。僅かに見えた希望に心が躍った。
「――さぁ、そろそろ仕上げましょうか」
夢の終わりを告げるように、彼女が言った。
「仕上げ?」
「そうよ。『この夢を、バクにあげます』。はい。復唱!」
まさかのおまじない復唱にエックハルトは目を瞬く。
「って、それさっきやったぞ!?」
「そうなんだけど、中途半端だったのよ」
「は??」
「多分、アナタがくれたのは夢の前半。後半部分をもらわないと」
「後半って、全く意味がわからないんだが」
「まあ、覚えていないから中途半端になった訳だしね」
「じゃあどうしろと」
「だから、もう一度『この夢を、バクにあげます』。はい、復唱!!」
やっぱり彼女には敵わない。
再び見つけた彼女の欠片を抱えて、エックハルトは笑った。
「また、会える?」
夢にそんな事を言うなんて、どうかしている。だけど、会いたい気持ちは本物だ。
彼女がクスリと笑った気がした。
「――アナタが、望むなら」
望んだ答えを得られて、エックハルトも笑みを深める。
ならばこちらからも、彼女の望みを。
「――この夢を、バクにあげます」
記憶にない、景色が脳裏を横切ってゆく。
見知らぬ男達。
首を振る母様。
喉元に突き付けられたナイフ。
その傍らには、鮮やかな組み紐で縛られた小箱――。
途端、不快な気持ちが湧き起こり、そしてすぐに消えてゆく。
自分の想いが喰われても、恐怖はなかった。
これはきっと、バクが――いや、彼女が食しているのだと思えば、味の感想すら聞きたいぐらいだった。
「私はこの苦味が好物よ」
「そっか、じゃあ俺専属だな」
「……ばか」
くすぐったいやり取りに、笑みを浮かべたまま目を閉じる。
冷たい恐怖は去り、なのに悪夢を見たという記憶だけが残り。そしてその隙間を埋めるのは、温かくて、穏やかな鼓動。
どうかこの夢が醒めないでと願いながらも、意識はゆっくりと落ちてゆく。
「忘れないで。――ハル」
優しい春風のような声が、とても愛しかった。
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