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第二章:ハンセル帰郷編
7.手垢のついた常套手段
しおりを挟む「ちょっと離しなさいよ!!」
「だまれ!!」
思わず舌打ちしそうになった。
待っていろとは伝えたが、彼女の性格を考えればついてくると決まっていたのに。
「聞いてないぞ!! こんな強いヤツがいるなんて!!」
鼻息荒く、フレアの腕を掴む男。
その片方の手にはナイフが握られていた。
エックハルトはスッと目を細め、男を睨みつける。
「彼女を離せ」
「離せと言われて離す奴があるか!!」
まるで下手な芝居のようなやり取り。
それに気付いていない男は、興奮したままこちらを凝視する。
人質を取る――。
昔からある、悪党限定の常套手段。
だが、そんなものに屈していては騎士など務まらない。
エックハルトは構わず一歩前に踏み出した。
「う、うごくなっ!! この女を傷つけられたくなければ、大人しくしろ!」
焦って叫ぶ男に、フレアが負けじと目を吊り上げる。
「無視していいわよ! こんなの!!」
「なっ!! 黙れと言っているだろが!!」
逆上した男が彼女を睨む。
ギリリと握り込まれるナイフ。これは、いけない。
「やめろ! 彼女を傷つけるな!!」
その言葉に男は勝機を感じたらしく、ニィと笑った。
「女は俺が逃げるために使う。追ってきたら、ゆるさねぇからな!!」
「……そんな事をして、逃げられると思うのか?」
「人質がいる以上、なんにもできないだろう? いくら強くても」
もちろん、人質の安全が最優先だ。男の言う事は一部正しい。
エックハルトがわざと一瞬溜めて、「そうだな。確かにお前の言う通りだ」と言えば、男が勝ち誇ったように笑う。
「ははは、常套手段っていうのは、手垢がついてもつかえるもんだな」
男は思った通りに運ぶ交渉に悦になっていた。
相変わらずフレアの腕は掴んだままだったが、ナイフは降ろし、更に視界にはエックハルトしか入っていない。――まあ、そう仕向けたのは自分だが、それが何を意味するのか、本人は分かっていないよう。ゴロツキとはいえ、お粗末な展開だ。
エックハルトは溜息を飲み込んだその仕草で頷く。――もう、時間稼ぎは十分。
「ああ。手垢も付くぐらい、常識って事だ」
「――?」
ようやく何かおかしいと感じ取った男。その背後にぬっと現われる影。
花瓶を持ち上げた女男爵が、躊躇いもなくそれを振りおろしたのはほぼ同時だった。
ガシャンッツ!!
派手な音がエントランスに響き渡る。
間髪いれず、よろめいた男に足払いをかけるイノーブ爺。
男は無様なまでに尻餅をつき、床に散らばった陶器片と水で、さらに無残な姿を晒す。
追撃は止まらない。
イノーブ爺は先日エックハルトにお見舞いしたヘッドロックをその男にかまし、気の毒にも意識を取り戻したゴロツキには、女男爵が落ちていた獲物で喉元を狙う。もはや起爆剤であったエックハルトの出番は完全に終わっていた。
――確かにここは、女男爵と爺しかいない。
それはエックハルトがいた頃からという、ずっと昔から。
だが、それだけで安全が保たれている理由にゴロツキ達は気付かなかったのだろう。
手際良くお縄に縛られてゆく、ゴロツキ達。
一瞬の出来事に、目をパチクリさせているフレア。
「土足で我がハンセルの屋敷に上がり込んだ事を後悔させてあげましょう」
「ワシをジジイ呼ばわりとは失礼千万!! 百年前から人生やり直してこい!!」
決めゼリフまで当時のままで、エックハルトは思わず笑ってしまう。
元祖! 濃い人、参上! 自分の周りはこういう人ばかりである。
◇◆◇
ゴロツキ達をエントランスホールの隅に寄せ、エックハルトは問題の品を手にしていた。
鮮やかな赤い組み紐。
その毒々しい色に守られた小箱。
夢に見たままの姿でそれらが現れた時、エックハルトはここに来てよかったと思った。
「ハルト坊ちゃま、これはなんなんですか?」
不審なものを見るように、イノーブ爺が小箱を覗き込む。
木の日に仕入れた商品の中から出てきたという箱は、腰痛という事情により先程まで荷の底に隠れていたらしい。爺としても納品した覚えのない物が今になって出てきて、慌てて届けようと思った矢先の襲撃だったと話してくれた。
「中身は俺も知らない」
「開けてみればいいんじゃない?」
「他人の物を勝手に検めるのは節度に反する」
フレアと女男爵がバチバチやっている。
先程はフレアを助けるために、危険な事までした女男爵だが、どうやら先日の溝は埋まらなかったらしい。
エックハルトは小箱に視線を落とし、考えを深める。
紛れた小箱。
それを奪いに来たゴロツキ。
『こんな奴がいるなんて、聞いていない』とのたまった男。
つまり『小箱が男爵家にある事を知っている人物から奪う事を依頼された』と、考えるのが筋だろう。となると依頼をしたのは、そこまでしても小箱を取り戻す必要があった者。中身がよほど大切なものなのか、もしくは目上の者への貢物。献上品。
そういう視点で再度小箱を見れば、箱自体がかなり良質なものだと分かる。
鮮烈な赤い組み紐ばかりに目を奪われていたが、これは新たな発見だった。
夢を参考にするならば、小箱は意図的に荷の中へ紛れこまされていた。
おそらく、何らかの事情で仕方なくそうしたのだろう。あとから必ず取り戻すつもりで。
(遺失物届けか)
通常、納品時には荷運び人と屋敷の人間双方の立ち会いの元、検品が行われる。
そこで、出所不明な荷物が出てくる。お互いが知らないものであれば、そのまま監視に届けるだろう。そこで、遺失物届を出しておく。そうする事で、本当の持ち主である事を証明できれば、品は自分の手に戻る――。
男爵家を選んだのは、そのまま盗まれる可能性を減らす為だ。
貴族に仕える者は、盗みがばれた時に身を滅ぼす事を知っている。しかもその品の見目が良質であれば余計に怖ろしくなるものだし、勝手に品を検めるような事もしない。降りかかる火の粉は最小限に収める努力をする。行き先が紋章でハッキリしていたのもその一つだろう。
ゴロツキが差し向けられたのは、恐らく焦っているから。
検品漏れがあったため、小箱が二日間も屋敷に留まってしまったからだと思われる。
では、強奪が失敗したと知れたら、相手はどうするだろうか。わざわざこの手の男達を使ってまで奪おうと考えたのだ。次も何か仕掛けてくる可能性が高い。
「箱は俺が監視に持って行こう」
「坊ちゃま」
「中身はいいの?」
エックハルトは少し考えて、組み紐の端を引っ張った。
「あ」と小さく声を上げるフレア。
目を見張る女男爵。
開けた瞬間、気だるげな甘い香りが漂ってきて。
エックハルトはすぐに小箱を閉じた。
「え、え?? 何で閉じたの?」
フレアの疑問にエックハルトは答えなかった。
ごくりと、つばを飲み込む。
(なんで、こんなものが?)
逸る気持ちを抑えて厳重に小箱を閉じ、エックハルトは立ち上がった。
「予定通り、紛れ物として監視に持って行くよ」
「ちょっと、自分だけ訳知りで行くわけ?」
「憶測で話をしないたちでね。あとで、話せる事を話すよ」
エックハルトはくるりと後ろを振り返り、女男爵に頭を下げた。
「突然の訪問、失礼致しました」
「いえ、こちらこそ、助けていただきありがとうございます」
「後日、事の報告に伺いますので。今日はこれで」
形式ばったやり取りに、フレアが眉根を寄せている。
だって、しかたないだろう。今は、まだ。
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