魔女様は秘密がお好き

大鳥 俊

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1.振り返る現状

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 ――どうしてこうなってしまったのだろう。
 フィーネは膝立ち状態でベッドに突っ伏していた。

 絶対にばれないはずだった。
 どう考えても、ばれるはずがなかった。
 だってあそこには人間が入れないのだから。

 いつもはひんやり、ずっしりしている布団が、今日はフカフカもふもふで。
 その理由を考えると、自分の失態が一緒になって蘇ってくる。もう、頭を抱えて唸るしかない。

 ――よりによって、あんな姿を見られるなんて。もう最低最悪だ。

 フィーネにはそれこそ山ほどの秘密がある。
 その中でも頂点に位置する、いわゆるトップシークレットを知られてしまったのだ。これは死活問題である。

 溜息ついでに、大きく息を吸い込んだ。
 おひさまの香りがする布団が憎い。
 ボフッと拳を振るえば、これまたふんわりとした感触で。思わずフィーネは自分の頬がだらしなく緩むのを感じた。

 ふかふか布団に罪はない。
 悪いのは、森にいたあいつ・・・

 キュッと口を引き結び、フィーネはニィと口角を上げた。

「――ばれたものは仕方ない。あとはあいつの口をどう封じるか」
「いやあ、悪そうな顔で笑うね~」
「……って、なんでいるのよ!!」

 音もさせず、部屋の入り口に立つのはニコニコ顔の男。
 フィーネの目を細めれば鋭く、まさしく魔女と言わしめるその眼力で睨んでも、男の表情は変わらない。まさしく、神経が荒縄で出来ているような男だ。

「勝手に部屋へ来るな!!」
「俺、ノックしたよ?」
「知らない!! 返事がないのに入ってくるな!」
「いや。あんな事・・・・があった後だから、倒れてるのかと思って」

 にこにこにこにこにこ。
 この人畜無害な『のほほん顔』を殴りたいと思ったフィーネは、やっぱり魔女なのだろう。
 どう考えても悪意の欠片も見えない、善良そうな男。なのに、心底腹立たしいのは何故か。

 その始まりは五日ほど時間を遡る、昼間の出来事がきっかけだった。


◆◇◆◇


 皆から恐れられながらも頼られるフィーネは、妖艶な姿をもつ美しき魔女。
 ひとたび歌えば、すべての生き物を魅了し、指を鳴らすだけで業火を操る。
 森に住む動物はすべて彼女のしもべで、それは人里のそばにある毒霧の森とて例外ではない。
 そんな彼女にはいつも様々な依頼が舞い込んでくる。

 カランコロンとドアベルが鳴って、カウンター越しに背中を見せていた大男が振り返った。

「よお、フィーネ。元気だったか」
「あたりまえよ。私の何処に足りないモノがあると思うの?」
「ははははは! これまた随分自信な挨拶だ!」

 大男――ガレスは戸棚からボトルを取り出しグラスへと注ぐ。
 しゅわしゅわと気持ちのいい泡がグラスの中で弾け、流れる所作で琥珀色の蜂蜜と黄色が美しいゆずが足された。
 
 フィーネは何も言わず、そのグラスを受け取り口元へと運ぶ。

「この間の依頼の後、しばらく街へこなかっただろ? ひょっとして季節外れの寒波で風邪でも引いたんじゃないかと思っていたんだが。どうやら余計な心配だったようだな」
「……そうね。まあ、お礼だけは言っておこうかしら」

 ――秘密その一。
 図星の時は目を見せてはいけない。

 フィーネはスッと視線をそらし、空席の続く店内を眺める。

 年季の入ったカウンター。煙草のヤニが目立たない、深いこげ茶色の壁。
 落ち着いた渋めの木の色は好きだ。自分がいても、違和感がないから。
 明るい色は魔女には似合わない。

「……ホント、暇そうね」
「酒場は夜が本番だ」
「ランチもやっているくせに?」
「皆が知らないだけだ」

 「ふうん」と気のない返事をする。
 フィーネはこの店がガラガラであろうと、別で儲けるから問題ないのだと知っている。
 そして、その金のなる木は自分だという事も理解していた。

「フィーネ。頼みがある」

 ほら来た。

「今回は辺境伯からの依頼だ。毒霧の森にある、ランソルドッドの葉を三枚ほど用立てしてほしいとの事だ」
「あなた。わたしが嫌と言ったらどうする気なの?」
「魔女は対価を払えばどんな依頼も受けてくれるだろ?」
「その前に魔女は気まぐれよ」

 ガレスが愉快そうな表情を浮かべ、背を向ける。
 何やら彼が始めるのを、頬杖をついたままフィーネは眺め、ゆっくりとグラスを回した。
 沈澱していたゆずがグラスの中で踊る。

「ランソルドッドはあれだ。遅行性の毒に効く。なにやら、伯も思う事があるのだろう」
「そんなこと、私には関係ないわ」
「まあ、そうだろうけどさ」

 振り返ったガレスの大きな手には、皿が乗っていた。
 皿の中心にはシックなチョコケーキ。彩るのは透き通る白い皿に描かれた色鮮やかな花々。
 その繊細なデザインと、季節と同じ花をケーキに添えるという発想は、もはや職人の域である。これで習得したのが半年前だなんて誰が信じるのだろう。

「店をカフェに変える事を進めるわ」
「大男がやるカフェなんぞ、客がこねえよ」
「あら。クマのような男が作る繊細なデザートは案外うけそうよ」
「俺は臆病な男でね。地味な酒場業が性に合ってるんだ」

 酒場のどこが地味なのか。
 胡乱うろんな眼を向けるフィーネにガレスはガハハと笑う。

「フィーネ。地味で地道な酒場のガレスからのお願いだ」

 ウェンデル伯の依頼を頼む。

 フィーネは琥珀色の液体を飲み干した。
 柑橘類の爽やかさと、蜂蜜のもったりとした味が身体に優しい。酒場で出すにはあまりにも美容に良さそうな品は、フィーネの為に用意されているのだと知っている。

 ――秘密その二。
 さりげない優しさに弱い。

 フィーネはツンと澄ました顔で、面倒くさそうに言った。

「まったく。仕方ないわね」
「よし。そうこなくっちゃ。金は七割前払いする」
「太っ腹じゃない」
「その代わり、なるべく早い方が助かる。よろしく頼む、フィーネ」

 フィーネは利用されていると分かっていても、この人たらしとの縁を切るつもりがなかった。
 なんだかんだと言って、ガレスとの会話は楽しいし、結構なお金にもなるから。
 もちろん、それを本人に悟らせる気は全くない。気付かれたら最後、ガレスは山のような仕事をもってくるから。

 だから、フィーネは少し無理を言う。

「私、東部で流行しているラテアートに興味があるの。次に来るまでに見られるかしら?」
「ラテアートって……。まだこの辺で出来る奴は――……」
「あら? できないの?」

 苦いモノを口いっぱいに放り込まれたような顔をするガレスに、フィーネは追い打ちをかける。

「見られなかったら、業火で依頼品を燃やしちゃうかも」
「な、なんてこと!!」
「だって、私にはそこらへんに生えてる葉っぱと同じだもの」

 そう言えるのは魔女フィーネだけ。
 毒霧の森に入れる者は彼女だけだから。

「うっ……善処、する」
「そう。ならなるべく早く採取を済ませてくるわ」

 「早いと困る」とか「いや、早い方が金に……」とかブツブツ言っているガレスに、フィーネは口角を上げる。その妖艶な笑みはたしかに魔女らしい。

 しかし彼女の頭の中は遥か遠くで流行っているラテアートの事ばかり。
 ガレスなら、無理でも意地でも用意する。フィーネは依頼の対価が払われる事を確信していた。

「じゃあ、よろしくねガレス」
「うう……任せておけ」

 傍から見ればどちらが無理難題を吹っ掛けられているのか分からない。
 フィーネは満足そうに微笑み、目の前のケーキをいただく。

 ――うん。おいしいわ。

 もちろん魔女であるフィーネはそれを言わない。

 これも秘密の一つ――。
 素直な魔女なんて、聞いた事がないから。




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