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12.魔女の真意
しおりを挟む窓を閉め切り、カーテンを引き。
手元のランプを頼りに作業を進める。
机に置かれているのは数種類の素材。フィーネは薬を調合していた。
今、作っているのは温毒の解毒剤だった。
温毒とは、食べ物に発生する毒の事で、気温が一定以上になると発生する。普段口にしている食べ物で中毒を起こすため、気温が高くなるこの時期もっとも注意しなければならない。
予防法は食品の温度を一定以上にしないこと。
温度を維持さえすれば、この毒は発生しない。管理が物を言う、比較的わかりやすい毒。
だが、見た目も味も変わらず、食べて具合を悪くするまで気がつかないという実に厄介なところがあり、時に人を死に至らしめることもあった。
季節が移り変わる世界に置いて、温度を維持するという事は難しい。
いつでも雪や氷、よく冷えた水などで冷やせればいいのだが、現実問題、外気が熱いのにそれは無理というものだった。
「――冷花は高価な品だからね」
「そうなのよ。しかも消耗品。庶民にはなかなか手が届かないわ」
冷花とは最北部の孤島に自生する、冷気を纏った花の事である。
使い方は水を張った桶に冷花を一晩入れるだけ。翌日には花を中心に氷が完成し、それを食品と共に置いておけば、温度上昇を防げる。大体二週間が寿命で、再利用は不可。
「フィーネのところにも冷花は少ししかないもんな」
「高価だからなかなか手が出ないのと、この森には自生していないから」
「ふうん。森の資源を売って買おうとは思わないんだ?」
「必要十分という言葉に共感しているの」
「彼らには耳の痛い話だね」
アストリードの言う彼らとは貴族や富豪のことだろう。
名称を避けるのは自衛も兼ねてだと、フィーネにも分かる。
実際のところ街に出回る冷花の量はとても少ない。
仕入れの段階でほとんどが貴族や富豪のところに流れているからだと噂されているが、真偽は不明。ただ、事実として元々高価な冷花は品薄で、今年はさらに高値をつけていると聞いていた。
アストリードはイスに腰掛けると、自分で淹れたお茶を飲んだ。
「温毒か……俺達も気をつけないとな」
「あら。心配なら薬を飲んでおく?」
フィーネが言えば、アストリードは珍しく不思議そうな顔をした。
「先に飲んで意味ある?」
「貴方、私の作る物をただの薬だと思っているの?」
予防効果もあるのよと言えば、「それはすごい」と賛辞を送られる。
ふふん。魔女を舐めてもらっちゃ困ります。
「予防の時は量を減らして飲み続けるの。大体、瓶の三分の一ぐらいかしら」
「毎日飲むのか?」
「いいえ。週に一度でいいの」
「へぇ」と感心した声を出すアストリードに、フィーネは少し得意になって続けた。「夏の間続ければ、ほぼ予防できるわ」
「なるほど。それはいい事を聞いた」
「じゃあ今日から始めなさい」
フィーネは作っておいた薬を差し出す。
まずは一瓶。なくなった時点で、追加を渡すつもりだった。
アストリードが「ありがとう」と薬を受け取り、ふと何かに気がついたように顔を上げた。
「対価はどうする?」
「え?」
特に何も考えていなかったフィーネは、慌ててしてほしい物を考えた。――そして、何も思いつかなかった。現状に満足している事実。密かに衝撃を受けた。
何も言わないフィーネにアストリードは「考えておいて」とだけ言って、薬を開けた。
慎重に中の液体をカップに移し、量を見比べている。
「これぐらい?」
「え、ええ……そうね」
答えてすぐ、薬を飲み干した。
こくりと動く喉。そこに普段見ない男らしさのようなものを感じて、フィーネは顔をそむけた。少し、顔が熱かった。
アストリードは減った薬の瓶を眺めながら、「次は一週間後」とつぶやく。
「……間隔が不規則になると効果が落ちるから」
「なるほど。気をつけるよ」
そう言った彼は視線を瓶に向けたまま、ふっと薄く微笑む。
「――もう少し薬が安価なら、みんな予防できるのにな」
ぽつりとこぼされた言葉に胸が痛んだ。
薬は街中のみんなが買えるほど安いものではない。
材料にはお金がかかるし、作る薬師にも生活がある。フィーネも分かっていた。
――そう。
分かっているからこそ、早々に温毒の薬を作り始めたのだ。
「必要な人に等しく薬が渡る事――。これが病を治す為に重要だし、量さえあれば無為に薬の価格が上がらなくてすむ。何より予防できるならその方が一番いい」
これはフィーネが思う事。
自分は何でもできる魔女ではない。だからこそ、自分にできる事をしっかりと行う。薬の調合には手を抜かないし、品質だって保証する――。
ハッとした。
しまった。これは秘密だった。
実態はどうであれ、フィーネは魔女だ。
気まぐれな魔女がこんな事を考えているのはおかしい。
訂正しようとして、言葉に詰まる。
「――なんて、言うと思った?」とでも言って、くすくす笑えばいいだけなのに、それが出来なかった。
――アストリードに嘘をつきたくない。
浮かんだ気持ちにフィーネは愕然とする。
ここにきて、胸の内に灯る温かな火を認識してしまった。
戸惑った。
どうしてと自問しても答えは出ず、じわじわと身体が熱くなってくる。
それとなく視線をそらし、アストリードを避けた。
ドキドキとうるさい音を鎮めようと、ギュっと目を閉じ、心の中で深呼吸。それでも収まらない想いは彼に見えやしないかと、ますます心臓は騒がしくなった。
彼は何も言わない。
無言はなんだか怖くて、不安になる。
それは以前感じていたものとは少し違っていて、自分がどう見られるかを気にしているのだと分かった。
フィーネはワンピースの裾を握って俯いた。
考えていたセリフとは真逆の事を口にする。
「わ、笑いたければ、笑えばいいのよ?」
「笑うとこなんてあった?」
「ほ、本当は、おかしなやつだと思ってるくせに」
「思ってないよ」
「嘘」
「嘘じゃない」
フィーネが恐る恐る顔を上げれば、アストリードはゆるりと口を開く。
「立派な志だと思うけど」
「……魔女なのに?」
「それ、関係ある?」
――関係ない。
魔女であっても、皆の役に立ちたいと思っている。
ガレスの依頼を断らないのも、必要になるだろう薬を予め作っておくのも。みんな、みんな。
一人きりで暮らしているこの家がとても寂しい時がある。
みんなの暮らす街に自分が居たらと夢想する事もあった。
ガレスや一部の人としか関わらない自分。
歳の近い女の子と話をしてみたり、お買い物や遊んだりしたらどうだろう?
楽しいかもしれない。もしかしたら素敵な恋も――……
アストリードの方を見ようとして。慌てて、そっぽを向く。
「ふ、ふん。いずれにしろ薬が売れれば儲かるわ」
「必要な人に届くのだから、それぐらい良いんじゃないか?」
バカ。そんな言葉が欲しいんじゃないの。
フィーネは自身の言葉の揺れを指摘されないよう、席を立つ。
「まだやる事があるから行くわ」
「了解。食事を作ったら声をかけるよ」
出来の良い主夫男は、フィーネを追い詰めない。
それが何だか手加減されている気がして。フィーネはむぅと頬を膨らませたまま、その場を立ち去る。
アストリードが来て二週間が過ぎ、フィーネの心はめまぐるしく変わってゆく。
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